異界、洛外の大石垣
山科を抜け、東山を貫くトンネルを脱出した瞬間、一行を待ち受けていたのは、変わり果てた京の街並みだった。
かつての秀吉が築いた「御土居」を彷彿とさせるような、見上げるほど巨大な、そして不気味に脈動する「肉の石垣」が、洛中を円環状に隔離している。それは怨霊が凝縮された赤黒い「生きた壁」であり、結界の拍動に合わせて不浄な粘液を滴らせていた。
その壁の直前、数台の黒塗りの車両が道を塞ぎ、白装束を纏った土御門の本家執行部――長老代行たちが、険しい眼差しで一行を捉えた。
「……土御門朔夜。もはや一刻の猶予もない。貴殿が姿を消し、独断で禁忌に触れてからこの京都はどうなった。……この凄惨な異界、そして今も貴殿が纏っている禍々しい雷光。これが証拠でなくて何だ!」
先頭に立つ老術者が杖を突き、声を震わせて宣言する。
「緊急捕縛命令を言い渡す。抵抗すれば、この場で魂ごと消滅させよと長老会は決定した。……土御門の歴史を汚した大罪、死して償え!」
周囲の術者たちが一斉に印を結び、強力な捕縛呪鎖が火花を散らす。そのあまりの盲目さに、朔夜はヘルメットを脱ぎ捨て、天を仰いで乾いた笑い声を上げた。
「……ハハハ! 状況が見えないのか、この馬鹿どもが!」
朔夜の瞳に、鋭い黄金の閃光が走る。
「目の前の壁を見ろ! この結界の質、漂う死臭、そして上空に刻まれた逆五芒星……。これほどの規模の術を、俺一人が編めると本気で思っているのか? 保身と伝統に凝り固まって、真の敵の姿も見失ったか、土御門の老害共!」
「黙れ、反逆者! 貴殿が現場に現れるたびに災厄は広まった。真実は、この惨状がすべてだ!」
話の通じない古参たちの言葉に、白妙の背から飛び降りた蓮真が、震える拳を握りしめて前に踏み出した。左目の黄金の瞳を爛々と輝かせ、術者たちの放つ重圧を真っ向から跳ね返す。
「……恥ずかしくないの!? 真犯人が別にいるのもわからないの!」
蓮真の叫びが、肉の壁に反響する。
「この結界を編んだのは、芦屋の末裔……。千年前からずっと、土御門が、安倍家が目を背けてきた呪いそのものなんだ! 兄さんはそれを止めるために、ずっと独りで戦ってきたのに……! その兄さんを捕まえて、一体誰がこの都を守れるっていうんだ!」
「芦屋だと? おとぎ話を……。貴殿も妖怪の血に狂ったか、蓮真!」
絶叫に近い蓮真の訴えすら、彼らは「汚染された少年の妄言」として切り捨てる。その頑なな様子に、白妙は蓮真の肩にそっと顎を寄せ、冷ややかな声で囁いた。
「……蓮真、無駄よ。この者たちは、自分たちの信じたい現実という檻に閉じこもっているわ。言葉をかける価値さえない」
白妙が九つの尾を扇状に広げた。白銀の霊気が周囲を凍てつかせ、迫りくる捕縛の呪鎖を弾き飛ばす。
「蓮真、奴らの相手は時間の無駄だ。……俺が無理やり道をこじ開ける。お前は、隙を見て白妙と跳べ!」
朔夜がボロボロのリッターネイキッドに跨り、スロットルを回した。それを合図に、蓮真の意思を受けた妖怪たちが動く。
「……チッ、堅物どもの鼻柱を折る序でだ。坊っちゃんの邪魔をする奴は、まとめてなぎ倒してやるぜ!」
「土御門の老害共……。その腐った目、猫が抉り取って差し上げますわ」
一反木綿は小鞠を乗せたまま、朔夜の指示を仰ぐこともなく、独断で術者たちの陣形へ突っ込んだ。一反木綿が鋼鉄の刃となって呪符を切り裂き、小鞠が影から影へ跳躍して術者の視神経を撹乱する。
「……どけ! 土御門の矜持を、本当の正義を……今から俺が教えてやる!」
朔夜が放つ黄金の雷光が、妖怪たちが作ったわずかな「淀み」を貫き、正面の「肉の石垣」へと一直線に突き進む。白妙もまた、蓮真をその背に護りながら、白銀の焔を纏ってその後に続いた。
古き因習に縛られた術者たちの包囲網を、力ずくで引き裂き、一行はついに洛中の中心部へと足を踏み入れようとしていた。




