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悪役令息に毎週決闘を挑まれていますが、たぶんこれ果たし状じゃない  作者: 夜凪 蒼


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第15話「カレンダーが敵になる」

夏の終わりはいつも唐突にやってくる。ある朝、中庭を渡る風から湿った熱が抜けていた。空の青がひときわ高く澄んでいる。木々の葉先がほんの少しだけ色を落とし始めた。秋口だ。


 「首席くん、聞いた? 創立祭、もう来月なんだってさ」


 教室で級友に声をかけられて、俺は「へえ、もうそんな時期か」と生返事を返した。口ではのんきに応じる。だが胸の奥がざわりと騒いだ。創立祭。その言葉がこのところやけに耳に障って仕方がない。


 その日の昼、従者のテオが俺の教室まで果たし状を届けにきた。無表情で一礼して、白い便箋を差し出す。


 「ミレット様。若様より、今週の分です」


 「……ああ、どうも。毎度ご苦労さま」


 受け取った封筒の、青い封蝋を指でなぞる。双頭の鷲だ。半年、律儀に届き続けたこの一通に、俺はもうすっかり慣れてしまった。慣れて、あまつさえ、少しだけ心待ちにしている。その事実に気づかないふりをして、俺は封筒を鞄へしまった。


 季節の移ろいを、俺は例年なら素直に喜ぶ。だが今年ばかりは違った。暦の一枚がめくれるたびに、胃の底が重くなっていく。秋。創立祭。その二つが近づいてくるのが、どうにも不吉でならない。


 委員会室で企画書を睨んでいた、その晩だった。ふいに背筋が凍った。壁に貼られた行事予定表。そこに記された創立祭の日取りと段取りを、俺は前世の記憶と、無意識に照らし合わせていた。


 ——待て。この配置、どこかで見た。


 思い出せ。妹の隣で眺めた、あの断罪の場面。舞台は秋の創立祭。大勢の生徒と来賓が集う晴れの日だ。その華やかな祭りのさなか、悪役令息オスカーは糾弾される。平民の主人公への器物損壊。階段からの突き落とし未遂。その犯人として、衆目の前へ引きずり出される。そして、とどめの証言をするのが——主人公だ。


 一つずつ、条件を数えていく。創立祭。符合する。オスカーと主人公が近しい関係にある。……符合する。主人公が学院の中心近くにいて、証人に立てる立場にいる。学年代表委員。符合、する。指を折るごとに、血の気が引いていった。


 これは偶然か。いや、偶然にしては条件が揃いすぎている。俺の知る破滅の舞台装置が、一つ残らず組み上がりつつある。あんなに遠い先の話だと、高をくくっていたのに。カレンダーの数字が、まるで処刑の日を刻むように着々と減っていく。


 寮の自室へ戻っても、俺は寝つけなかった。


 狭い机に頬杖をついて、必死に頭を回す。断罪を止めるにはどうすればいい。前世の物語で、あの事件の引き金を引いたのは何だった。主人公とオスカーの、こじれた因縁。二人が近づくほど、周囲の嫉妬や思惑が渦を巻いた。そうやって破滅の舞台が整っていったのだ。つまり——。


 「……俺が、あいつの側にいるのが、まずいのか」


 声に出してみて、俺は自分の導いた結論にぞっとした。理屈は通る。主人公がオスカーの隣にいなければ、証人の席は空く。二人が近しくなければ、事件の因縁もほどける。俺がこいつから離れさえすれば、あの断罪の幕は上がらずに済む。そのはずだ。


 理屈の上では完璧な答えだった。だがそう考えた瞬間に胸を刺したのは安堵じゃなかった。もっと重たい、名前のわからない痛み。あの馬鹿げた決闘の時間がこれで終わる。もう、あいつの果たし状は届かない。そう思い描いただけで、みぞおちのあたりがぎゅっと縮んだ。


 それは俺がずっと望んでいたことだった。関わらない。目立たない。証人の席になんて座らない。入学したての頃に立てた、あの完璧な計画そのままじゃないか。今さら、何をためらう必要がある。


 「……決めた。距離を、取る」


 誰もいない部屋で、俺は自分へ言い聞かせるように呟いた。オスカーから離れる。果たし状には応じない。委員の仕事も必要最低限で。あいつを破滅させないため。そして俺自身が平穏に卒業するために。


 そう腹を括って、俺は机のいちばん下の引き出しを開けた。半年ぶんの果たし状が、無造作に積み重なっている。白い便箋。青い封蝋。双頭の鷲。捨ててしまえばいい。もう応じないと決めたなら、後生大事に取っておく意味はない。


 なのに。


 束に手をかけたまま、俺はどうしてもそれを屑籠へ落とせなかった。封蝋の割れ方まで1通ずつ違う。「くるみパン一斤」の達筆。回を追うごとに丁寧になっていった、あいつの筆跡。捨てようとするたび、こいつと過ごした馬鹿げた勝負の記憶が、いちいち手を止めにくる。


 剣で打ち合った日の、木のぶつかる乾いた音。料理対決で真っ黒に焦がしたパンの、炭くさいにおい。負けを認めて赤くした耳。全部、この束のなかに詰まっている。捨てるというのは、それを何もかも、なかったことにするのと同じだ。そんな真似は俺にはできそうにない。


 結局、俺は束を元の場所へ戻して、引き出しを閉めた。捨てるのはまた今度でいい。そう自分に言い訳をしながら。


 窓の外で、秋の虫が鳴いている。距離を取ると決めた夜の胸のなか。平穏を取り戻す安堵とはほど遠かった。しんと底冷えするばかりだ。

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