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沼下 1

 やっちまった……。


 電車を降りて学校に向かって歩いている最中、何か違和感があったのでズボンの左ポケットに手を突っ込んだ。するとそこに入れていたはずの5個のサイコロが全てなくなっていた。小さい穴が空いてやがった。何処かで全て落としてきたようだ。どうりで何かが入っている感触が一切しなかった訳だ。普段左ポケットなんぞ使わないから穴が空いてることに気付かなかった。こんなことなら手品やマジックに使う他の道具同様カバンに入れておけばよかったか……。

 家に予備のサイコロはあるが、時間的に取りに戻るのは無理だ。諦めるしかない。

 淡い希望を持ったまま学校近くのコンビニに寄ったが売っていなかった。当然か。学校の購買でも売っていないだろう。


 さてと、本当にどうするか。

 マジックショーではサイコロを5個使った手品をやる予定だったが、そのサイコロがない。しかしサイコロがないのであれば、代わりにコインを使った手品を多くやればいいだけなので、そちらはなんとかなるだろう。

 一方コントはどうなんだ?

 仮にサイコロがない場合を考慮してみるか。

 開けた笊の中に何もなかったら他の部員連中は演じ難かったりするのか? それとも関係ないか?

 出目の関係上一応観客からはサイコロを見えなくしている。そこは問題ないだろう。

 しかし振るときに多少音もするし、中が空なのはダメか?

 音が鳴る他の物を使う手もあるが、これはミスったら終わりだ。

 なら正直に部員に言うか?

 ……いや、まだ時間はある。サイコロが手に入らなかった場合だけ白状すればいい。


 教室に入るとそれなりの生徒がすでに登校していた。いつものこの時間であればもう少し少ないだろうが、文化祭だからかいつもより早く登校する生徒が多いようだ。

 だがこの中に普段からサイコロを持ち歩いている奴などいないだろう。

 しかし困ったときの生徒会と文化祭実行委員だ。

 教室内を見渡すと菊池も神崎もすでにいる。

 菊池は朝に生徒会の活動がないときはいつもギリギリの時間に登校する。ということはおそらく朝早く登校し文化祭のミーティングなどをしたあと、早めに解散し教室に戻ってきたのだろう。

 神崎も同様かもしれないが、あいつはそんなことがない日でも早く登校している。

 さてと、菊池と神崎、最初にどちらに相談するか?

 勿論ここは菊池だろう。

 もし神崎にサイコロが必要なことを相談すれば「何故自分で持ってこなかった」と責められる。ポケットに穴が空いていて落としたと説明しても、どうせネチネチ小言を言われる。そんなことになるのは明白だ。

 なので当然菊池一択。丁度暇そうにしている。


「菊池ー、ちょっといいか?」

「何〜、ハヤトン?」


 こいつは毎回俺のことを「ハヤトン」と呼ぶ。俺の名前が隼人(はやと)だからだ。


「サイコロが必要なんだが生徒会室にサイコロないか? あそこ確か物置部屋が併設されてて備品とか置いてあるよな?」

「サイコロならあると思うよ」

「なら貸してくれ」

「いいよ〜。今すぐ?」

「ああ。ホームルームまであと10分あるし、多分取って戻って来れるだろ」

「よーし、なら急いで生徒会室行くぞー!」


 菊池と職員室へ向かい生徒会室の鍵を受け取ってから生徒会室へ向かった。


「サイコロ何に使うの?」

「演劇部のコントとマジックショーで使うんだよ。ポケットに入れてたはずなのに、穴が空いてて全部何処かに落としちまった」

「あらら、それは災難だねー。それでサイコロ何個必要なの?」

「できれば5個、最低でも2個だな」

「んー、1個はあると思うけど5個はないんじゃないかなぁ……」


 1個か……。ま、無いよりはいいだろう。

 それを俺が家から持ってきたことにすれば、皆から「落としたんじゃなくてどうせ忘れてきたんだろ」とは責められないからな。


 生徒会室に着き菊池が鍵を開けたので中に入った。

 始めて生徒会室の中を見たが特に変わったところはない。少し拍子抜けだ。普通の教室などと違いもっと特殊かと思っていたんだが……。

 生徒会室に置いてある物などをジロジロ見ていると、菊池は隣接している物置部屋へ入っていった。


「えーと……このダンボールの中に1個はあると思う」


 そう言いながら抱えて持ってきたダンボールの中を確認すると、オセロや将棋の盤に駒、けん玉やルービックキューブやジェンガなども入っていた。バックギャモンがあればサイコロ2個は確定なのだが、流石にそれは見当たらない。

 しかし隅の方を漁ってみるとサイコロを2個発見した。大きさも丁度良い。


「お! 2個見っけ!」

「あれ、なんで2個? ……ま、いっか」

「菊池ー、サンキュー、助かったぜ」

「いいってことよ〜。でも2個でいいの?」

「十分十分、2個ありゃ問題解決だ」

「そっか〜。なら戻ろっか」


 生徒会室を出ると菊池が鍵を戻しに職員室へ向かったが、俺は無視してそのまま教室に戻った。

 すると鐘が鳴ると同時に菊池が教室に急いで戻ってくるなり俺に文句を言ってきた。


「ちょっとハヤトン! アタシ置いて先に1人で行かないでよ! アタシギリギリだったんだけど!」

「菊池ー、何言ってるんだ。俺が一緒に職員室に付き添ってもお前の歩くペースは変わらないだろ。なら俺だけでも遅刻扱いにならないよう教室に直行するべきだろ。それにサイコロが手に入った以上お前はもう用済みだ」

「ちょっと、酷くない!?」

「菊池ー、間に合ったんだからもう気にするな。ほら、シバケン来たからさっさと自分の席に戻れ」

「くそー……」


 菊池は渋々自分の席に戻っていった。

 こうやってあいつをからかうのは面白い。

 以前菊池にコインの瞬間移動の手品を見せたことがあった。そのとき本人には内緒でゴキブリのおもちゃを菊池の机の中に瞬間移動させた。勿論実際は瞬間移動ではないがそういう(てい)だ。すると授業中に机の中を確認した菊池が悲鳴を上げ、回りのやつらもその悲鳴に驚き、おまけに菊池がぶん投げたゴキブリのおもちゃが神崎の机の上に見事に着地して、神崎まで大声を出し椅子から跳び上がっていた。あれは最高だった。

 ま、俺はその後菊池と神崎とシバケンから怒られ、ゴキブリのおもちゃも没収されてしまったんだが。

 しかしそのゴキブリのおもちゃは俺が買ったものではない。去年の夏に何処かの馬鹿な後輩がイタズラで学校中にゴキブリのおもちゃをバラ撒いたことがあり、そのときにいくつかくすねておいたものなのだ。

 そして今日のマジックショーでもゴキブリのおもちゃを使う予定だが、こちらは特別製だ。なんせ本物そっくりな上に動く。兄貴が趣味で改造したものだからだ。

 ターゲットを神崎にできれば最高だが、神崎が来ない場合でもターゲットを山吹か松葉にするだけなので問題はない。あの2人が観に来ることはホームルーム後の時点で向こうから知らされた。以前手品を見せたときの反応が良かったからもう一度観たいということだろう。おまけにコントも観に来るようだ。

 しかし可能であればやはり神崎を狙いたい。そのためにマジックショーの時間帯を神崎の自由時間と被らせるよう元木に働きかけてもらった。勿論神崎はこのことを知らない。

 それでも神崎が来るかどうかは本人の意思次第になるが、愉しみに待つことにする。

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