鴨川の血河、四条河原町の迷宮
逢坂山の封鎖線を強行突破し、蹴上の坂を一気に駆け下りた一行の目に飛び込んできたのは、地獄と極楽が混ざり合ったような異形な光景だった。
三条大橋を渡り、河原町通へと入る。
眼下を流れる鴨川は、いまや死者の流す血を溶かし込んだような赤黒い「血の河」へと変貌していた。河原には、ビルを覆い尽くすほどの巨大な蓮の花が咲き乱れ、甘ったるい死臭を放っている。
「……何、これ。みんな、笑ってる……?」
白妙の背で、蓮真は戦慄した。
本来なら観光客や若者で埋め尽くされるはずの通りで、人々は黄金の「毒」を浴びながら、うつろな笑みを浮かべて泥のように崩れゆく肉体で踊っていた。
「これが奴の言う『救済』だ。現世の苦しみを、狂った悦楽で塗り潰しているに過ぎない。……ふざけやがって」
朔夜がバイクの速度を落とさず、行く手を塞ぐ巨大な蓮の茎を刀で一閃した。
切り口からは汚濁した霊力が溢れ出し、周囲の空間がぐにゃりと歪む。
「……お兄様、止まりなさい! この先、四条は完全に『あちら側』に飲み込まれているわ!」
白妙が鋭く吼えた。
京都の心臓部、四条河原町の交差点。
そこはかつての繁華街の面影を留めていなかった。四方のビルは肉腫のように脈動し、交差点の中央には巨大な怨念の柱が天を突いている。かつての権力の象徴や、歴史の闇に沈んだ怨霊たちが、黒い霧の武者となって整然と陣を敷いていた。
「……土御門の長老たちが言っていたことは、ある意味で正しかったようだな」
朔夜が四条河原町の中心でバイクを止め、地を蹴って降り立った。
黒い霧の中から現れたのは、土御門一族が過去に封印し、あるいは使役してきた「歴史の影」――強大な怨霊たちの成れの果てだ。
「芦屋は、土御門が積み上げてきた歴史そのものを、自分を守る盾に変えたらしい。……皮肉なものだ。俺たちが守ってきたものが、俺たちの道を塞ぐとは」
「……兄さん、あそこ! 阪急ビルの真上に誰かいる!」
蓮真が指差した先。四条の空、天高く伸びる霊力の柱の根元に、ゆったりとした狩衣を纏い、不敵な笑みを浮かべる男の影があった。
――芦屋道定。
「……ようこそ、哀れなる安倍の末裔たちよ。我が『浄土』の住み心地はどうかな?」
その声は、洛中全域に響き渡るような、重く湿った霊力を帯びていた。
「芦屋……! 今すぐこれを止めろ! 人の命を何だと思っているんだ!」
「命? そんな不確かなものより、永遠の悦楽の方が価値があるとは思わないか? 蓮真、お前も『こちら』に来ればいい。その白銀の力があれば、お前は私の浄土で神に等しき存在になれる」
「……寝言は、地獄で寝てから言え」
朔夜が愛刀を構え、黄金の雷を爆発させた。
満身創痍のリッターネイキッドが、最後の一鳴きを上げるように爆音を響かせ、白煙を吹いて完全に停止する。
「蓮真、一反木綿、小鞠……そして白妙。……ここからは、俺が『表』として道を拓く。……お前たちは、隙を見てあの外道の首を撥ねろ」
「……チッ、命令されるのは癪だが、あの男の顔を拝むのはもっと癪だぜ」
「坊っちゃんの道のためなら、協力して差し上げますわ」
妖怪たちは依然として朔夜に背を向けたまま、それぞれの武器と爪を研ぎ澄ませた。
京都の最深部、四条河原町。
土御門の「逆賊」と、白銀の力を宿した少年、そして彼らを巡る妖怪たちの、最終決戦の幕が上がる。




