第2話 私が『姫様』である可能性はゼロではないらしい
「ここでならゆっくり話が出来そうね」
リリアーナ様に連れられてやって来たのは学園の応接間。
本来、入学式を終えていない私たちが勝手に使用する権利はない。
しかし、レオナルド様――リリアーナ様の兄君が、ここの生徒会役員であるため、借りることができたのだった。
そう言えば、事情を説明して鍵を借りた時、彼に「お前、もう少し人の機敏を理解できるようになれよ」と言われたのはどういう意味だったのでしょう?
「それで先ほどはどうして私の執事にいきなり抱き付くと言う愚行に出られたのです、ヴァレリー殿?」
ギラリと目を光らせたリリアーナ様はヴァレリー様を睨みつける。
部屋の中の空気が冷え切っていくのをひしひしと感じて、胃が痛くなる。
「本来の主と再会することができ、感無量であったためです」
「本来の主?」
顔を赤らめながらそう答える彼の言葉は、紛れもなく本心なのだろう。
ただ、そうなると気になる点がある。
今、彼が仕えているのは隣国の王女殿下だ。
その人が「本来の主でない」と言外に本人へ突きつけるのは相当無礼なのに、彼女は怒った様子を見せていない。
むしろ呆れているというか……。
「はぁ、こやつは我らの国ではなく、かなり北の方の生まれなのじゃ。今妾に仕えておるのは成り行きじゃのう」
チラリと視線を向けると、王女殿下は大きくため息をつく。
さっき学園の入り口で見たような構図だな。
成り行きと言うことは利害の一致で一緒にいると言うことだろう。
だから、ここまで気さくな関係でいられるのか。
「こやつを配下にするとき、ある人――生まれ故郷の姫君を探して来て欲しいと頼んできよった」
「その姫君が、アキレアと言うことですか……」
ごくりと息を吞む音がやけに響く。
それは私のものだったか、リリアーナ様のものだったか――はたまた両方のものなのか。
まさに目から鱗だった。
そんな私たちの様子なんて目もくれず、王女殿下はその手に持つ扇子を私の顎へ当てる。
品定めをするように私を見た彼女は感心したように目を見開く。
「あぁ。最初は本当に驚いたんじゃぞ? そやつの黒髪に赤い目を持つ見た目もそうじゃが、魔力の保有量も汝を越している。普通の民の血を引いておる方があり得ぬ」
まさか、この見た目が原因だったのか。
ただ単にリリアーナ様の隣に立って悪目立ちしないから便利だと思っていたが、変えた方がいいのかもしれない。
どこぞの王族の血が流れているのが分かりやすいなんて、何かの問題の火種にしかなりえない。
しかし、まさか魔力の保有量を見抜かれるとは……。
一応魔力をかなり抑えていたのだが、もっと上手く隠せるようになった方がいいか。
「……それは否定できませんね。そもそもどこの馬の骨なのかを分かっておりませんので」
今までどれだけ調べても、身元の情報は一切出てこなかった。
公爵家の伝手を使っても、その配下の紹介の繋がりを辿っても、何も得られなかった。
もし、これが本当に事実なのであれば、当然の話だ。
ここからかなり距離のある国なら、必然的に交流も乏しくなる。
むしろ見つかった方が逆にすごいことかもしれない。
「もし、これが事実としても、今の私はフローレス公爵家に仕える執事です。この仕事に誇りを持っております」
これまで全く音沙汰がなかったのだ。これから先もあるとは思えない。
仮に迎えに来たところで、答えるつもりはない。
私にとって大切な人達はその迎えに来る人たちではなく、公爵家の方々だ。
「……と言うことですので、これからはくれぐれも私を『姫様』だなんて尊名で呼んではなりませんよ。分かりましたか?」
にこりと笑みを取り繕いながら、ヴァレリー様の方を向くと彼は呆然と目を見開いて立ち尽くしていた。
先ほどから全く会話に入ってこないとは思ったが……。
魂が抜けたような彼は私が声を掛けたことに気づいていない。
「ヴァレリー様、大丈夫ですか?」
「はっ。だ、大丈夫だよ! 少しぼーっとしていただけ」
いや、全く大丈夫ではないだろう。
私が肩を叩くまで動く気配すら見せていなかった。
人の気配にかなり敏感であるはずの彼が、だ。
「そうか。……そうか。もう『姫様』って呼んじゃいけないんだ」
ポツリと言葉を零した彼は、引き攣った笑みを浮かべる。
「あれ、何か涙が出てきた。ごめんね、今の君にとって俺への第一印象って最悪でしょ?」
心の中は悲しみで満たされているはずなのに、彼は相変わらずヘラヘラと笑みを浮かべる。
なぜか、そんな様子に無性に腹が立ってしまう。
『全てをさらけ出せ、取り繕うのはやめろ』とは言うつもりは無いけど、自分の本当の気持ちまでを偽るのはよくない。
――とはいえ、彼がこんな風になった原因を作ったのは私だ。
「アキレアです」
「え?」
「私の名前はアキレア・デュラン。呼ぶのならアキレアかデュランと呼んでくださいな」
自己紹介をしながら握手をするために手を差し出すと、彼は目を丸くする。
別に『姫様』と呼ばれたくないだけで、彼が嫌いなわけではない。
むしろ、こんな出会い方をしてしまったけど、できれば友好的な関係を築きたいところだ。
……まぁ、こんな風にするのはいささか都合が良すぎるかもしれないが。
「も、もちろん! これって、君が俺の友人になってくれるってことで良いよね?! あんなに失礼なことをしちゃったのに」
「えぇ、その通りで……うわぁ!」
最初抱きしめられた時から想像してはいたけど、やっぱりこの人、力が強すぎる。
今まで握手で腕がもげそうなぐらいブンブン振られたことなんてない。
肩が脱臼していないといいけど。
「ヴァレリーや。お主、自分で名を名乗ったか? 友人となるにはちゃんと自分で名くらい名乗れ」
「おっと、君は名乗ったのに、俺が名乗るのを忘れていたな! ありがとう、フラン殿下!」
王女殿下が生温かい視線をヴァレリーに向けながら提案する。
た、助かった。このままでは確実に見るも無惨なことになっていた。
「俺の名前はヴァレリー・ロペス。これからよろしくな」
――あと、腕を振り回しちゃって済まなかった。
へにゃりと顔を緩ませて笑う彼は私へそっと手を差し伸べる。
その手の上に手を置いたら、今度はちょうどいい力の強さで握り返された。
「……こちらこそ、よろしくお願いします」
そう言えば、何かを忘れているような……。
――ゴーン、ゴーン。
あっ、しまった。この鐘は入学式が始まるのを知らせるものだ。
今すぐ向かわなくては。
初っ端から遅刻なんて醜聞もいいところだ。
「焦ったって仕方がないわ、アキレア。……それに、私の想定が外れていないのなら恐らく入学式は遅くなるわ」
――事実、まだ外は騒がしいでしょ?




