鴨川のせせらぎ、土御門の門
四条大橋を渡り、一行は川端通を北上した。
朝靄に包まれた鴨川の流れは、昨夜の惨劇を洗い流すように清冽な音を立てている。
「……兄さん、見て。あそこ」
蓮真が指差した先。丸太町を越え、鴨川沿いに佇む土御門の本邸が見えてきた。
かつて朔夜が、すべてを捨てて日本を飛び出した場所だ。
鋭すぎる目つきと卓越した術ゆえに「異端児」と陰口を叩かれた孤独な幼少期。唯一自分を受け入れてくれると信じた人への想いは、一方通行のまま叶うことなく潰えた。閉鎖的な一族、自分を否定する空気。それらすべてから逃れるようにロンドンへ渡った彼にとって、ここは「守るべき場所」ではあっても「定住する場所」ではなかった。
門の前には、二人の男女が立ち尽くしていた。
「……朔夜……! 蓮真……っ!」
母の百合が、なりふり構わず駆け寄ってきた。傷だらけの息子たちと、その横に控える白妙の姿に怯みながらも、泣き崩れて朔夜の煤けた頬に手を添える。
遅れて歩み寄ってきた父・風雅は、長老たちの視線を気にしながらも、その瞳には自責と安堵が入り混じっていた。
「……風雅殿。この惨状を見て、まだ長老たちの顔色を伺うおつもりか?」
白妙の冷徹な一喝に、風雅は肩を震わせ、息子が引きずる「鉄屑の相棒」を正面から見据えた。
「……朔夜。済まなかった。……私は、またお前たちにすべてを背負わせた……」
風雅の絞り出すような声に、朔夜は鼻で笑ってみせた。もし、あの絶望の日に父がこうして前を向いてくれていたら――。そんな感傷を、朝の風が吹き飛ばしていく。
「……今更だ。……親父、お袋。……ただいま」
朔夜は、愛車のスタンドを立てた。ようやく長い夜が終わった。
「……このバイク、庭に入れてくれ。……コイツを直して、身体の傷が癒えたら……俺はまたロンドンに帰る」
その言葉に、百合がハッと顔を上げた。だが、朔夜の目は「逃避」ではなく、自分の居場所を見つけた男の強い光を宿している。
「勘違いするな。二度と逃げ出しはしない。……ただ、俺の『表』はあっちにあるってだけだ」
風雅は、震える手でバイクのハンドルを握った。長老たちが何かを言いたげに近づこうとしたが、彼は初めて彼らの方を向かず、静かに言い放った。
「……下がれ。……今日は、私の家族が帰ってきた日だ」
鴨川の川面を、朝日の黄金色が跳ねる。
一反木綿は屋根で欠伸をし、小鞠は蓮真の足元で喉を鳴らす。白妙は、再び旅立つであろう契約者の兄を、静かに見守っていた。
壊れかけたバイクと、傷だらけの家族。
いずれまた別れの日は来る。だが、この朝の光の中、彼らは確かに「家族」として一つの門を潜った。




