五芒星の輪郭、帰還と符合
柳生で兄の痕跡を見失ってから、二日が経過していた。
夜明けの光が、白々と近畿の山々を照らし始めていた。
「……見失った。どこにも、いない」
柳生から北西の方角へ。蓮真たちは必死に「鉄の焼ける匂い」を追い続けたが、数日に及ぶ不眠不休の追跡は、妖怪たちの体力をも確実に削り取っていた。不規則に走る幹線道路と、明け方の街に溢れ出した喧騒。それが、ボロボロになった朔夜の微かな痕跡を無慈悲に掻き消してしまった。
「申し訳ありません、蓮真さま……。私の鼻も、排気ガスの匂いに邪魔されて……」
小鞠が悔しげに耳を伏せ、蓮真の肩に頭を預ける。蓮真は力なく首を振り、疲れ果てた妖怪たちを労うようにその手を握った。
「いいんだ。みんな、ありがとう。……一度、帰ろう。手がかりを整理しないと」
逃げるようにして辿り着いたのは、代々陰陽師の血筋を継ぐ自邸だった。
だが、そこは安らぎの場ではなかった。門を潜った瞬間、蓮真を待ち受けていたのは、かつてないほどに殺気立った門弟たちの怒号と、異様な緊張感だった。
「蓮真様! 戻られましたか! ……これを見てください。各地の協力者から、緊急の暗号通信が届き続けています」
門弟が差し出したタブレットには、これまでの数日間にネットワークを駆け巡った、生々しい被害報告がまとめられていた。
「……五日前、生駒の結界管理者が惨殺。四日前、京北の古老が遺体で発見。三日前、柳生の道場主が死亡……。そして、先ほど入った報せでは、摂津の多田でも異変が起きているようです」
蓮真の指が画面の上で止まる。
報告書に記された「事件発生時刻」と「場所」。それは、蓮真がこの数日間、死に物狂いで追いかけてきた「朔夜の足跡」と、恐ろしいほどの精度で一致していた。
「……そんな、まさか。兄さんが、こんなことを?」
「現場の証言では、漆黒のバイクに乗った男が目撃されています。当局の特別調査班は、すでに朔夜様を『術者狩り』の主犯として追っています。……もう、弁護の余地はありません」
違う。兄さんがそんなことをするはずがない。
蓮真は、懐に隠し持っていたカウル、レンズ、そしてミラーの破片を机に並べた。
――兄さんは、戦っていたんだ。あの場所にいた「魔」と。
蓮真は震える指を地図の上に這わせた。
生駒。京北。柳生。
すでに打たれた三つの点。その配置をじっと見つめていた蓮真の脳裏に、かつて禁書で見た「都封印」の図式が、鮮烈な火花となって閃いた。
「……多田だ」
蓮真が呟いた。
「四点目は、いま異変が起きている摂津の多田。そして、もしこの後に五つ目の点があるなら……琵琶湖のほとり、近江八幡へ続くはずだ」
地図の上に、見えない線を仮想する。
生駒、京北、柳生、多田、そして近江八幡。
その五つの点を繋ぎ合わせれば、近畿全土を鋭く引き裂く、巨大な「五芒星」の輪郭が浮かび上がる。
そして、その五本の線が交差する中心――心臓部に位置するのは、千年の都、京都だった。
「……兄さんの足跡が、五芒星を描いている? どうして……。兄さんはこれを止めようとして、現場に行っているはずなのに」
蓮真の背中に、冷たい汗が流れた。
なぜ、破壊したはずの場所が、結果として「点」として機能してしまっているのか。なぜ、兄が走れば走るほど、不吉な図形の輪郭がはっきりとしていくのか。その「理由」までは分からない。けれど、このまま兄を走らせ続ければ、取り返しのつかない何かが完成してしまうことだけは確信できた。
「小鞠、一反木綿……力を貸して。すぐに出発だ」
蓮真の瞳に、悲しみを超えた焦燥が宿る。
「多田へ行く。これ以上、兄さんにこの図面をなぞらせちゃいけない。……何が起きているのか、この目で確かめるんだ」
数日の追跡を経て、ようやく見えた絶望の輪郭。
少年は再び、血塗られた星の影を追い、北西の空へと飛び出した。




