第31話 告解②
パーティーの一件で、アガサはジェフリーに失望してくれただろうか。自分を守るだけの甲斐性を持ち合わせてない男だと理解してくれただろうか。表面だけ大人ぶっても中身は子供だった僕は、一時期そんなことばかり考えていた。
しかし、ある時何の前触れもなく衝撃的な事件が起きた。
その日は、ジェフリーに用があって彼の家に行った。高級アパートメントの最上階にある部屋は、以前にも訪れたことがある。セキュリティーは厳しいが、ジェフリーは、家族や親戚などの身近な人物には気安く行き来できるように設定を緩くしていた。
確かに約束をしたはずなのだが、スケジュール管理もまともにできない男なので、すっぽかされることも度々だ。御多分に洩れずこの日も彼は不在だったのだが、それよりさらに驚きの事態に遭遇した。
「アンディ!? 一体どうしたの?」
出てきたのは、ジェフリーのシャツを着たアガサだった。そんなの、こっちが聞きたいよ! なぜアガサがジェフリーの不在中にいるの? しかも――彼のシャツを着た状態で。耳年増な僕は、これがどんな状態であるかをすぐに察した。
頭が真っ白になってどんな言い訳を並べ立てたかも覚えていないが、とにかくその場からすぐに去った。
建物から出たところの植え込みで立ち止まり呼吸を整える。あれは、あれは――。二人はもうそんな仲になっていたのか。
最初の衝撃が収まると、今度は嫉妬のマグマがどくどくと湧いてきた。あんな奴のどこがいいんだ? 魔法の才能を取ったらただの社会不適合者なのに。どうして僕じゃダメなんだ? 奴と違ってよく気が利くし、もっと優しくしてあげられる。四歳差なんて大人になったらただの誤差じゃないか。この時ほど自分がジェフリーより後に生まれたことを呪ったことはなかった。
嫉妬で狂いそうになったことがもう一度あった。あれは豊穣祭の翌日、何気なく新聞を見てたら、豊穣の女神と牧神に扮した二人が屋台通りに現れたという記事を見つけた。写真には顔は映ってなかったが、二人を知る僕にはすぐに見当がついた。ジェフリーとアガサだ。二人はこんなことを――。他に気づいた人はおらず、言いふらしてやろうかと思ったが、ジェフリーはともかく、アガサが悪し様に言われるのを想像して躊躇した。
結局、十四の僕は無力だった。ジェフリーもまだ十八だが、飛び級で大学を卒業して魔法省の所長職に就いている。やっぱり、社会人は社会的信用が違う。そんなことをうじうじと考える日々。だが、転機が訪れた。それも意外な形で。
ジェフリーが統括する部署で魔法の暴発による大事故が起きた。ジェフリーは、事故当時その場にいなかったが、責任者として対応に追われることに。そして彼は、批判の矢面に立たされた。
ジェフリーは家に帰らず、不眠不休で事故の収拾に努めた。その結果、却って職場での評価は高まったらしいが、彼は一番大事なものを忘れていた――アガサの存在だ。
ジェフリーは、一つのことにのめり込むと、周りが見えなくなる癖がある。この時もしばらく家を留守にし、そこにアガサを住ませたままだったのに、連絡を取ることすらなかった。色恋にうつつを抜かす暇はないと後ろめたさもあったのかもしれない。でも、放っとかれたアガサはたまったもんじゃない。その上、アガサはジェフリーの部屋を訪ねたエルザと一悶着あった。僕はエルザに会った時に教えてもらった。
「信じらんない! あの泥棒猫、ジェフリーの部屋に居座ってるのよ! だから言ってやったの、弟は婚約するから出て行けって」
確かに、ジェフリーの婚約話は存在した。しかし、事故対応でそれどころではなく、立ち消えになる寸前だった。おそらくエルザは大袈裟に言ったのだろう。僕は不安になり、アガサの家の住所を調べて様子を見に行った。
可哀想にアガサは、心身共にすっかり憔悴していた。部屋は真っ暗で散らかり放題、食べ物も喉を通らず痩せ細り、自分では何もできない状態だった。
僕は、慌てて食料や飲み物を買い込み持っていった。アガサは何度もお礼を言ってくれたが、彼女の話を聞くうちに、僕はジェフリーに対する怒りがふつふつと沸いてきた。
「家柄のいい貴族のお嬢様と、どこの馬の骨とも分からない田舎者の私じゃ、最初から勝ち目がない。どうしたらいいの……」
さめざめと泣くアガサは、すがるような目で僕を見つめた。アガサをこんな目に遭わせたのはジェフリーだ。ジェフリーにはアガサを幸せにはできない。好きになる価値すらない。アガサもジェフリーのような不誠実な人間と別れた方が幸せだ。アガサのためなら何だってしてやれる。僕はそんな義憤に駆られた。
僕は、アガサと別れたその足で、ジェフリーの実家に赴いた。そこで、彼の両親に直接伝えることはせず、先にエルザを説得することにした。
「アガサがジェフリーに会わせてくれと迫っている。こうなったら二人の関係を公にするって」
「あの泥棒猫ったら何言ってるの!? そんなことしたら、せっかくのお見合いが破談になるじゃない!」
「そうなっても仕方ないよ。一番大事なのは二人の気持ちなんじゃないの?」
僕は敢えてどちらの味方にもならず、中立の立場を装った。こうした方が、エルザを焚き付けられると判断したからだ。案の定、先日の件が念頭にあったであろうエルザは、思い通りの動きをしてくれた。
「取り返しがつかなくなる前に、パパとママを説得しなきゃ! 本人が不在でも見合い話を進めるわよ!」
バカめ。本当に単純な女だ。僕は、内心ほくそ笑みながら、エルザが両親を説得する場に同席した。目論見通り、数日後に婚約発表の記事が出ることになった。ジェフリーがどんな反応をしたかは知らない。正直、彼はどうでもいい。問題はアガサだ。アガサが知ったら、半狂乱に陥るのは十分予想できた。
その先のことも考えていた。僕は新聞記事が出てから、ジェフリーのアパートの前で毎日張っていた。きっとアガサはここにやって来るだろう。予想通り、傍目にも分かるほど取り乱したアガサが、建物の中に入っていった。アガサはジェフリーの職場に近づけないから、彼に会うとしたら家に行くしかない。その読みが当たっていた。
僕は一計を講じた。毒ガスを発生する魔法薬の副産物を利用して、アガサを一旦窮地に陥らせる。そこへ僕が助けに行って恩を売る。これをジェフリーの部屋で起こせば、彼のせいにできるかもしれない。「ジェフリーがアガサを煙たく思って仕掛けたんだ」とか何とか。今思うと穴だらけの子供じみた計画だが、当時の僕は成功すると信じて疑わなかった。
本来は取扱注意の物質のため、外に出回ることはほぼない。だから自分で作ることにした。材料を集めから難しいのだが、土魔法のエキスパートで魔法薬にも詳しいエルザの研究室からこっそり盗んだ。僕は親戚という特権を生かして、エルザやジェフリーの仕事場にも気軽に出入りできたのだ。欲しいのは失敗した生成物だから、材料さえ手に入ればあとは簡単だ。前もって準備をしておいた。
体調不良と言っても、そこまで重篤じゃない、せいぜい少し気分が悪くなる程度だ。だから、アガサがあそこまで過剰反応するとは思わなかった。恐怖で顔をこわばらせ、冷や汗をダラダラと流して倒れる彼女を見て、ドアの隙間から覗いていた僕は、最初何が起きたのか分からなかった。
本来ここまで悪酔いするもんじゃない。意図したものと違う物質を作ってしまったのだろうか? 想定外の事態に頭がパニックになる。しかも、相手はアガサだ。彼女を必要以上に傷つけるつもりはなかった。でも、このままでは死なせてしまうんじゃないか――僕は、恐ろしい予感に全身が凍りつき、その場から一歩も動けなくなった。
結局何もできないまま震えているうちに、彼女は自力で起き上がり脱兎の如く飛び出した。あまりの勢いに僕は圧倒され、声をかけそびれてしまった。それで終わりだ。僕は呆然としたまま、のろのろした足取りでジェフリーの部屋に入り、風魔法を使って部屋を完全に換気した。部屋のものに臭いが移ったら、帰ってきたジェフリーに疑われてしまう。ショックで頭はうまく働かなかったが、証拠隠滅は完璧に済ませた。
それから間もなく、アガサは姿を消した。部屋はもぬけの殻、大学にも姿を現さず、マリゼの至る場所を探しても見つからずそれきりとなった。ジェフリーが家に戻ったのはさらにその後。彼はすっかり取り乱しながらアガサの行方を追ったが発見できなかったようだ。僕は、自分のせいでこうなったことに罪悪感を覚えつつ、ジェフリーが悲嘆に暮れる様を見るのは嫌な気分ではなかった。彼ばかり人生の幸福を総取りするのは不公平というものだろう。
それから十年。ジェフリーは仕事に逃げ、僕は空白を埋める術もなく、お互い別々の形で穴を抱えたまま年月を過ごした。再び時が動き出すのは、タマラの存在が明らかになってからである。
四大魔法の使い手がこんなに早く現れるとは思わなかった。僕は最初大きな衝撃を受け、一目でも直接確認したいと思い、エルザに相談してダウリング家の食事会にねじこんでもらった。だが、そこでも僕の心を奪ったのはアガサだった。
アガサは美しい女性になっていた。見た目だけじゃない、内側から自信めいたオーラが溢れていた。おそらく、たった一人で生活を立て直し子供を育てたというプライドがそうさせているんだろう。僕の心にもう一度火が灯った。
だが、それは破滅へのカウントダウンの始まりでもあった。アガサとジェフリーが答え合わせをして、いつか真相が明らかになる日が来るんじゃないか。そんな恐怖が、ひたひたと僕を追い立てた。
その矢先、ジェフリーが、国が回収した有害な魔法薬の名簿を漁っているとの情報が耳に入った。魔法省勤めで近接した部署にいるエルザからの情報だ。僕はこれが何のことかピンと来た。ジェフリーならすぐに正解に辿り着くだろう。
追い詰められた僕は、最後の手段に出た。ジェフリーから問い詰められるくらいなら、自分から打ち明けた方がいい。アガサの前で全てをさらけ出したい。それでどうなるか――自殺行為に違いないが、アガサがどんな反応をするか見たかった。最高のエンターテイメントのために、僕は自分を生贄に差し出したのだ。
結果はご覧の通り。何がいけなかったんだろう。多分全てだ。どこが間違ってたかは分かるのに、どうすればよかったのか未だに分からない。おかしいよね。
釈放された後どうするかまだ決めてない。死ぬ勇気もないから、外国にでも出て生き続けるのかもしれない。ただ、アガサの人生に再び登場するのは避けたい。僕は今でも彼女が好きだ。好きな人が嫌がることはしたくない、ただそれだけだ。




