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拒絶と受容、白銀の洗礼

 道場の床板が、蓮真から溢れ出す霊気によってミシミシと悲鳴を上げていた。

 全身の血管が浮き上がり、肌の表面を黄金の火花が走る。白妙の血は、蓮真が土御門の修行で積み上げてきた理知的な術式の回路を、暴力的に焼き切ろうとしていた。

「……ぐ、あああぁっ! 体が、燃える……ッ!」

 蓮真はのたうち回り、己の胸元を掻きむしった。

 視界が黄金色に染まり、耳の奥では数千匹の狐が鳴き騒ぐような幻聴が響く。大妖怪の血は、ただのエネルギーではない。それは千年の月日が生んだ「野生」と「情念」の塊だ。未熟な人間の器がそれを受け入れれば、中身は一瞬で焼き尽くされ、抜け殻となった肉体は新たな化け物へと変貌する。

「蓮真さま! しっかりしてください!」

 駆け寄ろうとする小鞠を、白妙が冷たく制した。

「来ちゃダメよ、小娘。今彼に触れれば、貴女の霊体ごと消し飛ばされるわ。……いい、坊や。抗おうとするから苦しいのよ。その血を『異物』だと思うのをやめなさい。それはもう、貴方の命の一部なの。貴方の『心』という核を、その奔流の真ん中にしっかりと打ち立てるのよ!」

 白妙の声が、混濁する蓮真の意識に辛うじて届く。

 蓮真は荒い息を吐きながら、無理やり結跏趺坐けっかふざの姿勢を取った。

(……拒絶しちゃダメだ。兄さんを助けるために、僕が選んだ道なんだ……!)

 蓮真は精神の深淵へと潜っていった。

 荒れ狂う黄金の海。その中心に、自分がこれまで学んできた「五行の理」を一本の杭として打ち込む。

 火は土を生じ、土は金を生じ――。

 バラバラに暴走していた白妙の霊力を、安倍の術式という「枠組み」の中に無理やり流し込んでいく。それは、奔流する大河を細い水路へ、力ずくで誘導するような無謀な作業だった。


 どれほどの時間が経っただろうか。

 蓮真の背後から立ち昇っていた九本の尾を模した燐光が、静かに、一点へと収束し始めた。

 黄金の光は、蓮真の純粋な霊力と混ざり合い、透き通るような「白銀しろがね」の輝きへと変質していく。

「……はぁ、はぁ、はぁ……」

 蓮真が目を開いた。

 その瞳は、右目が黒、左目が鮮やかな黄金色という「オッドアイ」へと変わっていた。

 震える手で印を結ぶと、指先から放たれたのは、これまでの弱々しい呪符の光ではない。空間そのものを震わせる、重厚な白銀の衝撃波だった。

「……成し遂げたわね。人間でありながら、私の力を『飼い慣らした』。……これなら、どんな毒も、お兄様の雷も、貴方を貫くことはできないわ」

 白妙は満足げに、汗だくの蓮真の頭を抱き寄せた。

 だが、その腕の中で蓮真は、ある異変に気づいていた。

「……一反木綿。……小鞠」

 名を呼ばれた二人は、息を呑んだ。

 蓮真から放たれる気配が、あまりに鋭く、そしてどこか浮世離れしたものに変わっていたからだ。

 

「……見えるんだ。この屋敷を流れる霊脈の動きも、遠く東の空……近江の方角で渦巻いている、あの禍々しい墨色の渦も」

 蓮真は立ち上がり、道場の隅に置かれた一本の太刀を手に取った。

 それは、安倍の家系で「呪われし名刀」として封印されていた、銘を持たぬ古刀。白妙の力を得た今の蓮真には、その刀が自分を呼んでいるのが分かった。

「行こう。……夜が明ける前に。兄さんが、最後の『一振り』を繖山で下してしまう前に」

 小鞠は、主の変貌に戸惑いながらも、その強い眼差しを見て深く跪いた。

「……御意。小鞠、どこまでもお供いたします」

「へっ、面白くなってきやがった。俺も、新しく張り替えたこの布地、存分に風に乗せてやるぜ!」

 一反木綿が景気良く宙を舞う。

 一行の視線の先には、闇に沈む都の向こう、最後の舞台である近江・繖山が、巨獣のように待ち構えていた。


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