浄化の儀、あるいは世代の交代
洛中決戦から三日。
京都の街は少しずつ平穏を取り戻していたが、土御門の本邸内には、鴨川のせせらぎさえも凍りつかせるような、張り詰めた空気が漂っていた。
奥の広間。
上座には、数人の老人たちが並んで座っている。彼らは一族の「長老会」――平安の世から続く因習を守ることを至上命題とし、そのためなら身内さえも切り捨ててきた、組織の歪みの象徴だった。
「……朔夜。貴殿の働きにより都が救われたことは認めよう。だが、無断で禁忌の霊符を持ち出し、あまつさえ『外道』である妖怪どもを招き入れた罪は重い。……長官の地位など、夢々思うなよ」
筆頭長老が、枯れ枝のような指で机を叩き、尊大に言い放つ。
だが、その正面に座る朔夜は、全身を包帯で巻いたまま、退屈そうに耳を掻いた。
「……地位? 勘違いするな。俺が欲しかったのは、そんな腐った椅子じゃない」
朔夜が視線を送ると、部屋の隅の「影」が揺れた。
一瞬にして、広間の四隅を白妙、一反木綿、小鞠が囲む。妖怪たちの凄まじい妖気が放たれ、長老たちは顔を青ざめさせた。
「な、何を……! 控えよ、これこそが穢れだと言うのだ!」
「穢れているのは、あんたらの頭だ。……あんたらが保身のために隠蔽してきた『芦屋の呪い』の資料、そして裏で進めていた海外組織との不透明な取引……すべて、こっちで押さえさせてもらった」
朔夜が放り投げたのは、ロンドンで密かに入手していた長老会の不正の証拠、そして、今回の芦屋道定の暴走を「予見」しながら放置していたことを示す記録だった。
「……長老会は今日、この瞬間をもって解体だ。……あんたらが愛した『古き良き土御門』と一緒に、引退して隠居所にでも引きこもってろ」
「貴様、何を――!」
激昂した長老の一人が立ち上がろうとしたが、その喉元には小鞠の鋭い爪が、そして背後には白妙の冷徹な眼光が突きつけられた。
「……黙れ。……今の土御門に、お前たちの居場所はない」
それまで俯いていた風雅が、静かに、だが確固たる意志を持って立ち上がった。
いつもの「気が弱い父」の姿ではない。息子たちの血を、そして戦友であるバイクの傷跡を見て、ようやく目が覚めた男の顔だった。
「……風雅殿! 貴殿まで、この放蕩息子の暴挙を認めるというのか!」
「暴挙ではありません。これは、正道に戻るための儀式です」
風雅は長老たちを真っ向から見据え、懐から当主の印を取り出した。
「私はこれまで、あなた方に従いすぎることで家族を傷つけ、都を危機に晒した。……今日からは、私が責任を持ってこの家を導きます。……朔夜、蓮真。……これからは、お前たちが胸を張って帰ってこられる場所に、私が変えてみせる」
その言葉には、傀儡ではない、一人の陰陽師としての矜持が宿っていた。
長老たちは崩れ落ちるように座り込み、抵抗を諦めた。
千年続いた土御門の「腐敗」が、一人の異端児の手によって、ようやく一掃された瞬間だった。
「……ふぅ。……柄じゃねえな、こういうのは」
朔夜は広間を出て、縁側に座った。
庭では、蓮真が白妙の毛を梳かし、一反木綿が物干し竿で昼寝をしている。
「兄さん、終わった?」
「ああ。……掃除は終わりだ。……さて、そろそろバイクの修理、本格的に始めるか」
ロンドンへ帰る日は、もう少し先だ。
今はただ、この少しだけ風通しの良くなった「実家」の空気の中で、傷を癒やす時間が、朔夜には必要だった。




