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生駒山、消失の轍

 深夜の関西国際空港。到着ゲートから出てきた男、土御門朔夜は、周囲の視線を避けるように深くヘルメットのシールドを下ろしたまま、大型バイクが並ぶ駐輪場へと向かった。

 三年前、逃げるように日本を捨てた時と同じ、重苦しい空気が彼を包んでいる。

 彼が跨ったのは、リッタークラスのスポーツネイキッド。漆黒のボディに、その出力に耐えうる極太のリアタイヤ。マフラーからは野獣の唸りのような重低音が響く。


「……帰ってきたのか。この忌々しい国に」

 フルフェイスの中で、朔夜は短く吐き捨てた。本来なら、阪神高速から京滋バイパスを経由し、京都の実家へ直行すべきだった。しかし、彼は気づいていた。背後にこびりつく、監視するような視線と、粘りつくような「殺意」に。

(……いきなりとんでもない事に巻き込まれたか。いきなり何にせよ、京都に持ち込むわけにはいかないな)

 朔夜はアクセルを大きく開け、進路を東へと取った。阪神高速東大阪線を抜け、奈良との県境にそびえる生駒山へと向かう。古くから霊山として知られ、数多の寺社と深い森が混在するその峠道なら、人目を避けつつ「掃除」をするにはうってつけだった。


 深夜二時。

 阪奈道路から折れ、急勾配の続く旧道へと入り込んだあたりで、その異変は起きた。

 前方に人が倒れており、あっと思ったときに、走行中の朔夜の視界が不自然に歪んだ。

 アスファルトが波打ち、闇の中から巨大な「鉤爪」を持った人外の腕が、路面を突き破って飛び出してくる。

「っ、待ち伏せか……!」

 朔夜は時速100kmを優に超える速度のままバイクをフルバンクさせた。アスファルトとステップが擦れ、激しい火花が散る。その火花を触媒に、彼は空いた左手で印を結ぶ。

「急急如律令、破ッ!」

 凄まじい雷光が暗闇を走る。だが、敵の数は異常だった。

 闇の奥から、数多の目が赤い光を放ち、朔夜を包囲する。その中の一撃が、マシンのフロントカウルを派手に引き裂いた。制御を失いかけたバイクを、朔夜は腕力だけでねじ伏せる。しかし、次の瞬間、死角から伸びた爪が彼の肩を深く抉った。

「ぐっ……!」

 激痛と共に、路面に撒き散らされたのは、バイクのオイルと、彼の鮮血。

 朔夜は咄嗟に、バイクのタンクから一枚の呪符を剥ぎ取った。

「消えろ……!」

 符を指先で燃やすと同時に、激しい爆鳴気が峠に響き渡った。

 カメラのレンズを焼くような強烈な閃光。


 そして、その光が収まったとき、そこには誰もいなかった。

 ガードレールはひしゃげ、路面には激しい転倒の跡と、点々と続くオイルの滴り。

 しかし、朔夜の姿も、そしてあれほど巨大な「鉄の塊」であるバイクも、跡形もなく消えていた。


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