残光の弾丸、孤独な掃除人
視界が、火花を散らすような加速に染まる。
左のミラーは、柳生の森で叩き落とされた。欠け落ちたカウルが風を孕んで不規則な風切り音を立て、割れたレンズから漏れる灯火が、断続的にアスファルトを青白く照らしている。
右手の指先は、絶え間ない九字の結印と操作の連続で、もはや感覚がない。
――回せ。死ぬ気で回せ。
鉄の獣が悲鳴を上げる。
心臓部からは、オイルの焼ける異臭が立ち上っていた。一族の忌まわしい血が、肩の傷口から伝ってガソリンタンクを濡らす。
生駒山で、あの凄惨な儀式を「見て」しまった時から、すべては狂い始めた。
各地の霊脈を預かる術師たちが次々と狩られ、その骸を礎に巨大な術式が編まれていく。
生駒、京北、そして柳生。
地図上でその三点を繋ぎ合わせた時、朔夜の脳裏には、この近畿全土を呪縛しようとする巨大な「五芒星」の輪郭が、鮮明に浮かび上がっていた。
「……ふざけやがって。この広さを、一息に飲み込むつもりか」
だが、アクセルを開ける指先が、微かに震えていた。
朔夜は気づいている。
俺が先回りして「杭」を叩き潰し、霊脈を焼き切るたびに、その凄絶な霊的火花が、むしろ五芒星の一辺をより強固に、より鮮明に繋ぎ合わせている。
敵にとっても、朔夜は計算外のイレギュラーだ。しかし、奴らはそのイレギュラーさえも利用し、朔夜が魔を屠り、その濃い血を大地に滴らせるたびに、本来なら数年かかるはずの「星」の定着を、数時間のうちに強制的に完遂させている。
「俺を筆にするつもりなら……その筆ごと、図面を焼き切ってやるよ」
背後には、闇から染み出したような異形の「魔」の群れが、影となって食らいついている。奴らは、予測を超えて暴れ回る朔夜を「処理」するために放たれた死の尖兵。
魔を屠れば血が流れ、術式が強まる。だが、止まれば術式は奴らの思うままに完成する。
進んでも地獄、止まっても地獄。
自嘲の笑みが漏れる。この顔に刻まれた「印」が、今の自分の在り方を証明している。
誰にも望まれず、誰からも理解されず、ただ孤独に夜を切り裂き、呪いを完成させるための掃除人として使い潰される。
――それでいい。
救いなど、最初から求めていない。
ただ、あの少年にだけは、この絶望を見せてはならない。
蓮真……。あいつは今頃、何も知らずに眠っているだろう。それでいい。俺がこうして泥をすすり、血を流して走り回ることで、あいつの頭上の空が少しでも長く、平穏なままでいられるなら、それで。
ハンドルを握り直し、アクセルをさらに一捻りする。
柳生の険しい山道を、重力を無視したバンク角で滑り抜ける。
五芒星の四点目――北西。
摂津の多田。
あそこには、古の鬼を斬った「太刀」を護る術師がいるはずだ。
自分が切り裂いた闇の向こう側から、蓮真が妖怪たちを従え、必死に自分を追っていることなど、この時の男はまだ、知る由もなかった。
「……止まってたまるか」
風に掻き消される呟き。
男は、血とオイルに塗れた鉄の獣を咆哮させ、自らが最悪の筆となることを受け入れながら、再び濃密な闇の先へと、その身を投じた。




