第30話 告解①
生まれてこの方「あなたが羨ましい」「あなたほど恵まれた人はいない」と何度言われただろう。その度に僕はにっこり微笑みながら心の中で呪詛を吐いた。
どこで道を違えたのだろう。もしかしたら生まれた瞬間から間違っていたのかもしれない。それもこれも、あのジェフリーのせいだ。あんな天才が従兄弟にいたら、逆立ちしても勝てないに決まってるじゃないか。中途半端な能力ならいっそのこと何も持たない方が良かった。
父は自分を棚に上げて、中途半端な能力しか持たない僕を責め立てた。家の中はいつも険悪。僕がどんなにいい成績を取っても、四大魔法全てを使えない時点で出来損ないの烙印を押されるのだ。
お陰で、子供の頃は色んなところに連れ回され、怪しげな治療と称するものを施された。拷問のような「治療」に助けてと泣き叫んだが、親は何にもしてくれない。こんな経験を繰り返したおかげで、十代に入る頃には何を見ても心が冷め切った可愛げのない子供になっていた。
だが、味方が全くいなかったわけではない。本来なら喜ぶべきなんだろうが、それがよりによって、あのジェフリー・ダウリングなんだから笑える。お前が諸悪の根源なんだよ! と何度言いたくなったか分からない。
うちの親は貴族のご多分に漏れず、外面を取り繕うのは上手だったから、息子を虐待している事実は包み隠し、ジェフリーへの羨望もおくびに出さなかった。ジェフリーは、それでも僕が時折疲れた顔をするのを見て何か察したらしく、気にかけるようになった。
「アンディは十分よくやってるよ。その頑張りが実を結ぶ日がきっと来るから希望を捨てちゃダメだよ。僕も力になるから」
強者の余裕。安全圏からの高みの見物。無邪気という名の刃。彼さえいなければ父もおかしくならなかったのに。
ジェフリーは、魔法の才能以外は至って凡庸な人間だった。お人よしで気が回らなくて、生活能力はゼロ。気の強い姉に頭が上がらず、いいように利用されているのを見るのは滑稽だった。
ただし、ダウリング一族の例に漏れず、顔の造作は悪くなかったから女性にはモテた。外見とスペックに群がる中身空っぽの女たち。そんな女からでもモテさえすれば悪い気はしないだろうに、ジェフリーはそうではなかったようだ。実は僕も同じだった。不幸とは重なるもので、最も嫌いな相手と女の好みまで一緒だったのだ。
転機が訪れたのは、僕が十四歳の時。エルザの出版記念パーティーで僕は親戚の一人として招待を受け惰性で出席していたが、ジェフリーの連れを見て、一気に目が覚めた。
アガサ・フォースター。彼女は、今までジェフリーが連れてきた、見た目だけ飾り立てた虚栄心の強い女たちとは正反対のタイプだった。ドレスアップしているのに妙におどおどしていて、素材は悪くないのに、何が自分に合うのかも分からないタイプ。
僕は彼女を憐れに思った。ジェフリーの方は、自分が連れてきたにもかかわらず、彼女が気後れしているとはてんで気づいていない様子。自分のペースで、臆する彼女を引き回していた。
魔法以外取り柄のない唐変木は、愚かにも、能天気にアガサとエルザを引き合わせた。ホステスに紹介するのは仕方ないが、あの性悪な姉にアガサがどう映るか考えなかったのだろうか? エルザが最もバカにするタイプなのに。
会話は聞こえてこなかったが、遠目でも何が起きているかは想像できた。助太刀してやりたかったが、自分にできることはないと思い留まる、そして今度は、二人で僕のところにやってきた。
「アンディ、こちらアガサ・フォースター。最近知り合った友人だ。マリゼ大学の二年生で、お前と同じ風属性だよ」
間近で見たアガサは、今まで僕が会ったことのない類の女性だった。気取ったところがなくて、お世辞をそのまま信じてしまいそうな素直な人。一目見て、これはジェフリーの好みのど真ん中だなと悟った。なぜなら、僕もそうだったから――。
「七歳で基礎コースを修了したって本当? 私なんか十二歳の時だよ!? ダウリング家ってみんな天才すぎ……」
僕がいつもの癖で、「ジェフリーには負けるよ」と卑下して見せても、アガサはしきりに「そんなことないよ、本当にすごいよ!」と熱弁した。他人からここまで手放しに褒められるのは初めての経験だった。ジェフリーは例外だ。あんな天才野郎が何を言っても嫌味にしか聞こえない。
でも、アガサから評価されるのは素直に嬉しかった。彼女の人となりを知って、ジェフリーが本気で惚れたなということが僕には分かった。その証拠に、この時の彼は少し浮かれ気味だったように思う。
ジェフリーはフルーツポンチを取りに行った途中でエルザに呼び止められ、しばらく話し込んでいた。その時、僕に天啓が下りた。連中のくだらなさをアガサに教えてあげようと思ったのだ。
僕は、無邪気な子供が考えなしに行動したという体裁で、声流れの術を使った。風属性の魔法の一種だが、当然ながらあまりお行儀のいい術ではない。しかし、こんな便利な術を覚えないなんて損じゃないか。利用できるものは何でも使うというのが僕の主義だ。
予想通り、エルザはアガサをこき下ろしていた。かわいそうに、アガサは、みるみるうちに顔面蒼白になった。これで、ダウリング家の本性が分かっただろう。彼女にすまない気持ちもあったが、エルザに押されてしどろもどろになるジェフリーを知って、彼に幻滅すればいいと思った。あわよくば、僕に興味を持ってくれれば――。子供の浅知恵でそんなことを思いながら、懸命にアガサを慰めたが、彼女はショックのあまり、何も耳に入ってこない様子だった。




