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深淵の開門、絶望のその先へ

 四条河原町の交差点を貫いた「銀漢・雷霆」の余波により、逆五芒星の結界には巨大な亀裂が走っていた。降り注いでいた黄金の毒雨は止み、代わりに夜空からは浄化された清浄な霊気が雪のように舞い落ちる。

 だが、その瓦礫の山から立ち上がった芦屋道定は、腹の底から響くような不気味な笑い声を上げた。

「……ククッ、ハハハハ! 壊したな? 壊してくれたな、土御門! この器を……この狭苦しい『現世』との境界を!」

 道定の身体が、内側から弾けるように膨れ上がる。彼の背後の空間が、まるで熟しすぎた果実のように裂け、そこから溢れ出したのは、これまでの怨霊など比較にならないほど濃密な、原初の「闇」だった。

「兄さん、あれ……!」

 蓮真は直感した。道定は結界を維持しようとしていたのではない。朔夜たちの全力を「鍵」として利用し、さらに深い奈落の門をこじ開けたのだということを。

「……ちっ、どこまで腐ってやがる。自分の身を依り代にして、黄泉の門を直接繋げたか!」

 朔夜は刀を杖がわりにして、辛うじて立ち上がっていた。黄金の雷光は既に消え、その肌には術式の反動による焦げ跡が痛々しく刻まれている。

「白妙! 蓮真を連れて下がれ! ここから先は、生身の人間が踏み込んでいい領域じゃない!」

「……寝言はそれくらいに。お前をここで見捨てれば、蓮真に一生恨まれるわ。それに……あの闇の先にある『蛇』の気配、私には見過ごせないわね」

 白妙の瞳が、これまでにないほど鋭く細まる。大妖怪としての本能が、道定が呼び込もうとしている「ナニカ」に最大級の警告を発していた。

 道定の影が四条大橋を呑み込み、鴨川の水を真っ黒な泥へと変えていく。その泥の中から、巨大な、骨と肉が継ぎ接ぎされたような「手」が、現世を掴もうと這い出してきた。

「さあ、始めよう。土御門も、妖怪も、都も……すべてをこの深淵で一つに溶かし、真の平穏を。……これこそが、私が千年前から夢見た、終わりの景色だ!」

 道定の叫びと共に、四条河原町一帯が重力さえも狂った闇の渦に包まれる。

「……一反木綿! 小鞠!」

 蓮真の声に、二体の妖怪が即座に反応した。

「……分かってるぜ、坊っちゃん! あの野郎のデカい手を、俺の体で縛り上げてやる!」

「わたくしも、あの不愉快な影の根源……食い破って差し上げますわ!」

 一反木綿は自らの体を数千本の糸にまで解き、異界から這い出る巨腕に絡みつく。小鞠は影の中を泳ぐようにして道定の足元へと肉薄し、その存在の核を狙って鋭い爪を突き立てた。

 だが、道定の力は既に次元を超えていた。

「無駄だ。すべては闇に還るのだから――」

 闇の波が一行を飲み込もうとしたその時。

 朔夜が、折れかけた刀を再び正眼に構えた。その左手に握られているのは、土御門の本家から持ち出した禁忌の霊符。

「……蓮真。お前の『白銀』を、もう一度だけ俺に貸せ。……今度は混じり合わせるんじゃない。お前の光を『弾丸』にして、俺の命ごとあの深淵に撃ち込む」

「兄さん……そんなの、ダメだよ! 兄さんが死んじゃう!」

「……バカを言うな。土御門の長兄が、弟一人守れずに死ねるか」

 朔夜が初めて、蓮真に向かって柔らかな、だが覚悟に満ちた笑みを見せた。

 四条河原町の最深部。闇の深淵と、命を燃やす光。

 京都の、そして世界の運命を賭した、本当の「最後の一撃」が放たれようとしていた。


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