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悪役令息に毎週決闘を挑まれていますが、たぶんこれ果たし状じゃない  作者: 夜凪 蒼


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第16話「果たし状の返事を書けない」

オスカーを避ける。言葉にするのは簡単だ。だがこれがまあ、笑ってしまうほどうまくいかない。


 朝、あいつと顔を合わせたくない。だからいつもより早く教室へ向かう。すると、なぜか廊下の角でばったり鉢合わせる。購買で背を丸めてパンを選んでいれば、隣から伸びてきた手が、同じくるみパンを掴む。中庭を突っ切るのをやめて遠回りをした。するとその迂回路の先で、あいつが涼しい顔で本を読んでいる。まるで俺の逃げたい方向を、ことごとく先回りで塞いでくるみたいだ。


 「よう、ミレット。今日も辛気くさい顔だな」


 「……別に。ちょっと寝不足なだけです」


 目も合わせずに早口で返して、俺はそそくさとその場を離れる。背中に、あいつの怪訝そうな視線が刺さった。避ければ避けるほど、間の悪い遭遇率が上がっていく。この学院はいったいどういう構造をしているんだ。


 極めつきは委員会だった。距離を取ると決めたそばから、俺とオスカーは学年代表委員として、同じ卓につかされる。祭りの準備は待ってくれない。目の前にあいつがいるのに、事務連絡のほかは口をきかない。この気詰まりな時間を、俺はぎこちない愛想笑いでやり過ごした。


 そして週に一度の果たし状は、いつもどおり俺の机に届く。


 白い便箋。青い封蝋。双頭の鷲。「次の決闘。種目は——」。文面を目でなぞって、俺は封筒を裏返した。返事を書かなければ。受けるにせよ断るにせよ、これまでは律儀に何か返してきた。だが今度こそ、断らなきゃいけない。もう決闘には応じないと、はっきり伝えなきゃいけないのに。


 ペンを持った手が、白紙の上で止まったまま動かない。


 「辞退します」の一言が、どうしても書けない。書けば、あの馬鹿げた勝負の日々が終わる。書けば、こいつと過ごした半年へ、自分の手で線を引くことになる。それが正しい選択のはずだ。なのに指先が、インクを落とすのを頑として拒む。俺はとうとう、一文字も書けないまま、便箋を引き出しへ突っ込んだ。


 その晩、俺は同じことを何度も繰り返した。ペンを取る。一行目を書こうとする。手が止まる。ペンを置く。それだけを、蝋燭が短くなるまで続けた。「辞退します」。たったの5文字がこんなにも重い。書いてしまえば楽になれるとわかっているのに。俺の指は頑固にそれを拒んだ。


 果たし状は無視した。返事は書けない。その程度で済むと思っていた。ところが翌週から、学院の空気が目に見えておかしくなった。


 「なあ、今週の決闘は?」「さあ……もう何日もやってないよな」「あの二人、喧嘩でもしたのか」


 名物がぱたりと途絶えたのだ。掲示板の前に賭けの声はない。中庭に木剣の音も響かない。あって当たり前だった週末の見世物が消えた。生徒たちが妙に手持ち無沙汰にざわめいている。学院じゅうを覆っていた、あの生温かい喧騒。それが失せた途端、辺りはやけにしんと静まり返って感じられた。


 おかしなものだ。あれほど鬱陶しかった週末の喧騒を、いざ失ってみると、俺は落ち着かなくて仕方がない。木剣のぶつかる音も観客のやじも。全部、俺の日常の一部だったのだ。それを自分の手で消しておいて、今さら寂しがるなんて、どうかしている。中庭を横切るたび、俺はつい聞こえるはずのない木剣の音を探してしまう。


 ある晩、寮の自室へ戻ったときだった。扉の下の隙間から、白いものが覗いている。


 拾い上げて、俺は息を呑んだ。果たし状だ。それも1通じゃない。扉の下に差し込まれていたのは3通。無視され続けた行き場のない便箋が、床に折り重なっていた。


 封を検めて、俺の胸はきしんだ。3通とも日付が違う。俺が返事を書かずにいた、この3週間ぶんだ。そして——どの封筒も、宛名だけが黒ずんでいる。「ルカ・ミレット殿」。同じ名前を、あいつは幾度も書いては消したらしい。一度で書けるはずの宛名を、それでも書き直さずにいられなかった。その手つきを想像して、俺は動けなくなった。


 俺の名前を書くたび、あいつは何を思っていたんだろう。返事もくれない相手に、律儀に果たし状を用意する。何度も宛名を書き損じてはまた書き直す。その姿を思い浮かべると、胸の奥がじくじくと痛んだ。俺はとんでもなくひどいことをしている。頭ではとうにわかっていた。わかっていて、それでもやめられずにいる。


 あいつは待っている。返事のない相手に、それでも果たし状を書き続けている。俺が黙って距離を取っているあいだ。あいつはずっと、この扉の前まで足を運んでいたのだ。


 3通の果たし状を胸に抱えて、俺はその場にしゃがみ込んだ。返事はやっぱり書けない。書いてはいけない。なのに、この行き場のない紙束を屑籠へ捨てることも、俺にはどうしてもできなかった。


 3通の白い便箋を、俺は結局、机のいちばん奥へそっと押し込んだ。捨てるでも返すでもなく。答えを先延ばしにする——そのずるさだけが、胸の底へ苦く沈んでいった。

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