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 第26話 カイルの恩返し

 タマラが足取り軽やかにエルドリッジ学園の校舎を出ると、いつもは昇降口の前で待っているカイルの姿が見えない。どうしたんだろう? と首を傾げ車が停めてある場所へと向かう。学校の敷地内に送迎用の広場があるのは、さすが上流家庭の子弟が通う学園といったところだ。


 見慣れたオレンジと黒の車体を見つけて小走りで向かうと、カイルがちょうど車から出てきた。


「すいません、今日は少し遅れました」

「下校時間には間に合ったから大丈夫よ。今日もよろしくお願いします」


 タマラがぺこりと頭を下げると、カイルは顔をしかめたものの何も言わなかった。彼がそんな顔をしたのは理由がある――ここ最近、彼に付き合ってもらっていることがあるからだ。


 いつものように車が発進して校門を出る。ここ最近、父と母は仲良く職場に通勤している。最初のうちはどこかよそよそしかったが、最近は仲睦まじい雰囲気に変わってきている。まるで付き合って間もない恋人のように、お互い目配せしたり微笑み合ったり、タマラはそんな両親の変化を目ざとく発見した。


(パパとママったら仲良しなのはいいけど、私のこと忘れてるんじゃない? いいわよ、こっちだってカイルに手伝ってもらって、知らないうちに光と闇の魔法を習得してやるんだから)


 タマラはそんなことを考えながら、車に乗り、前の運転席にいるカイルに話しかける。

 

「もしかして私の修行に付き合うの嫌ですか?」

「いや別に? そんなこと一言も言ってないじゃないですか」

「じゃ何でさっき顔をしかめたんですか?」

「だって……私には荷が重すぎますよ、光と闇の魔法の練習に付き合うなんて!」


 タマラが四大魔法を使えるようになってから数ヶ月経過したが、まだ光と闇の魔法は使えない。父のジェフリーをはじめ、周りの大人は慌てる必要はないと言ってくれるが、父はすぐに習得したと言う話を聞くと焦らずにいられない。とはいえ、一人で自主練習するにも限りがあるので、カイルを巻き込んでいるというわけなのだ。


 タマラを乗せた車は自宅への道を逸れ、とある屋内運動場に到着した。魔法の練習をするには誰にも邪魔されない広い空間が必要になる。カイルがここの一室をレンタルしてくれたのだ。中は白い壁に囲まれた何もない空間で、魔法の練習の他に、運動のトレーニングをする場としても使われる。


「マーフィー夫人のお弁当は持ってきた?」

「持ってますって! はい、これ水筒」


 カイルには、あらかじめマーフィー夫人が作る軽食を持ってきてもらうことにしている。魔法の練習はお腹が減る。料理上手の夫人が作るサンドイッチやハンバーガーをカイルと食べるひとときは、タマラにとって欠かせなかった。いつも無愛想なカイルが、この時ばかりは緊張を解いて大きな口を開けてがぶりつくのを見るのも密かな楽しみとなっている。


「うちの空いてる部屋じゃだめなの?」

「魔法で壁に穴を開けたら大変じゃないですか! 万が一魔力が暴発してもこういう場所なら逃げ場を確保できます。ましてや、光と闇の魔法は威力も大きいから、安全策を講じるのは当然です」


 タマラは寝る前に一人で練習することもあるのだが、それはやらない方がいいのかと心の中で反省した。父も、家でくつろいでいる時は、マジックのようにお手本を見せてくれることがあるが、あれはコントロールがうまいからできる技なのだろう。難しいことを簡単そうにやるのでつい勘違いしそうになるが、本来はカイルの考えが正しいと思われる。


「さて、先日言ったことを覚えてますか? 光と闇の魔法を習得するには、四大魔法を正確な型で繰り出すのが基本となります」


 ここで、カイルはコホンと小さく咳をして一呼吸置いた。


「ジェフリー氏の魔法は軌道がとても美しい。まるでお手本のようです。おそらくこれが成功率を高める一因だと思われます。ここまでは、最新の研究でも明らかになってるので、門外漢の私の勝手な推論ではありません」

「別にあなたのこと信用してないわけじゃないわよ」


 タマラが肩をすくめてツッコミを入れる。このところ、カイルとはすっかり打ち解けた仲になっていた。タマラが光と闇の魔法を習得できない悩みを打ち明ければ、カイルも自分の過去をぽつぽつと話してくれる。慇懃な態度はなかなか崩れないが、タマラが軽口を言ってもスルーするようにはなった。彼の性格を考えれば、これはかなりの進歩だ。


「無駄口を叩いてたら練習時間がなくなりますよ! 始めた当初より、だいぶ筋は良くなってきました。後少しだと思います。さあ、始めましょう」


 タマラは気持ちを切り替え、何もない空間に向かって魔法を次々に繰り出した。威力は弱くても問題ない、ここで大切なのは基本に忠実な型を作ることだ。火、水、土、風。カイルは壁に寄りかかりながらじっとタマラの魔法の軌道を見つめている。ラドクリフ先生が水属性でも、基礎コースなら全ての属性を教えられたように、火属性のカイルも軌道の指摘をするだけなら問題なかった。


「風の三が少し乱れてますね。風の三は、基本の一にねじれを付けて方向を変えられるようになっています。少しねじれの軸が乱れているようです。これを直すとコントロールが上手くなりますよ」


 いつも仏頂面でとっつきにくいカイルが具体的で分かりやすい指導ができるなんて、タマラは最初意外に思った。本当に見た目で損をしている。せめて、その酷薄そうに見える薄いフレームのメガネはやめた方がいいのではなんて考えてしまう。


「わっ! ごめんなさい! 今思い切り軌道がずれました!」


 びゅるんと音を立てて風向きが乱れる。変なことを考えていたせいか派手に失敗してしまった。またカイルに嫌味を言われるなとタマラは覚悟したが、相手からの反応はない。


「今度は成功させるから! もう一度やらせて!」

 

 怒られる前に自分から発言する。しかし、やはり返事がない。どうしたんだろう? と不思議に思いながら体の向きを変えると、彼は厳しい表情で全く別の方向を向いていた。


「あの……カイルさん?」

「しっ、こっちに来て。今すぐ!」


 タマラがカイルに近寄ると、強い力で引っ張られ、胸板に押しつけられる形になった。え? これハグってやつ? ついこないだ十歳になったばかりの少女には刺激が強すぎる。訳が分からず混乱していると、突然建物を揺るがすような地響きが轟いた。


「わっ! 何これ!」

「離れてはダメですよ!」


 カイルはタマラを背中に隠しドアへ体を向けた。右手を前に出し、指先に小さな炎を灯す。それは朱色から白色、さらに青っぽく変化し、揺れもせず一点に収束した。いつもの仏頂面とも違う険しい顔つきに、タマラもただ事ではないと息を呑む。彼はまるで、感情を宿さない獣が獲物を前にした時のような目をしていた。


 間髪入れず、パーンという音と共に、ドアが勢いよく吹っ飛ばされた。


 中に入ってきたものを見てタマラは言葉を失った。小さな子供が粘土で作ったような二足歩行の泥人形。目と鼻と口のところは丸い穴が空いていて、実際にこちらを見ているようには見えない。それなのに、全身の毛が逆立つほどの恐ろしさが全身を貫いた。


「何あれ……」

「土くれの人形、ゴーレムです。厄介なことに、火が効きにくい」


 カイルが低い声で言った。火属性の自分では分が悪いとあらかじめ分かっているのだ。それでも他に手がない。


「土くれは炎で燃やし尽くす!」


 指先の炎が一瞬で膨れ上がり、五個の火の玉となって飛翔し、ゴーレムに直撃した。大きな破裂音が部屋に響く。しかし煙が晴れると、ゴーレムはまだそこに立っていた。四肢をぶんと振り回し、残った炎の玉を次々に跳ね返す。一瞬で部屋が熱くなる。熱風がこちらに吹きつけてくるのを、カイルが身を挺して遮った。


「カイルさん!」

「窓から出ます! 掴まって!」


 返事を待たず、カイルはタマラを抱えたまま窓へ走った。一瞬だけ下を確認してから、躊躇なく飛び出す。


「ここ二階!」

「知ってます!」


 カイルは全身から炎を上げ、その上昇気流で落下の勢いを殺した。着地の瞬間、膝が大きく沈む。タマラをかばった分、衝撃は全て彼が受け止めた。服があちこち焦げているのが見えたが、タマラの手を掴んだまま、カイルは振り返りもせず即座に走り出した。


「まだ来ます。走って!」


 ゴーレムは建物の壁を突き破って出てきた。俊敏とは程遠い動きなのに、一歩踏み出すたびに地鳴りが響き、衝撃が直に体に伝わる。カイルは走りながら素早く周囲を見渡し、大きな木に目を止めた。


 ゴーレムが木の下を通り過ぎる。その瞬間、カイルが振り返りざまに幹へ向けて炎を放った。青く光る刃のような炎。焼き切られた幹が傾き、轟音と共にゴーレムを直撃する。


「やった!」


 倒れたゴーレムに炎が燃え移った。このまま土くれに戻ると思った次の瞬間、腹の底に響くような爆発音が起き、高熱の土が四方に飛び散る。カイルはとっさにタマラの前に立ち、背中で土爆弾を受け止めた。

 

 ひとしきり爆発が止み、土煙が収まると共に静寂が戻る。


「大丈夫ですか!」


 タマラが顔を上げて叫び声を上げると、カイルはニヤリと笑って返した。よく見ると、彼の背中が大きく焼き爛れている。タマラは息を呑んだ。


「なあに、あなたが無事で何よりです」


 そう言うと、彼は苦痛に顔を歪めて膝をついた。

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― 新着の感想 ―
人付き合いが苦手そうな大人が子供の面倒をみるパターンって良いですよねぇー!! そして、子供にも分かるくらい、アガサとジェフリーが仲睦まじくて結構なことです! 誤解がとけてよかったけど…真犯人は誰よ! …
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