第5話 朝礼は自己紹介をするだけのはずだったのに……
「よーし、お前ら全員揃ったな。これより朝礼を始める」
朝の鐘と共に入ってきた担任が、帳簿を叩く。
教壇に立った担任の男は黒板にチョークで何やら書き込んでいた。
る……ルーカ、ス。
あれは名前を書いているのか。と言うことは今からやるのは……。
「今日の朝礼では自己紹介をしてもらう。まぁ、手本として俺が自己紹介をしよう」
やはり自己紹介をするのか。
先にこうして自己紹介をしてもらえるのは大変ありがたい。
貴族の子供が多く通っている学園では、自己紹介をし慣れている人が多い。
ただ、一部の市民の子供たちは案外そうでもない。
彼らがいたのはあくまでも小さな集まりだったことが多いから。
だから、本当にこういう風に、先に示されるのは心強いものだ。
「俺の名前はルーカス・ロベール。モワノー領出身で、得意な魔法は動物との会話だ。よろしくな」
……何と言うか、意外だ。
言っちゃ悪いけど、背丈が高くてそれなりに筋肉があるから、てっきり強化系が得意なのだと思っていた。
まぁ、人それぞれ何かしらの事情があるから深く詮索しない。
……教室の皆、同じようなことを思っていそうだな。
「こんな感じで皆自己紹介をしてくれ。順番は名前順な」
皆の視線に居た堪れなくなった彼は、誤魔化すように耳を赤くして顔を逸らす。
自己紹介は名前順か。……って、私はデュランだからかなり早く来ないか?
何を言うのかを考えておかないと。
「アンナ・アルエットです。アルエット領から来ました。得意な魔法は精霊魔法です。一年間よろしくお願いします」
おぉ、これはすごい。今、彼女が出したのは光の精霊か。
光の精霊って、召喚するのがすごく難しいと聞くけど、凄いな。
あと、鳥の――雲雀の姿をしているのがとてもカワイイ。
頼んだらちょっとだけ触らせてもらえないかな。
「俺の名前はマルコ・ブリーズ。名前の通りブリーズ領から来た。俺はそよ風を出すのが得意だけど、だからと言ってあんまり見くびんなよ? よろしくな!」
次の彼はかなり明るい性格の男子みたいだ。
なるほど、ああやって少し冗談めいたことを言うと、場は盛り上がるのか。
いい知見を得られた。
さて、私は何を言おうか。そろそろ順番が来るはずだ。
入学式前に騒ぎを起こしてしまったけど、挽回するいいチャンス。
「私はアキレア・デュランと申します。フローレス領からはせ参じました。得意な魔法はそうですね……」
得意魔法……どうしよう。
リリアーナ様に言う許可を取っていない。
公爵様から、魔法について言うときは「リリアーナに通してからにしなさい」と言われているし、ここは……。
「秘密、ですが、武術全般が得意です。もし、手合わせをしたい方がいらっしゃれば言ってください。これからどうぞよろしくお願いします」
お辞儀をすると、ぱちぱちと拍手が聞こえてくる。
どうやら、これが正解だったみたいだ。
よし、これからは自己紹介を聞いていくだけだ。みんなはどんな風に自己紹介をするのだろう。
*
「次は、ロペスだな」
ロベール先生がそう告げた瞬間、空気がピシッと固まる。
先ほどまでの穏やかで温かな空気が霧散した。
今の今まで忘れていたけど、ヴァレリー様って【狂犬】と呼ばれていたのよね。
私とかクロウは話しているから愉快な人だって分かっているけど、みんながみんなそうじゃない。
「やぁ、みんな! 俺はヴァレリー・ロペス。隣国からフラン殿下と一緒にやって来たんだ! 体を動かすのは得意だけど、頭を使うのは苦手なんだ。これからよろしくな!」
彼が白い歯を見せながら笑い飛ばすと、教室が笑いに溢れる。
ある人は「意外と接しやすそう」とか、「なんか怖い人だと思っていたけど、そうじゃないみたい」と言う。
また違う人は「英雄だってまだ学生なんだな」と納得したみたいだ。
教室がまた穏やかな空気に戻った。この空気のまま、続けられたらいいな。
次の人は、誰なんだろう?
「私は、カトリーヌ・ロワゾーですわ。私の出身地は言わなくても分かるでしょう? 私は羽を矢にすることができますの。そこにいる強化しか使えない木偶とは違いましてよ」
げっ、あれはよくリリアーナ様に突っかかってきた令嬢だ。
フローレス家と同じ家格ではあるけど、人を常に見下している態度が鼻につく。
よりにもよって、彼女と同じ教室なのか……。
何の因果かは知らないが、よく彼女は私を見かけるたびにこうやって皮肉ってくるものだから好きじゃない。
「ロワゾー。ここはお前の家じゃなくて、学園なんだ。そのところ分かっているのか?」
「分かっておりますわ。でも、ここは実力主義なのでしょう? それなら一番強い私が何を言ってもいいわ」
ニヤニヤしながらそう言う彼女に先生は大きくため息をつく。
彼が思わんとすることは分からんでもない。
多分、あれだろう。
「なんで厳格な貴族教育を受けているはずなのに、ここまで常識を知らないんだ」って、思っている。
前にレオナルド様と一緒に来られた彼女の姉君も似たようなことを言っていた。
「むむむ、アキレア!」
「はぁ、何でしょうか。ロワゾー様」
一応返事だけしてはおくけど、別に命令を聞くつもりは無いよ?
だって、聞いたところで無理難題を押し付けられるだけなのは、これまでの経験から分かっている。
「お前はどうして私に対して、ずっと粗雑な反応をするの?!」
「……どうしてって、先に撒いたのはそちらの方でしょう?」
あなたは覚えていないかもしれないけど、リリアーナ様の最初との顔合わせの時に水をぶっかけたの忘れていない。
自分の愛すべき主君を傷つける真似をする輩を、私が許すはずがないだろう。
キレれば何でも言うことを聞いてもらえると勘違いしないで欲しい。
「あと、1つ言わせてもらいますが、ここの教室で一番強いのは私でも貴方でもありません」
「なっ、そんなはずは……」
逆に聞きたいが、どうしてそう言い切れる。
この教室にいるのは、みんな何かしらの魔法や武術に秀でているものたちだ。
羽を矢にすることができても、それを対処できる人間は出てくる。
少なくても、あのそよ風を使う彼とかがそれにあたりそうだ。
あと、ここには魔法の天才と呼ばれる男と、竜を薙ぎ払った男がいることを忘れないで欲しい。
「ロベール先生がおっしゃるようにここは学園です。節度を持った態度で接してください」
私の言うことに納得ができないのか、酷く顔を歪めるロワゾー様。
あれは何を言っても理解してもらえなさそうだな。
そもそも、入学式で国王陛下がわざわざ釘を刺したって言うことの意味が分かっていないのだろう。
これから彼女と同じ教室で過ごすのか。すでに胃が痛くなりそうだ。
「鳥の娘よ、お主はそこにいるデュランへ不満を抱いているのか?」
張り詰めた空気を裂くようにピシャリと話に入ってきたのは王女殿下だった。
「えぇ! 戦闘能力もさして高くない癖に、出しゃばっていることが許せない」
「ふむ。なるほど。それは確かに妾も気になるのぅ」
ロワゾー様は救世主を見るかのように彼女を見るけど、彼女は興味なさそうに顔を背ける。
なぜだろう、ものすごく嫌な予感がする。
「先生よ、この朝礼の後には何か授業があるのか?」
「あるにはあるが、1時間後だぞ」
いきなり王女殿下が話に入ってきたのを疑問に思った生徒たちのざわめきが一層大きくなる。
「越権であることも承知じゃが、その時間をもらうことはできまいか?」
「俺の裁量下だからな……。一体何をするつもりなんだ」
恐る恐る先生がそう問うと、王女殿下は笑みを浮かべる。
面白いことを思いついたと言わんばかりの顔だ。
そして、その視線は私へ向けられている。
「なぁに難しいことではない。ヴァレリーとデュランに決闘をしてもらうだけじゃ」
……えっ、決闘? 今から?




