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最終話 蒼穹の彼方へ

 関西国際空港。

 初夏の陽光が降り注ぐターミナルは、旅立つ者と見送る者の熱気に満ちていた。

 大きなコンテナに固定された「相棒」のリッターネイキッドは、一足先に貨物便へと積み込まれた。あとは朔夜自身が、空を飛ぶだけだ。

 ロビーには、土御門の新しい当主となった父・風雅と、名残惜しそうにハンカチを握りしめる母・百合。そして、一ヶ月前とは見違えるほど凛々しい顔立ちになった蓮真の姿があった。

「……朔夜。本当に行ってしまうのだな」

 風雅が、どこか寂しげに、だが息子を誇りに思うような眼差しで問いかける。

「……ああ。親父の言った通り、ここは少しばかり空気が綺麗すぎる。俺にはロンドンのどんよりした曇り空と、油臭いガレージが合ってるんだ」

 朔夜は軽く肩をすくめた。

 かつて日本を飛び出した時は、恋に破れ、容姿を嘲笑う一族に背を向け、呪いを吐き出しながらの逃亡だった。だが今は違う。鋭すぎる目つきも、忌み嫌われた霊力も、すべては「家族を守り抜いた証」として、彼自身の誇りに変わっていた。

「朔夜、これを持っていきなさい。……お守りよ」

 百合が差し出したのは、彼女が手縫いで作った小さなお守りだった。

 

「……ありがとよ、お袋。……この先も、親父をしっかり支えてやってくれ」

 朔夜はそれを受け取り、乱暴にポケットにねじ込んだ。

 そして、最後に蓮真の前に立つ。

「蓮真。……あの妖怪共を御すのは骨が折れるだろうが、お前なら大丈夫だ。白妙らには『次は負けねえ』と伝えておけ」

「……うん。分かった。……兄さん、僕、絶対にバイクの免許取るからね。そしたら、今度は僕が兄さんを後ろに乗せてあげる」

 蓮真の真っ直ぐな言葉に、朔夜は一瞬意表を突かれたような顔をした後、低く、愉しげに笑った。

「ハハ、そいつは楽しみだ」

 それだけ言い残し、朔夜は搭乗ゲートへと歩き出した。


 搭乗のアナウンスが響く。

 朔夜は一度だけ振り返り、無言で手を挙げた。

 その背中は、もはや孤独な逃亡者のものではない。

 

 数時間後、雲海を突き抜けて上昇する機内。

 窓の外には、どこまでも続く蒼穹が広がっていた。

 彼は知っている。

 例え海を隔てていようとも、自分には帰るべき場所があり、信じてくれる家族がいる。

 「……さて。次はどんな屍山血河が待ってることやら」

 朔夜は目を閉じ、遠く離れたロンドンの街並みを思い描いた。

 

 土御門の異端児、朔夜。

 彼の新しい物語は、今、この高い空の上から、再び幕を開けようとしていた。


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