元木 7 頼み事
一悶着あった夏とは違い秋の部活の見回りは平和に終わり、それから程なく文化祭の日が訪れた。
始まってからは特に何事もなく割り当てられた仕事をこなしていたが、体育館で雑用を手作っていると知らない女子から声をかけられた。
「ねぇ君、今ちょっといい?」
「どうかしましたか?」
「君生徒会の人だよね?」
「そうですが」
「ならこのあと1時半から軽音部のステージの準備とか手伝ってくれない?」
「それは他の担当の人がいると思ますが」
「それ薫の仕事なんだよね。あ、薫って知ってる? 薫も生徒会なんだけど」
「はい、知ってますよ。隈坂先輩ですよね」
「そうそう。ちなみに私は薫の友達で2年の名波ね」
「自分は生徒会1年の元木です」
「でさ、最初から説明すると私軽音部でギターやってて、この後バンドで演奏するんだよね。でもボーカルのやつが風邪引いちゃってさ。その代役を薫にお願いしてるんだけど、あいつ『生徒会の仕事あるから無理』って。仕事ったってその時間は軽音部のステージの手伝いなんだからいいじゃんって言っても引き受けてくれなくてさ。だから君、薫の仕事代わりに頼まれてくれない?」
自分は丁度1時半からフリーの時間帯で、特に回りたい場所などもない。なので頼みを請け負うことにした。
「いいですよ。1時半であれば空いてますので」
「え! マジ!? ありがとー!」
「それで隈坂先輩本人は今どこに?」
「とりあえず体育館に来るようにって連絡入れたんだけど……。あ、来た!」
隈坂先輩が一緒にいる男子生徒に頭を下げられながらこちらに近付いてきた。
「おーい薫! 関口! この子薫の仕事引き受けてくれるって!」
「はぁ!? ふざけんな元木、なに引き受けてんだ!」
「いえ、丁度フリーの時間なので」
「マジか! 君ありがとな! ほら隈坂、生徒会の仕事問題は解決したんだから歌ってくれよ!」
「だるいから嫌だっての!」
「薫、そんなこと言わないでさ。私も関口もこんなに頭下げてるんだからホントにお願い! 太陽とアンナからも隈坂ならいいって連絡あったし!」
「隈坂頼む!」
「嫌だ!」
「隈坂先輩、歌ってあげたらいいじゃないですか」
「は? なんでお前がこいつらの味方すんだよ」
「友人がこんなに頼み込んでいるんですから、引き受けてあげましょうよ」
「薫、お願い!」
「ホント頼むって!」
「い、や、だ!」
「何故そこまで拒むんですか?」
「目立つの嫌なんだよ! それにだるい! 他のやつに頼め!」
「そんなぁ……」
「はぁ……他のやつって言われてもな……」
「……隈坂先輩、ちょっと2人で話いいですか?」
「なんだよ」
「すみません、ちょっと2人で話させてください」
名波先輩と関口先輩から少し離れ、隈坂先輩を説得することにした。
「なんでわざわざ離れたんだよ」
「歌えばいいじゃないですか」
「またそれかよ。そもそも俺が引き受けてもお前にメリットないよな?」
「デメリットもないので」
「お前の自由時間潰れるだろ」
「それは別にデメリットではないですね」
「つーかなんでお前さっきからあっちの味方なんだよ!」
「友人の頼みは聞くものですよ。あんなに必死に頼み込んでいるんですから」
「理由それだけかよ!」
「はい、それだけです」
「わ、わけわかんねぇ……」
「俺は友人のことは大切にするべきだと思っています。隈坂先輩が今あの2人の力になれば、隈坂先輩が困ったときにあの2人も力を貸してくれますよ」
「それはそうかもしれないけどさ……。でも実際目立つの嫌なのは本音なんだよ……」
「文化祭なんですから歌うくらいあんまり目立ちませんよ。生徒が多い体育館でやるわけでもないですし。それに大体の人はテンションおかしくなってますから大丈夫ですよ。隈坂先輩も今日くらいテンション振り切ってみては?」
「テンション振り切るねぇ……」
「……もしかしてビビってるんですか?」
「は? ビビってねぇよ」
「それとも茜並みに音痴とかですか?」
「あんなアホと一緒にすんな! 俺はこう見えて歌うの上手いんだからな! だから代役頼まれてんだ!」
「だったら聴かせてくださいよ。ビビってるわけでもないんですよね?」
「…………くそっ、わかったよ、歌えばいいんだろ歌えば! 俺は全然ビビりじゃねぇからな! 但馬先輩のやつはたまたま驚いただけなんだっての!」
「ならお願いします」
2人のいる場所に戻り隈坂先輩が歌うことを伝えた。
「ありがと薫ー!」
「サンキュー隈坂! 君どうやって隈坂説得したんだ?」
「誠心誠意お願いしただけですよ。俺も隈坂先輩が歌っているところを聴いてみたいので」
「おい、そいつはもういいから段取りとかさっさと教えろ! あと1時間しかないんだぞ!」
「元木君ありがとねー」
「いえ、また1時半からよろしくお願いします」
その後割り当てられた仕事や雑用をこなし、1時半になったのでグラウンドへ向かった。
グラウンドの一角には仮設ステージが作られており、そこで先程会った名波先輩や関口先輩の指示に従い準備を手伝っていく。
準備が整うと1年生のバンドから軽音楽部の演奏が始まった。隈坂先輩から引き受けた仕事はあくまで準備と片付けだけなので、最後の3年生の番が終わるまでここで軽音楽部の演奏を聴くことができる。特に回りたい場所もなかったので、時間を埋められて逆に都合がよかったかもしれない。
1年生の演奏が終わると続けて隈坂先輩たちが演奏を始めた。正直自分は歌の良し悪しをそこまでわからないのだが、隈坂先輩は「だるいだるい」言っている普段の姿とは別人のように歌っていた。
3年生の演奏も終了し片付けを始めようとすると、名波先輩が改めてお礼を言ってきた。
「元木君ありがとねー。演奏も上手くいったしホントよかったよー」
「いえいえ、自分は隈坂先輩の仕事を引き受けたなので」
「薫も楽しそうだったし」
名波先輩がステージの方を見たので自分もそちらに視線を向けると、隈坂先輩は清々しいような笑顔を見せながら関口先輩たちと一緒に片付けをしていた。
「名波! 元木! お前らもこっち手伝え!」
「はいはーい!」
こうして軽音楽部の出し物は終わった。
その後楽しい文化祭も終わりを告げ、皆片付け作業を始める時間になった。
自分は古賀先輩、隈坂先輩と同じく体育館の片付け作業を手伝うことになっている。しかし作業を始めてから数分経っても何故か隈坂先輩が体育館に来ない。
「隈坂先輩来ないですね」
「サボりかな?」
「でも今までそんなことなかったですよね? 『だるいだるい』言う割に毎回仕事はきちんとやっていますし」
「だね。てことはどこかで違う作業手伝ってるのかも」
隈坂先輩が来ないまま更に数分後、何故か関口先輩が体育館に現れこちらに話しかけてきた。
「あのー、片付け作業中すみません、ちょっと元木借りていいですか? すぐ終わるんで」
「別にいいよ。元木の知り合い?」
「はい、今日知り合ったばかりですが。関口先輩、どうしたんですか?」
「あっちで話そう」
関口先輩に連れられ体育館の隅に行く。
隈坂先輩のことだろうか?
「……あのさ」
「どうしました?」
「……隈坂帰っちゃったんだよね」
「何故ですか? もしかしてあのあとなにかありました?」
「……あー、言わない方がいいのかもしんないけど、お前には恩もあるし説明面倒だから正直に言うわ。あのさー…………あいつフラれたんだわ」
「フラれた?」
「名波に告ってフラれた」
「名波先輩にですか?」
「そう。歌ってテンションおかしくなって名波に告ってフラれて傷心で帰った」
「それは……」
俺のせいですね。
100%俺のせいですね。
「だから片付け作業サボってすまん。フラれたってのは内緒で体調不良で帰ったってことにしておいてくれ」
「わかりました」
「作業中悪かったな。あ、それと別にお前のせいじゃないから気にすんなよ。ズルズル引きずっていつまでも告らないよりはまだマシだからな」
「関口先輩は隈坂先輩が名波先輩のことが好きなのを知っていたんですか?」
「まぁなんとなくな……。はぁ……明日から気不味いかもな。どうしたもんかなぁ……」
関口先輩がため息をつきながら体育館から出ていった。
自分は今のところ失恋経験はないが、もし美冬先輩に告白してフラれた場合のことを考えるとなんとも言えない気持ちになった。
あまり考えたくはないことは置いておき、今はとりあえず片付け作業に戻ることにする。
「あ、元木おかえりー」
「隈坂先輩は体調不良で帰ったそうです」
「さっき話してたのってそれ?」
「はい。先程の関口先輩は隈坂先輩の友人なのですが『片付け作業ができなくてすみません』と」
「なんでわざわざ2人で話してたの?」
「少し個人的な話を」
「そっか」
後日、隈坂先輩に会うと「絶対誰にも言うなよ」とだけ言われた。隈坂先輩の目がギョロッとしていたのが印象的だった。
名波がギター、関口がドラム、アンナがベース、太陽がボーカルですが風邪引いて休みました。




