土御門、残響の依代
翌朝。京都、土御門の本家。
「――兄さんが、生駒山中で消えた?」
廊下に正座し、一族の長老からの報告を受けた土御門蓮真は、顔を蒼白にさせた。
「関空から生駒を超えて奈良へ抜けるルートか。京都へ戻る気など最初からなかったのかもしれん。敵を引き連れて逃げ回るとは、土御門の面汚しめ」
長老たちの冷酷な言葉を、蓮真は耳の奥で拒絶した。
(嘘だ。兄さんが生駒に向かったのは、敵を市街地から遠ざけるためだ。……自分一人で、全部終わらせようとしてるんだ)
蓮真は静かに立ち上がり、自分の部屋へ戻ると、机の奥に大切にしまっていた「使い古されたエンジンのキーホルダー」を取り出した。
それは、数年前に朔夜が日本を去る間際、無造作に放り出していったものだ。今はなき前のバイクのパーツで作られた、ただのガラクタ。しかし、そこには確かに朔夜の指先が触れた記憶と、かすかなガソリンの匂いが染み付いている。
蓮真はそれをバイクに乗るためではなく、兄の「残響」を拾うための依代として、制服のポケットに深くねじ込んだ。
「兄さん……今、行くから」
窓を開けると、庭の影が揺れた。
蓮真がまだ幼い頃から、その危ういほどの美しさと優しさに惹きつけられ、屋敷の周りに居着いている無害な妖怪たちが、一斉に顔を出す。
「蓮真さま、お出かけですかぁ?」
「生駒は恐ろしいところですよ。あの、鉄の獣に乗ったお兄様が荒らした直後ですから……」
影の中から、艶やかな声を出しながら猫娘――小鞠が這い出てきた。彼女は蓮真の足元にすり寄り、上目遣いで彼を見上げる。
「お願いだ、みんな。僕はまだバイクには乗れないし、あんなに速く走ることもできない。でも、どうしても兄さんのところへ行かなきゃいけないんだ。力を貸して」
蓮真が真剣な眼差しで訴えると、妖怪たちは顔を見合わせた。
朔夜のことは恐ろしい。あの一匹狼の陰陽師は、自分たちのような端くれを「邪魔だ」と一蹴する苛烈さを持っている。だが、目の前の少年――蓮真の願いは、彼女たちにとって何よりも抗いがたい蜜だった。
「仕方ありませんわね……。あんな怖いお兄様なんかどうでもいいけど、大好きな蓮真さまのためならこの小鞠、どこまでもお運びしますわ」
「俺たちも行くぜ! 蓮真さまを歩かせるわけにはいかないからな!」
次の瞬間、蓮真の体はふわりと宙に浮いた。
一反木綿のような布状の妖怪が彼の足元を支え、複数の猫娘たちが彼の腕をとり、まるでお神輿のように、しかし羽毛のような軽やかさで彼を担ぎ上げる。
「わっ……。ありがとう。生駒の方へ!」
中学生の少年は、夜の闇を愛する妖怪たちに守られ、物理的な速度を超えた「百鬼の足」で、兄が消えた峠へと漕ぎ出した。




