第3話 入学式で国王陛下に恐怖を覚え、その後に学園長へ殺意を覚えました
「ね、言った通りだったでしょ? アキレア」
講堂へ入るとまだ空いている席がたくさんあった。
それ故に入ってきた私たちに視線が集まることもなく、席に着くことができた。
大遅刻をしたわけではないことに、ほっと胸を撫で下ろす一方で、ある疑問が脳裏へ浮かぶ。
「えぇ。……ですが、なぜ始まるのが遅いことをご存じで?」
「国王陛下がこの国に帰っていらしたのはつい先ほどのことよ」
そう言えば、国王陛下は今外交のために他国へ出ていらっしゃったな。
本来1週間続けて行くはずだっただけど、1日だけこの国へ帰国すると聞いている。
――その理由は、あれか。
「なるほど。『王立学園の入学式に国王は全過程参加せねばならない』と言う法が理由ですか」
「その通りよ。だから、少し入学式は遅くなったのよ。そうでなければ、生徒会役員であるお兄様があんな時間に廊下をほっつき歩けるわけがないでしょ?」
言われてみればそれもそうだ。
生徒会役員なんて、入学式の運営でとても忙しいはずだ。
ただ、レオナルド様はあれでいて怠惰なところがあるからな……。
まぁ、何はともあれ国王陛下のたまたまに私たちの名誉は守られたと言う訳だ。
「そろそろ入学式が始まるので、静かにしましょうか」
「それもそうね」
ちょうど国王陛下が王妃様と共に入場されたようだ。
それと共に談笑の声は収まり、緩んでいた空気が引き締まる。
――つまり、いよいよ入学式が始まると言う訳だ。
「新入生諸君、此度は入学おめでとう。心より嬉しく思う」
国王陛下が壇上へ上がられると、祝辞を読み始められる。
威厳をたっぷりと孕んだ声は聞く者たちに彼が絶対的な君主であると知らしめるのだ。
リリアーナ様のような国王陛下とお会いすることの多い貴族や、私のようにそれに仕える従者。
彼らは彼の話を聞いても委縮することはないが……。
チラリと後ろの方へ視線を向けると、体をぶるりと震わせるものが何人か見える。
恐らくだが、下位貴族か平民だろう。
そんなに怖がらなくても、国王陛下は温和な方だぞ。
「さて、もうすでに存じている者も多いかもしれないが、今年の入学生の中には隣国からの留学生が2人いる」
会場全体を一瞥なさったかと思えば、彼は隣国の2人の立つ方を示し、視線を向けさせる。
王女殿下は一気に注目が集まったことに臆することなく、堂々と佇んでいる。
その横に立つヴァレリー様も、背筋をすっと伸ばしてキリッとしているのがよく見える。
さっきまで見せていた無邪気な笑みなんて嘘のようだ。
そんな2人の様子に満足した陛下は話を続ける。
「今まで行っていなかった試み故、違和感を抱くものも少なくないだろう。されど、同じ学び舎で学ぶ同士、快く受け入れてもらえるとありがたい」
……言外に「変にいびるなんて無礼を働くなよ」と、言っているな。
まぁ、これこそが国王陛下が入学式へ参加なさる理由そのものだが。
王立学園は貴族の子供ならほぼ全員が通うことになる。
上位も下位も、貴族であれば全てだ。
だから、中には物語のような玉の輿とかを狙う輩がいるのだが……。
「今年の入学者諸君は一芸に秀でているものが少なくないと聞く。私としては諸君らに大きく期待をしている」
うわぁ。最後の最後で、「あんまり羽目を外しすぎるなよ」と言う意味を込めて、くぎを刺している。
なまじ顔がニコニコと笑みを浮かべているものだから、さらに鳥肌が立つ。
「これからの皆の成長を祈り、祝辞とする」
*
――本当に背筋が凍る数十分だった。
陛下の後の学園長からの祝辞も、国王陛下と同様に「羽目を外しすぎるなよ」と言う意味が籠っていた。
あれには一種の殺意のようなものを感じた。
今でも思いだすだけで身震いしそうだ。
「こんにちは、殿下。先ほどは挨拶へ行けず申し訳ございませんでした」
「大丈夫だよ、リリー。あれにアキレアが固まっちゃったのは仕方がない。場を収めるには君が動くしかなかった」
「殿下の寛大なお言葉に感謝します」
入学式が終わり、講堂の外へ出るとリリアーナ様の婚約者であるミカエル殿下が立っていた。
彼のそばには護衛が1人もいない。もしや、これはまた護衛を撒いたな。
……あとでこれは護衛に怒られるぞ、ミカエル殿下。
「せめて言うなら、いつも、一緒にいるときは固い口調じゃなくていいと言っているだろう?」
「うっ、……それもそうね。ミカエル」
殿下はリリアーナ様の薄いプラチナブロンドに口づけながら、砂糖菓子のように甘い言葉を吐く。
彼女も嫌なことをせずに受け入れているのを見るに、まんざらでもなさそうだ。
政略結婚による婚約だと言うのに、本当におしどり夫婦だこと。
「アキレアも災難だったな、さっきのあれに関しては」
「あんな恥ずかしいことはどうかお忘れください、殿下」
「ははっ、僕が忘れたところでだよ。他のやつらはきっと覚えているさ」
確かにそれはそうかもしれないから、なんとも言い返すことができない。
でも、人の噂も七十五日と言う。
入学式での出来事なんて、学業の忙しさできっとすぐに忘れられるだろう。
私は政務科で、恐らくヴァレリー様は魔導騎士学科。
授業で会うことも早々多くはないはずだ。
「それにしても、明日からあの彼と一緒の教室だよね? 今の状態で大丈夫かい?」
ピシりと何かが割れる音がした。いや、固まる音だったかもしれない。
いきなり動かなくなった私を心配そうに見る殿下とリリアーナ様。
「一緒の教室? 私は政務科での入学では?」
「何を言っているんだい。君は魔導騎士学科だぞ?」
おかしなことを言うなと言わんばかりに首を傾げる殿下と、ポカンと唖然する私。
そして、なぜかこめかみの血管を浮だたせているお嬢様。
「そりゃ、魔法の天才と同じぐらい魔法が使えて、騎士団からも勧誘が来るほどの剣術を扱える君を政務科に入れるわけがないだろう?」
「……学園長」
ヘラヘラとした顔でそう話す目の前にいるこのロン毛眼鏡に対して、腹が立って仕方がない。
……学園の入学手続きをしに行ったとき、不満げに顔を顰めていたのを放っておかなければよかった。
「まぁ、明日から頑張って☆」
本当に今すぐその笑顔に拳を叩きこんでやろうか?




