追撃の獣、再会の涙
「蓮真さま……! 蓮真さまぁっ!!」
上空から降り注いだのは、焦燥に焼き付かれた叫び声だった。
ボロボロに引き裂かれた一反木綿の端に必死でしがみつき、宙を舞いながら現れたのは、小鞠だった。彼女は地面が近づくのも待たず、弾かれるように境内へと飛び降りた。
着地と同時に、小鞠の目に飛び込んできたのは、無残に横たわる多田の術者たちの亡骸と、冷たい石畳の上で呆然と立ち尽くす蓮真の背中だった。
「蓮真さま……良かった、ご無事で……っ!」
小鞠は転がるようにして蓮真に駆け寄り、その細い肩を抱きしめた。彼女の指先は、能勢の呪霧を無理やり爪で切り裂き続けたせいで、血と泥にまみれている。
普段の軽口などどこへやら、彼女の喉からは、安堵と恐怖が混じり合った嗚咽が漏れ出した。
「……小鞠。一反木綿も……」
蓮真が力なく呟き、振り返る。
その胸元には、先ほどまで抱き起こしていた朔夜の「冷たさ」が残っていた。再会を喜ぶ余裕さえ奪うほどに、この場に満ちている絶望は深く、重い。
「遅いですよ、猫の娘。……あの子なら、もうここにはいないわ」
背後から響いた、白妙の冷徹な声。
小鞠は弾かれたように顔を上げ、蓮真を庇うようにして鋭い爪を剥き出しにした。
「……何者です、貴女。……狐の、大妖怪?」
小鞠の黄金の瞳が、格上の存在である白妙を睨み据える。白妙は、自分に向けられた殺気を柳に風と受け流しながら、ふんわりと一本の尾を揺らした。
「私は白妙。この子の新しい『脚』よ。……それより、そこの木綿の付喪神を労わってあげたら? もう限界のようよ」
一反木綿は地面に伏したまま、満足に動くこともできずに「坊っちゃん……無事で、良かったぜ……」と、掠れた声を絞り出すのが精一杯だった。
「……小鞠、兄さんが。……兄さんが、自分のせいで術式が完成したって自分を責めて……。また、独りでどこかへ行っちゃったんだ」
蓮真の声が震える。
小鞠は、蓮真の瞳に宿る深い哀しみを見て、悔しげに唇を噛み締めた。自分が霧に巻かれ、あの一瞬、蓮真の手を離してしまったせいで。もっと早く、この場所に辿り着けていれば。
「……自分を責めないでください、蓮真さま。小鞠がついていながら、不甲斐ない……」
小鞠は血の滲む手で蓮真の手を強く握り返した。
「でも、まだ終わっていません。たとえどこへ逃げようと、あの人の『雷』の匂いは私の鼻から消えていませんわ」
彼女の瞳に、再び強い意志が宿る。
「五点目、近江八幡。そこが最後なのでしょう? だったら、今度こそ逃がしません。あの方を……朔夜さまを、独りになんてさせない。それが、蓮真さまの願いですものね」
彼女の決意に満ちた言葉に、一反木綿も震える体で「そうだぜ……俺も、まだ飛べる……。あの大排気量の馬鹿兄貴を、ぶち抜いてやろうじゃねぇか……」と、気勢を上げた。
多田の術者たちの無念が渦巻く境内で、一行は再び一つになった。
しかし、空に立ち昇る四本目の黒い光柱は、完成がもはや一刻の猶予もないことを、残酷に示していた。




