第1話 出会って数分で知らない人に抱きしめられました。……本当になんで?
――拝啓、旦那様と奥様。
あなた方に拾われて早10数年、様々なことを経験し、もう何事にも驚かなくなったと思っておりました。
しかし、世界はまだまだ広いのですね。
「あぁ、やっと会えましたね。姫様!」
「うわぁ! いきなり何をなさるんですか?!」
私はリリアーナお嬢様の執事・アキレアとして共に王立学園への入学をしたはずです。
それなのに、なぜ私は「姫様」だなんて恐れ多い名称で呼ばれているのでしょう?
あと、何よりも――
「姫様、姫様!」
そう呼んでいるのが隣国の英雄殿なのでしょう?
確かにあなたは【狂犬】ともてはやされてはいますが、人懐っこい犬のようだとは誰も思うまい。
とりあえず、一言言わせてください。
「私は、姫様ではなく、執事です!」
*
事の始まりは今からほんの数分前のこと。
入学式のためにリリアーナ様と一緒に学園へ参ったのだが、思えばこの時から何かがおかしかったのかもしれない。
「すごい人だかりね。お兄様が入学なさったときはここまでではなかったはずよ」
そうしみじみと呟かれるリリアーナ様の眼前には王立学園の門。
入学の手続きをしに行ったときは、ここまで人はたくさんいなかった。
学園の建物へ続く道に沿って並ぶ人々は、なんとまぁ壮観だ。
よく見たら建物の中も人で満たされていると言うか、外よりも多いのでは?
建物の中へ入るとそのわけはすぐにわかった。
中央には金髪碧眼の見覚えのある男子、左手には黒髪を無造作で1つにまとめた男がぼそぼそと喋っている。
「今年は王太子殿下に、推薦で入られた魔法の天才がいらっしゃいますからね。それと、あそこにいらっしゃいますのは――」
「隣国の王女殿下と英雄・ヴァレリー、でしょ?」
中でもとりわけ注目を集めているのは右手にいる2人だ。
燃えるような炎の髪を揺らす少女はきっと隣国の王女殿下だろう。
かなり苛烈な性格だとお伺いしているが、すでに不機嫌そうに顔を顰めている。
……これは何かと面倒なことになりそうだ。
その視線に晒されている男は薄い茶髪にオレンジ色の瞳を持った巨漢。
あれが、英雄・ヴァレリー。
魔法も使わずに城ほどの大きさの巨竜を屠ったって聞いたけど、あの体格なら納得できる。
「流石です、お嬢様。今年、遊学でこの国へいらっしゃると伺っておりましたが、学園に来るとは驚きです」
年齢だけを顧みれば私たちと同じぐらいだ。
ただ、彼らの国の技術はこの国よりも遥かに発展している。
『他の国の100年先を行く』と言われるほどだ。彼らにとっては学ぶことなどないに等しいかもしれない。
それでも、わざわざこうして学園に来たのは視野を広げるためか何かだろう。
「アキレア、さっきから辺りを見渡してどうしたの?」
「先ほどから私へ刺さる視線が多いような気がするのですが……」
リリアーナ様を見る者が多いのは分かる。
彼女は見目麗しくて、公爵令嬢と言う高位の人間だ。気になる者が現れてもおかしくない。
ただ少々背の高くて、リリアーナ様のそばについているだけの私が注目されることなんてないはずだ。
学園のお祭りのような空気感に当てられてしまったか……。
ありもしない勘違いをするなんて、私もまだまだ未熟だ。
「気のせいじゃないわよ。あなたも私も注目されているんだから」
リリアーナ様がそうおっしゃるのなら、そうなのか。
やはりこのような甘さを秘めた視線は慣れない。
悪意を持たれるよりは断然ましだが、ひたすらにこそばゆいのだ。
それともう1つ、慣れない視線がある。
「……ところで、先ほどからヴァレリー様にガン見されているけど、何かあったの?」
彼女が扇子で口を隠しながら引き気味で言うのも仕方がない。
殺気とも見まがうほどの焼き付くような視線。
隙を見せれば、後ろから攻撃されそうな錯覚すら覚える。
チラリと彼の方を見れば、目を大きく見開き私のことを注視している。
「いいえ、初めましてです」
「……そう、それにしてはガン見されているような気がするけど」
本当になんでなのだろうか?
私は生まれてこの方この国を出たことがなければ、他国の人とほとんど会ったこともない。
よく話題に挙げられることが多いのは知っているが、もしかしてそれが原因なのだろうか?
どんな話題が挙げられたんだ、全く。
ひとまずは、リリアーナ様に危害が加えられないように警戒しなくては……。
「やっと、見つけた」
獲物を見つけた狩人のようなささやきと共に、件の彼と目が合う。
その瞳の中に映るとぼけた顔をした私の姿は、なんと滑稽な事か。
――最初に感じた通り、私が目的か。
あぁ、一歩ずつこちらに近づいてきている。
「……」
私の何倍もの背丈の影がかかる。
その影の持ち主は私のことをじっと見つめ、口を開く。
「わぁあ、今までどこに行っていらっしゃったんですか~?」
媚びるような声と共に目を潤ませた彼――英雄・ヴァレリーは突如として私を抱きしめた。
何を言っているのか分からんと思うだろう。
私自身にも全く分からん。切実に誰か説明してくれ。
*
「あの、本当に離してください。……とっても息苦しい」
私だって、それなりに鍛えているって言うのに、全然離れない。
なんて力で抱きしめているの、この人! 骨がミシミシ言っているのが聞こえないの?
魔法で強化魔法をかけているからよかったものの、そうじゃ無けりゃ今頃背骨はぽっきりよ。
「おっと、ごめんよ。いきなりレディに抱き付くなんて礼儀がなっていなかったね」
すっかり萎びた犬の耳の幻覚が彼に見えるのはきっと気のせいではない。
あと、抱きしめるのをやめたのなら、そのにぎにぎしている手も離してほしいところだ。
この人はいつもこんな感じなのだろうか?
そうだとしたら仕方がないである程度諦めがつくのだが……。
「ヴァレリー、流石に初対面の人にそれはダメじゃろう……」
王女様が大きくため息をつきながら、彼を睨みつける。
……どうやらこれは日常茶飯事みたいだな。
「あらあら、お二方。一度移動しませんこと? こんな風になってしまっては、ゆっくりお話なんてできませんでしょう?」
リリアーナ様の背後に、東の方にいるオニの幻覚が見える。
いつも通り穏やかな笑みを浮かべているが、全く目が笑っていない。
とはいえ、今回の件に関しては私が悪い。
「……ご最もでございます」
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