柑那 1 ビックリハウス
「一緒に文化祭回ろ」
杏子にそう誘われたので、文化祭は同じクラスの友達とではなく、違うクラスだけれど小学校から仲のいい杏子と2人で回ることにした。
「なんか料理部が人気みたいだから先にそこ行かない?」
「いいよ」
杏子の提案で最初は料理部に行くことにした。
料理部ではお菓子作りができるらしく、毎年けっこう人気らしい。
2階に上がり西端にある調理実習室に着くと、そこには既に大勢の女子生徒が集まっていた。これは『けっこう』どころではなく『ものすごく』の間違いだったようだ。
「……これは流石に無理じゃないでしょうか杏子さん」
「……そうですね、諦めましょう柑那さん。ってことでどこ行こっか? 柑那はどこか行きたいとこある?」
「私は午後の吹奏楽部の演奏さえ聴ければ他は特に希望はないよ」
高校では入らなかったけれど、私は中学では吹奏楽部に入っていた。しかしそれが吹奏楽部の演奏を聴きたい理由ではない。演奏する曲リストの中にジャカドーラの曲があるのが理由だ。これを聴き逃すわけにはいかない。
「ならビックリハウス行かない?」
「ビックリハウスって何?」
「視聴覚室でやってるんだって。面白そうだから行ってみない?」
「いいよ。視聴覚室ってどこだっけ?」
私が聞くと杏子は文化祭の出し物リストのプリントをポケットから取り出し、視聴覚室の場所を確認した。
「えーと……2階の東端だ」
「あー、あそこか。反対側だね」
ということで2階を端から端へ移動する。
2階を歩いていると、1年生の教室がある1階と同じようにオレンジ色の装飾が目立つことに気付いた。折り紙や風船や看板の色なんかもオレンジ色だらけだ。
こうなってくると上の階もどうなっているか気になるけれど、とりあえずそれは後回しにして視聴覚室へ向かう。
しかし視聴覚室へ向かう廊下の途中からこちらも既に列ができていた。7人並んでいる。看板を見るにどうやらビックリハウスの順番待ちのようだけれど、列は視聴覚室前まで続いているわけではない。
「どうしますか杏子さん」
「並びましょう柑那さん」
列はできているけれど終わった人から順に捌けていくはずなので、少し待っていれば順番は回ってくるはずだ。
横の看板には『2人1組、またはお1人で並んでお待ちください』と書いてある。
「当然2人ですよね杏子さん」
「当たり前でしょう柑那さん」
「ていうかこの列視聴覚室からけっこう遠いけど、なんでこんな遠くから列作ってるんだろ?」
「さぁ、なんでだろ?」
「ここって何部の出し物?」
ビックリハウス=何部なのか、さっぱり想像がつかない。
「えーと、2年4組と2年5組の有志による出し物だってさ」
「へぇ、そうなんだ。ウチのクラスはそんなのやってなかった気がする」
「ウチらのクラスもだよ」
「私たち清掃部だしなにもしてないね」
「でも片付けは手伝うでしょ」
「そうだった……」
杏子の言うとおり、清掃部員は全員文化祭の後片付けをしなければならない。
少し待っていると視聴覚室の方から生徒が2人歩いてきた。少し間を置いた後、また2人の生徒が歩いてきた。その後も2人、1人と少し間を置きつつ生徒が列の横を通っていく。
すると列が進み始めたけれど、前の7人が進んだところで吸血鬼の格好をした係の男子生徒に「すみませーん、一旦ここまでです。少々お待ちくださーい」と止められた。どうやら4組ずつ入っていくらしく、1組出たら1組入れるというわけではないようだ。
「2人1組かお1人で並んでくださーい。必ず2人以下ずつでお願いしまーす」
係の人が後ろの方へ呼びかけたので後ろを振り返ると、私たちの後ろにも列ができていた。
「柑那はお化け苦手だっけ?」
「ううん、別にそこまで苦手じゃないよ。杏子は?」
「私もそこまでじゃないかな。でもビックリハウスって名前なんだから、たぶんお化け屋敷ってわけじゃないよね」
「だよね。どんな感じだろうね」
再び少し待っていると、前の廊下から2人の生徒が歩いてきた。どうやらそろそろのようだ。2人、2人、1人と列の横を通り過ぎると、係の人に前に進むよう誘導された。
視聴覚室は他の教室とは少し離れている。
視聴覚室へ続く廊下の左側にはトイレがあり、右側には畳が敷かれていてまるで居間のような部屋がある。
その部屋には一度も入ったことはなく、用途もよくわからない。扉が開いていたときにちらっと中を見たことがあるだけだ。現在邦南高校に茶道部や華道部はなかったはずなので、昔あった時代にでも部室として使っていたのだろうか? それか昔宿直時に使われていた部屋かもしれない。どうやら今日も使われてはいないらしい。
それと先程も思ったことだけれど、何故順番待ちの列が視聴覚室前で形成されていないのだろうか? 視聴覚室前で列を作ると出る人の邪魔になるから?
「少しドキドキしますね杏子さん」
「そうですね柑那さん」
廊下突き当たりの左側にある視聴覚室の前へ着くと、手前の出入り口には『入口』と書いてあった。手前が入口で奥の出入り口が出口のようだ。
「それでは1組目どうぞ〜。危ないので走らずゆっくり歩いて進んでくださいね〜」
魔女の格好をした係の人に誘導され、1組目の私たちから中に入った。
中へ入ると視聴覚室内はかなり薄暗く、不気味なBGMが流れている。垂れ幕やテーブルなどで通路が作られていて、指定されたルートを進んでいくようだ。お化け屋敷と同じようなスタンスらしい。
とりあえずルートどおりにゆっくり歩みを進めると、誰かが通路を塞ぐように立っていた。気味が悪いけれどルート上近づくしかない。……口裂け女だ。
「私の話を聞いてくれたら退いてあげる」
これは聞くしかないようなので「……はい」と小声で返した。口裂け女ということは「私キレイ?」とでも聞かれるのだろうか?
「テスト中にお腹が痛くなってきた」
……あ、なんか全然違うっぽい。
「授業中にうたた寝してたら当てられた」
中学のときにあったなぁ……。
「登校中気付いたらスマホがなかった」
それは大変だ。
「お弁当を開けたら中に蠅がいた」
Oh……。
「まだノートに書いてる途中なのに黒板消された」
あるある。
「休み時間にトイレで鏡を見ると鼻毛が出ていた」
う……。
「前髪が最悪の日に好きな男子に話しかけられた」
あー……それは……。
「いつの間にか体重が5キロ増えていた」
あ、私食べても太らない体質なんで。
「家に帰ると家族全員虐殺されていた」
急に怖い。
「……通っていいわよ」
……よくわからないけれど、どうやら通っていいらしい。
口裂け女が道を譲ってくれたので横をすり抜けてようとすると
「キャ!」
「ピャーー!!」
首筋に冷たいなにかを当てられた!!
すぐさま後ろを振り向くとゾンビ姿の女子生徒が「ゔゔゔー……」と声を出し、こちらに襲いかかろうとしている。
「逃げよ柑那」
「うん。それより杏子『ピャーー!!』って。あはははは!」
「だってビックリしたんだもん!」
そのあとも風船の破裂する音や血だらけの死体やお化けの仮装をした人に驚かされたりしながらも進んでいく。
騒ぎながら角を曲がると、少し明るくなっている場所に着いた。机の上にランプが置いてあり照らされている。そしてランプの横にはボールペンと紙があり、紙にはなにか書かれている。
『クラスと名前を記入してください』
杏子が「私から書くね」と言い、机の上に置いてあったボールペンをカチッと押すと「いたっ!」と右手を振り回しボールペンを床に落とした。
「どうしたの?」
「これビリビリボールペン!」
「あはははは!」
「痛かったー! 柑那もやってよ」
「いやだよ」
「えー! 私だけじゃ不公平じゃん!」
「杏子が先に書こうとしたからでしょ」
「ちぇー……」
「ほら、前の人たちもちゃんと書いてるみたいだから私たちも書こ」
先に杏子が記入を済ませ、続けて私も記入をしていく。
しかし名前を書いていると、急に左足をギュッと掴まれた。
「キャーー!!」
体がビクッとなり悲鳴を上げる。
すると左足を掴んでいた手が離れた。
「ビックリしたー! 急に足掴まれたー! 誰か隠れてるよここ!」
「アハハハハ! 私柑那の声に驚いちゃったよ」
また足を掴まれては堪らないので、さっさと記入を済ませ先に進む。
「私がビリビリボールペンだったから柑那が足掴まれたのかもね」
「だね。1人で入った人は両方なのかな?」
「アハハ、なら2人でよかったね」
杏子がそう言った瞬間
ビービービービー!!!
ウーウーウーウー!!!
ピロピロピロピロ!!!
あちこちからけたたましく緊急地震速報の音が鳴り響く。
「えっ、地震!? ヤバいよ柑那!!」
「杏子落ち着いて!!」
自分でそう言ったけれど、自分もどうすればいいのかわからない。室内は暗く出口までどのくらいあるのかもわからないので、慌てて出ようとすれば逆に危ないかもしれない。かといってなにが置いてあるかもわからないここに留まるのもどうなのか……。
「ヤバいって!!」
「おいおいマジかよ!!」
「キャーー!!」
「落ち着けって!!」
他の生徒たちも慌てている。
なんでよりによって文化祭当日に……。
どうすればいいのかわからず呆然としていると、緊急地震速報の音が止み「えー、今のはビックリハウスの仕掛けですのでご安心くださーい。地震は嘘でーす。引き続きビックリハウスをお楽しみくださーい」視聴覚室内に男子生徒の声が響いた。
「ちょっと!! 怖過ぎだってば!!」
「マジビックリしたんだけどーー!!」
「ダハハハハ! お前ビビり過ぎ!」
「こんなん驚くに決まってるだろ!!」
あちこちから声が聞こえてきた。
私たちのあとに入った他の組の人たちだろう。
大声でリアクションしたくなるのは同感だ。
「……メチャクチャビックリしたー! 柑那はビックリしなかったの?」
「ううん、私もかなりビックリしたよ……」
「だよね、あれはズルい」
「ズルいね」
「……でも確かに私らのスマホ鳴ってなかったし、揺れも全然なかったね」
「そうだね」
今思えばそうだけれど、こんな状況であの音が聞こえた瞬間にそんなことまで頭は回らない。
「……進みましょうか杏子さん」
「……そうですね柑那さん」
気持ちを落ち着かせビックリハウスを進み、ようやくゴールに辿り着いた。
ゴールは明るくなっていて係の女子生徒が1人立っている。
「お疲れ様でした〜。楽しかったですか〜?」
「楽しかったです! でも緊急地震速報の音はズルいですよ! 柑那はなにが1番驚いた?」
「私も緊急地震速報の音が1番ビックリしました」
「あれ普段でもビックリするからね」
「でも足掴まれたのもかなりビックリしました」
「あー、あれね。一応言っておくけど足掴んだのは女子だから安心してね」
「そうなんですね、よかったー」
「2人とも1年生だよね?」
「はい」
「そうです」
「これ最後にどうぞ〜。手出して」
言われたとおりに私も杏子も右手を差し出す。係の女子生徒がそれぞれの掌の上に同時に握りこぶしを添えると、その手を広げなにかを置いた。
飴かなにかかな? そう思ったけれど大きい虫だった。
「キャーーー!!!」
「イヤーーー!!!」
「あはは、そのゴキブリおもちゃだからね〜。以上でビックリハウス終わりで〜す。ありがとうございました〜」




