元木 13 呼び方
美冬先輩と一緒にいられる時期はあっという間に過ぎていった。夏休みが終わり、暑さが和らいでくると文化祭、そして生徒会長選挙を迎え、美冬先輩は生徒会長の任期を果たして引退してしまった。
生徒会長に立候補したのは自分だけ。つまり信任投票をするのみで、今年も選挙自体が行われなかった。2年連続は非常に珍しいらしい。結果自分が生徒会長に就任した。
そして生徒会長になる前から1つ考えていたことがあったので、生徒会長に就任した当日に茜を生徒会室に残し、それを伝えることにした。
「それでコーイチ、話ってなに?」
「……菊池」
「菊池?」
「お前のことを学校では菊池と呼ぶことにした」
「えー! なんでー!?」
「美冬先輩と秋陽菜先輩は引退した。勿論隈坂先輩もだが。つまり残ったメンバーで俺が名前呼びしているのはお前だけだ」
「だから?」
「俺は生徒会長になった。つまり誰かを依怙贔屓するのは駄目だと思ってな。なので俺はこれから全校生徒のことを苗字で呼ぶことにした」
「だからアタシのことも菊池呼びってこと?」
「そういうことだ」
「じゃあミフユン先輩とヒナヒナ先輩は?」
「これからは筑紫先輩と菱川先輩だ」
「理由はわかったけど、菊池呼びはイヤだなぁ……」
「そんなに嫌か?」
「だって小学生のときに『キチク』って呼ばれたんだもん」
「それは知ってる」
「あとアタシ口大っきいでしょ。だから、おっ! きーくち! とか」
「それは初めて聞いたな」
「それと自分のフルネームを漢字で書き始めたとき、テストで菊池の池を地球の地って間違って書いちゃって、それを先生がバラしてクラスメイトにイジられたし……」
「バラす先生も悪いがそれは自己責任だろ……」
「それと好きな漫画のメチャクチャ嫌いなキャラが菊池だし……」
「それはたまたまだろ……」
「……あとお父さんの実家嫌い。あの人たちと同じ苗字嫌」
茜が今まで見せたことのない暗い表情で嫌悪感を隠すことなく言い放った。
……やっぱりそれか。
叔父、つまり茜の父親はいい人なのだが、その両親がどうもひと昔前のような頭の硬い人たちで、叔母と結婚することをずっと反対していたらしい。
反対を押し切って結婚した結果、茜が幼い頃に向こうの家でその2人に会った際かなり罵詈雑言が飛んできて、当時住んでいたマンションに帰ってからわんわん泣いていたと叔母から聞いたことがある。
茜の家がウチと近いのもそれが理由だ。母親同士が姉妹で家も近所なのは珍しいケースだが、味方が近くにいてほしいという願いからそうしたという。俺たちの母親の両親は既に2人とも亡くなっていて他の兄弟姉妹もいないため、頼れるのは姉、つまり俺の母親しかいなかった。
結婚する際母親の苗字にする選択肢もあっただろうが、世間体を気にしたのかもしれない。そこら辺の話は詳しく聞いていないので知らないのだ。
当然茜の両親も『菊池』なのだが、茜自身は両親に付けてもらった『茜』という名前を気に入っている。『菊池』が嫌いな上に『茜』が好きなので、一層そちらで呼んでほしいということだ。
「……悪かった。その話は無理にしなくていい。とにかく学校では、だ。外で会う場合は今までどおり茜と呼ぶからな」
「……じゃあ心の中では?」
「心の中では……茜だ」
「アハハハハ! なんか今のキモーい!」
「お前な! とりあえずそういうことだ!」
馬鹿にされたが、あんな表情を続けられるよりは笑われた方が余程マシだ。このアホに暗い雰囲気は全く似合わない。
「アタシがコーイチ呼びするのはアリ?」
「それは好きにしろ」
「ていうかコーイチが生徒会長かー……。コーイチなのに生徒会長、もどき会長、会長もどき、生徒会長もどきコーイチ、アハハハハ!」
「お前それ好きだな……。それと俺は明日から皆に俺のことを『会長』と呼ばせることにする」
「『元木先輩』とか『元木会長』じゃなくて?」
「そうだ、『会長』だ」
「なんで?」
「俺が『会長』ならお前は『副会長』だろ」
「……あー! いいねその案! トッキーもなっちゃんもササッキーも茜先輩って呼んでくれないから『副会長』の方がアタシはいいな! ナイスコーイチ!」
「だろ?」
「ならコーイチもアタシのこと『副会長』って呼べばいいじゃん!」
「それは違和感しかないから却下だ」
「なんでよー!」
ということで生徒会が新体制になったと同時に、俺と茜は後輩3人に『元木先輩』·『菊池先輩』から『会長』·『副会長』そう呼ぶようにと伝えた。
生徒会長に就任すると仕事量が増え、今まで以上に忙しくなった。人数も5人に減ったので茜が吉野やら浅葱やら援軍を連れてくるのだが、いかんせん全員女子なので毎回佐々木が気不味そうにしていた。その度に去年の隈坂先輩を思い出す。
季節が巡り春になると美冬先輩が卒業してしまった。去年同様生徒会メンバーで記念撮影をしたのが最後、結局想いは伝えなかった。美冬先輩が自分のことを恋愛対象に見ていないのが明らかだったからだ。それでも伝える人もいるだろうが、自分は踏み出すことができなかった。
隈坂先輩はよく告白できたな、と皮肉にも卒業式当日に尊敬の念を抱いてしまった。
自分は恋愛に対してはビビりだったのだろう。だがそんな弱い自分は心の中に仕舞い込み、これからは生徒会長としての役目を堂々と果たさなければならない。
新学期になると2人の新入生が生徒会に加わることになった。去年や一昨年と同様、今年も生徒会室に集まり1人ずつ自己紹介をしていく。
「1年1組の菱川小春です。よろしくお願いします」
ごくごく普通の女子生徒に見える。
だが1つ気になることがあった。菱川?
秋陽菜先輩の妹か聞こうと思ったが、このタイミングで質問するともう1人が自己紹介をし難くなると思ったので、とりあえず後回しにすることにした。
「菱川さんと同じ1年1組の藤澤諒太です。よろしくお願いします」
こちらもごくごく普通の男子生徒に見える。
佐々木と話が合えばいいんだが……。
「俺は3年5組の元木光一、生徒会長だ。『会長』と呼んでくれ。2人ともこれからよろしくな!」
「アタシは副会長の菊池茜で〜す。『茜先輩』って呼んでね〜」
「私は2年7組常盤詩音。苗字で呼べよ」
「……私は2年3組千葉夏実です。よろしく」
「千葉さんと同じ2年3組の佐々木です。2人ともよろしく」
2人が佐々木のことをどう思っているのかはわからない。表情から察するに嫌悪感などはないように思う。近い内に少し説明する必要があるが、初対面の今日はまだしなくていいだろう。
「よし、全員自己紹介が済んだな。ところで去年まで生徒会に菱川秋陽菜という先輩がいたんだが」
「あ、はい、それ私のお姉ちゃんです。私、お姉ちゃんに勧められて生徒会入ることにしたんです」
「そっかー! コハルンはヒナヒナ先輩の妹ちゃんかー!」
また茜が勝手にあだ名を付け始めた。
どうせ茜の脳内では藤澤のあだ名も既に決まっていることだろう。
「あの、コハルンって私のことですか?」
「そうそう、いいよね?」
「はい、別にいいですけど、お姉ちゃんヒナヒナって呼ばれてたんですか?」
「呼んでたのはアタシだけだよ〜。アタシあだ名付けるの好きなんだ〜」
「そうなんですね」
「なっちゃん、ササッキー、トッキー、コーイチ、コハルン」
順番に指差しながらそれぞれのあだ名を言っていく。
トッキーは茜命名ではないが、別にそれはどうでもいいか。
「リョー」
最後に藤澤を指差して言った。
藤澤のあだ名はリョーらしい。
「リョーって僕ですか?」
「そう、いいよね?」
「いいですよ。菊池先輩はあだ名あるんですか?」
「アタシはないから『茜先輩』って呼んでね〜」
「えっと、すみません、他の呼び方は……」
「あー、そっか、初対面だからまだ恥ずかしいよねー。じゃあ『副会長』って呼んでね〜」
「あ、それもちょっと……」
「え、なんで?」
「僕が所属してるネットのコミュニティーに『副会長』というハンドルネームの人がいるので……」
「それでも別によくない!?」
「その人と全然イメージが違うので……」
「アホと一緒にされるのは嫌だとさ」
「ちょっと、トッキー! 後輩と初顔合わせのときにアタシのことおちょくるのやめてって言ったよね!?」
事前にそんなこと言ってたのか。
無駄に決まってるだろ。
「この先輩アホだからテキトーにあしらっていいからなー」
「ダメだからー!」
「それと体重は55kg」
「ちょっと!!」
「あ、さーせん、それ去年の体重でしたね。副会長只今絶賛増量中ですもんね」
「増量中じゃないからーー!! 55kgのままだからーー!! ていうかなんで初対面の新入生の前でアタシ体重バラされないといけないの!?」
「こんな感じでこのアホ副会長をイジるのがこの生徒会のルールだからなー。お前らもやれよー」
「そんなルールないからーー!!」
「それと菱川」
「は、はい、なんですか?」
「お前体重何トン?」
やっぱり聞くのか。




