第28話 真相
自分でも甘いと分かっていた。ジェフリーが知ったら、何としてでも止めただろう。だから彼には何も言ってない。
でも、「あの人」から受けた恩は本物としか思えないし、ぜひとも本人から真意を問いただしたい。それは一対一でなければ教えてくれない気がする。そう思ったアガサは一人で、約束の日時に指定された場所へ行った。
そこはつい最近使われなくなった建物で元は小規模の公会堂だった。中央ロビーがドーム状になっており、外から見ただけでは廃墟には見えない。だが、一歩足を踏み入れると、中の物は粗方撤去され、がらんどうとなった内部はしんと静まり返っていた。
どうして廃墟の中に簡単に入れるのか、「僕が都合をつけといたから」という彼の言葉をそのまま信じるしかない。アガサはコツコツと踵を鳴らしながら、階段を上って約束場所の二階の部屋へと向かった。
他の部屋には鍵がかかっているのに、その部屋だけは開錠されている。ギイという音を響かせながらアガサが部屋に入ると、壊れかけのスツールに腰掛けた人影が見えた。
「ありがとう、来てくれたんだね! 正直、一か八かの賭けだった」
「どうしてこんなところに呼び出したの、アンディ?」
アンディは自分の名前が呼ばれると、わずかに口元をほころばせた。
*
その部屋は数十人ほど入れる会議室くらいの広さだが、今ではほとんど何も残っておらず、部屋の片隅にある真新しい衝立と、アンディの座るスツールだけが残された家具だった。カーテン越しに差す自然光もこの日は曇り空のため薄暗く、部屋全体が青みがっている。そんな場所で中途半端に腰かけるアンディの姿はどこか異様に映った。
「ここはね、昔父親に連れられた場所なんだ。魔力を伸ばすとかいう怪しげなセミナーをやっててね」
「どうしてそんなことを? あなたは元々優秀じゃない?」
「四大魔法を覚えるためさ、ジェフリーみたいにね」
話が奇妙にねじれている。ジェフリーだけが例外で、一つの属性しか持たない方が普通なのに。そう思ったアガサの胸の内を見透かしたかのようにアンディが言葉を続けた。
「父は、僕にジェフリーになれと強要した。従兄弟なら可能性はあるはずだって。虐待そのものだったよ。変な薬を飲まされたり、裸にひん剥かれて逆さ吊りにされたり――ここはそういうことがあった場所なんだ」
「どうしてそんな話を……」
「四大魔法の使い手なんて普通、滅多に現れるはずないだろ? なのに、タマラの話を聞いた時はびっくりした。父の言うことが正しいと証明されたんだもの。僕が否定する理由がなくなってしまったじゃないか」
「まさか、あなたがタマラを……」
アガサは全身が震え出すのを止められなかった。もし本当なら、ジェフリーの推理が正しかったことになる。アンディは自分と同じ風属性。ずっと心の中で否定し続けたことを当人が認めているのだ。こんな恐ろしいことはない。
「違う、タマラを狙ったんじゃない。いや、それは語弊があるかな。タマラを狙うことでアガサの気を引きたかったんだ。娘のためならあなたは飛んで来るはずだって」
どうして。アガサはそう言おうとしたが、喉がカラカラになって声が出なかった。彼女が知っているアンディは、よく気の利く優しい少年だった。ふんわりした金髪の見目麗しい少年がそのまま青年になり、優雅さも変わりない。だが、目の前にいる彼はどこか枯れていて、魂が抜けたように憔悴していた。
「そんなことをしなくても私は来たわよ!」
「違う違う。気を引きたかったんだよ。小さな子供が悪さするみたいに。でも、あの秘書が命懸けで庇ったからそうはならなかった。別に殺すつもりはないのにムキになっちゃって馬鹿みたい。だから、こうして直接呼び出したんだ」
「あなた、カイルに何したか分かってるの……!」
アガサはついかっとなって声を上げたが、アンディは知らんぷりした。どこか遠くを見るような目をしたまま心ここに在らずといった様子だった。
「ジェフリーの子飼いがどうなろうと興味ない。どうせジェフリーが助けてやったんだろう?」
「よくそんなことが言えるわね……カイルは自分の命を危険に晒したのよ!」
あの時のカイルは、我が身を犠牲にしてもタマラを守る覚悟だった。それを知ってるから、アンディの言い草にアガサが怒りを覚えるのは当然だ。
しかし、アンディはアガサの問いに答えることはしなかった。それどころか、思わぬ方向に話が飛んだ。
「それより、他に気になることない? 例えば、十年前誰がアガサとジェフリーの仲を引き裂いたか」
「まさか……あなたが……?」
突然話が変わり、心臓が止まりそうになる。頭をがんと殴られたような衝撃でその場に立っているのが不思議なくらいだ。アガサが息も絶え絶えに声を振り絞ると、アンディは静かな顔で首を縦に振った。
「多分、アガサのことを好きになった時期は、ジェフリーも僕もそう大差ないと思う。十年前、エルザのパーティーで見た時から――一目惚れだった。十四歳の子供が何を言ってると思うだろう? でもジェフリーとは四歳しか離れてないんだよ? そんなの大人になったら誤差じゃないか。どうしてジェフリーばかり、魔法の才能も、好きな人もみんな自分のものにして!」
アンディが力任せに床をガツンと蹴る。静寂の空間の中に鈍い音が響いただけで、彼の足には相当の衝撃と痛みが走ったのではないか。だが、そんなこと本人にとってはどうでもいいようだった。
「僕のことどう思っていた? 人畜無害の優しい少年くらいに思ってたんじゃない? とんでもない、十年前からどす黒い嫉妬心でドロドロしてたよ。本当に美しくない、最低の人間だった……」
「でも、あなたは私が辛くて寝込んでいる時に見舞いに来てくれた……」
「だって、好きな人の前ではいい子でいたいじゃない。アガサを心配する気持ちは本当だった。でも、ジェフリーのことは憎んでた。大変な時にそばにいないなんて、好きになる資格ないってね。だからけしかけた。アガサがジェフリーの部屋に行った時に」
あの時の体験がまざまざとよみがえる。筆舌に尽くしがたい恐怖と苦痛。食事が喉を通らなかった自分を甲斐甲斐しく世話してくれたアンディ、ジェフリーの両親に相談してみるよと請け合ってくれたアンディ、その全てが偽りの姿だったと言うのか。アガサは耳を塞いで叫び出したい衝動に駆られた。
「本当はね、ちょっと予想外だったんだ。アガサがあそこまでになるのは想定してなかった。ちょっと脅かしてピンチを助けてやれば、僕に振り向いてくれるかなと思って。今思うと本当に浅はかだよね、結局、僕もそこいらの十四歳と変わりなかった」
「あれは私が妊娠してたから……」
「ああ、やっぱりそうだったんだ。だいぶ後になってそうじゃないかと思った。そうだったんだ、そうだったんだ……」
両手で顔を覆うアンディを見て、アガサは全てが意図されたものではないと知って少し安心した。安心してる場合じゃないのにお人好しにも程がある。それは分かっていたが、目の前の彼を血も涙もない悪魔のように考えるのはどうしてもできなかった。
「ねえ、私にどうして欲しいの?」
「ジェフリーのことだから、そろそろ真相に辿り着く頃かなと思った。それなら、こちらから先に動かないと。全てをアガサの前にさらけ出して、どんな反応をするか確かめたかったんだ」
「あなたの言うことが本当なら、私とジェフリーは十年間を無駄にし、タマラにとっては父親を奪われた形になる。十年前の件は証拠もないし、立証も難しいと思う。現状、あなたの罪はカイルを傷つけた件だけ……」
「なんだ、よく分かってるじゃない」
「私に怒りをぶつけてほしい?」
「そうしたけりゃやっていいよ……」
まるで他人事のアンディにアガサはかっとなった。
「憎みたいよ! 恨んで怒鳴って首根っこつかんで引きずり回したい! でもできない……甘すぎるのは分かってるけど、どうしてそんなことをしたの? 私のこと恨んでた?」
「言ったじゃないか、アガサのことは大好きだって。今でも」
涙を流しながら訴えるアガサに、アンディは悲しそうな顔をするだけだ。こちらが感情をぶつけても彼は一切動じることはない。まるで、感情を起こす装置が壊れてしまったかのようだ。
「好きな人が悲しむのを見て嬉しいの?」
「アガサが悲しむのは見たくないけど、ジェフリーが苦しむのは見たい」
それを聞いたアガサは背筋がぞっとした。唯一、ジェフリーの名前が出た時だけアンディの目がギラリと光ったからだ。
「それに、これからもっと重い罪を犯すことになる。それでもまだ僕への情が残ってる?」
「どういうこと……?」
「じきにジェフリーがここに来る。ぜひ彼に見せて欲しいものがあるんだ。今まで誰も見たことのない秘術。それを僕だけが見られる特権」
「……何を言ってるの?」
「アガサのためならやってくれるはず。ジェフリーはそういう人間だ」
目を丸くしてアンディを見つめる。すると、アンディは、部屋の隅にある衝立に手をかざした。離れた場所にある衝立がばたんと倒れる。風魔法だ。そして、衝立の裏にあったものが顕になり、アガサは息を呑んだ。
大きなタライに山盛りの魔法薬が積んである。衝立はこれを隠しておくためだったのだ。最初に部屋に入った時、この空間にあるものとしてはどこかミスマッチだと思ったのは気のせいではなかった。
アンディは懐からマッチを取り出し火をつけると、炎が消えないように風魔法で飛ばした。そして、ガスマスクのようなものを取り出して装着する。炎はまっすぐ魔法薬の上に落ち、あっという間に煙がモクモクと湧き上がる――。
「まずい、逃げなきゃ!」
体内に入れてはいけないやつだと察して慌てて息を止めるが、アンディは、別の風魔法で煙をアガサの方に飛ばした。
アガサは部屋を出ようとドアに手をかけたが、いつの間にか扉は施錠されており、今度は窓の方へと向かう。だが、窓の鍵はびくともせず、ガラスを割る以外に方法がないと悟った。
そうしてるうちに薬の成分が効き始め、だんだんと体が痺れてくる。これだけの運動量では無呼吸のままではいられない。無意識に煙を吸い込んでしまった。次第にまぶたが重くなり、その場に立っていられなくなり、体のバランスが崩れたところをアンディに受け止められた。そして、そのまま静かに床に寝かされる。意識はあるのに全身が麻痺して指一つ動かせない。まるで金縛りの状態に陥った。
(アンディは一体何をするつもりなの?)
アガサが恐怖で震えることもできないでいると、上からアンディの静かな声が降ってきた。
「ごめんね、床の上は固くて冷たいよね。ベッドがある部屋が良かった」
うわごとのようにアンディが呟くが、何か答えようと力を入れても、体はぴくりとも動かない。
「そのうちジェフリーが来るよ。怖い思いをさせてごめんね。僕からは何もしないから大丈夫だよ」
人形のように目をつぶったまま横たわるしかないアガサのそばで、アンディはただじっと腰を下ろしていた。まるで彼女を守護するかのように。それは永遠にも思える時間だった。




