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二人の鼓動、あるいは最初で最後のタンデム

 一ヶ月ぶりに戻ってきたリッターネイキッドは、以前よりも凄みを増していた。

 歪んでいたフレームは矯正され、ズタズタだったカウルは新調された。エンジンに火を入れれば、四条の闇を切り裂いたあの時よりも力強く、野太い重低音が土御門の庭に響き渡る。

「……上出来だ。以前より機嫌が良いくらいだ」

 朔夜は満足げにスロットルを回し、鈍い光を放つタンクを叩いた。そして、傍らで憧れの眼差しを向けていた蓮真に、顎でリアシートを指し示す。

「乗れ。……一度くらい、後ろに乗せてやってもいい」

「……えっ!? 兄さんの後ろに……僕が? 本当にいいの!?」

 蓮真の瞳が輝く。かつての朔夜にとって、このバイクは自分だけの聖域であり、誰かを乗せるなど考えたこともなかった。蓮真にとっても、兄の背中は常に遠く、触れることさえ躊躇われるほどに険しいものだった。

 蓮真はおっかなびっくりリアシートに跨り、朔夜のライダースジャケットをぎゅっと掴んだ。まだ細い腕から、緊張と期待が伝わってくる。

「……振り落とされるなよ。ロンドン仕込みのスピードだ、腹に力入れとけ」

 クラッチを繋いだ瞬間、リッターマシンの圧倒的なトルクが路面を蹴り上げた。

 庭では小鞠と雫が「蓮真様を連れて行かないで!」と騒ぎ、白妙が静かに尾を揺らしていたが、そんな喧騒は一瞬で風の中に消えた。

 二人は鴨川沿いを北上し、そのまま比叡山ドライブウェイへと駆け上がった。

 

 コーナーを抜けるたび、蓮真の体が朔夜の背中と一体になる。初めて体感する大型バイクの凄まじい加速と、それを御する兄の逞しい肩。

 一方通行の恋に破れ、容姿への蔑みに傷つき、この国を呪って飛び出したあの日。もし、あの時こうして弟を後ろに乗せる心の余裕があったなら――。そんな感傷を、切り裂くような風が奪っていく。

「……蓮真! 親父やお袋のこと、頼んだぞ!」

 風を切る音に負けないよう、朔夜が声を張り上げる。

「うん! 分かってるよ! ……兄さん、ロンドンでも、一人で無茶しないでね!」

 蓮真の声が背中越しに響く。

 峠の頂上、展望台でバイクを止める。

 眼下には、彼らが命を懸けて守り抜いた京都の街並みが、穏やかな夕暮れに染まっていた。

「……いい景色だ。……ま、この街にはお前みたいなお人好しが似合ってる」

 朔夜は弟のヘルメットを乱暴に、だが親愛を込めて小突いた。初めて触れた、弟の確かな温もり。

 

「……明日には、こいつをコンテナに積み込む。次に会う時まで、もっと逞しくなっておけ。土御門を継ぐのが嫌なら、いつでもロンドンへ逃げてこい。その時は……そうだな、お前も自分のバイクで来いよ」

「……あはは、絶対免許取るよ。兄さんに追いつけるくらい速い奴に!」

 夕闇が迫る帰り道。

 初めて共有した排気音と震動。

 孤独な異端児だった兄は、今、確かな「家族」の感触を背中に刻み、再び自分の戦場へと戻っていく。

 街灯が灯り始めた京の街。

 二人の鼓動を乗せたリッターネイキッドは、最後の一走りを惜しむように、ゆっくりと夜の静寂へと溶け込んでいった。


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