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悪役令息に毎週決闘を挑まれていますが、たぶんこれ果たし状じゃない  作者: 夜凪 蒼


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第19話「【Side オスカー】勝ち負けしか知らない」

俺、オスカー・グランツベルクは、勝ち方しか教わってこなかった。


 物心ついた頃には、食卓の作法よりも先に、順位の意味を叩き込まれていた。首位を取れ。二位に価値はない。父上のその言葉は褒美でも罰でもない。動かしようのない前提として、俺の背骨に刻まれている。だから俺は勝ってきた。剣も。学問も。礼儀作法も。すべてで一番を取り続けること。それだけがこの家に生まれた者に許された唯一の呼吸だった。


 人との関わり方も、それしか知らなかった。誰かに近づきたければ、勝負を挑む。相手を認めたければ、果たし状を送る。俺にとってそれは、この上なく真剣な敬意の示し方だった。もっともそう言って通じた相手は一人しかいない。後にも先にもあの男だけだ。


 ルカ・ミレット。


 入学試験で俺から首位をもぎ取った平民。あの男との勝負だけは、ほかのどれとも違っていた。勝っても負けても終わりが来ない。負けた翌週もあいつは減らず口を叩きながらまた俺の前に立っていた。二位になっても世界は終わらなかった。あの馬鹿げた決闘の時間。そこだけが負けることを恐れなくていい場所だった。俺にとって、生まれて初めての。


 それが消えた。


 ある日を境に、あの男は俺から目を逸らすようになった。果たし状の返事は途絶える。勝負の誘いにも応じない。「身分をわきまえた」——あいつはそう言った。平民が公爵家に関わりすぎた、と。丁寧に他人行儀に。俺との間へ一枚の壁を引いて。


 やはり、そうか。胸のどこかで、俺は妙に納得してもいた。しょせん、すべては勝ち負けだったのだ。あの男にとって俺は、都合が済めば用のない相手。対等だなどと思い込んでいたのは、俺の勝手な錯覚だった。……そう結論づけてしまえば、いっそ楽だった。


 だが楽になれたためしはない。あの男の減らず口が恋しいなどと、認めるわけにはいかない。認めた瞬間、俺は「二位は無価値」の教えごと、足元から崩れてしまう気がする。勝ち負けだけを頼りに、俺はここまで立ってきた。それ以外の物差しを、この手は持たされてこなかったのだ。


 なのに、身体のほうが、その結論に従わない。


 夜、机に向かう。すると俺の手は勝手に果たし状をしたためている。次の種目を選ぶ。日付を記す。宛名を書く。ルカ・ミレット殿、と。書き上げてから、はたと気づくのだ。届けたところで返事は来ない。あいつはもう、受け取りもしないだろう。それがわかっているのに、俺は今夜も1通書いてしまった。


 書き上げた便箋を、しばらく手のなかで眺める。そうして結局、封もせずに引き出しへ戻す。机のいちばん下の、その奥。出しそびれた便箋が、ひっそりと何通も重なっていた。捨てればいいものを。もう不要だと、頭ではわかっているものを。俺の手はそれを屑籠へ落とすことを拒んだ。


 なぜ捨てられないのか、自分でもわからない。この便箋の束はあの馬鹿げた時間の、たった一つの証だった。あいつと俺が確かに対等でいられた時間。それを手放すのは、負けを認めるよりもなお難しい。俺はいつから、こんなに往生際が悪くなったんだろうな。


 引き出しを閉めたとき、控えめな叩扉の音がした。


 「若様。……理事様が、お見えです」


 従者のテオの声。続いて部屋へ入ってきたのは叔父上だった。コンラート・グランツベルク。穏やかな笑みを絶やさぬ、公爵家の実務を握る人だ。俺は反射的に立ち上がり、背筋を正す。


 「叔父上。こんな時間に、いかがなさいました」


 自分の声がすっと温度を下げるのがわかった。この人の前では俺は完璧な嫡男でいなければならない。感情など、露ほども見せてはならない。


 「いや、なに。近ごろ元気がないと、テオが心配していてね」


 叔父上は柔らかく目を細めた。


 「あの平民の子と、何かあったのかな。ミレット、といったか」


 「……いえ。もう、関わりのない相手です」


 「それがいい」


 叔父上の声がふっと低くなった。


 「なあオスカー。お前は優しいから、忠告しておこう。あの平民な、フェリクス殿下とずいぶん親しいそうだよ。王家の後ろ盾を得た平民が、わざわざ公爵家の跡取りに近づく。その意味を、賢いお前ならわかるだろう」


 叔父上は俺の肩を軽く叩いて部屋を出ていった。あとには甘い香油の匂いだけが残る。そして、ざらついた疑い。


 王家の手の者。フェリクスの犬。もしそうなら、どうなる。あいつが俺に近づいたのも、勝負を挑んできたのも、何かの企みだったのか。「身分をわきまえた」というあの言葉も、そら寒い演技だったのか。——違う。そう言い切りたい。なのに、拒まれたばかりの俺の胸へ、その毒はじわじわと沁み込んでくる。


 俺は勝ち方しか知らない。勝てば認められる。負ければ切り捨てられる。それしか、教わらなかった。だから、勝ち負けのない場所で誰かを信じるやり方を、俺はまだ持っていない。どこにも持ち合わせていないのだ。


 引き出しの奥。出す当てのない果たし状が、今夜もまた、行き場もなく数を増していく。

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