神崎 4
沼下に腹を立てながら帰宅すると、家族は皆夕食を既に済ませていた。帰るのが遅くなる日にはよくあることだ。
手を洗ったあと、先に荷物を置き制服から着替えるため自室のある2階に上がる。
すると妹の紗羅が「キャー!」と悲鳴を上げながら部屋から出てくるなり扉を強く閉めた。手前の部屋なので紗羅自身の部屋ではなく自分の部屋だ。おそらくいつものように勝手にこちらの部屋へ入り、勝手に何かを持っていこうとしていたのだろう。
「どうした?」
「あ、お兄おかえり。じゃなくて! 今お兄の部屋の隅に超デッカイ虫いたんだけど!」
「は!?」
「しかもあれ絶対ゴキブリだよ! ここらへんにいないはずなのに! 私ゴキブリなんて絶対無理だから、お兄自分でなんとかしてよね! じゃ!」
「お、おい!」
紗羅は言いたいことだけ言うと1階へ降りていった。
昼間に続きまたゴキブリを相手にしなければいけなくなってしまった。
おまけに本物のゴキブリなんぞどう対処すればいいのか……。
……いや、ゴキブリは今まで一度も家の中に出たことがないのだからこれはどう考えてもおかしい。それに今日の文化祭中に他の生徒もこの辺にゴキブリはいないと言っていた。自分も実際に見たことはない。
つまりたまたま何処かからか入り込んだ大きな虫かただのゴミかなんかを紗羅が見間違えただけだろう。そうに決まっている。
……いやまて、沼下が最後にカップの中のゴキブリを消した際「何処にいったかわからない」と言っていた。そして『ゴキブリ神崎』の逆にしたものを呪文として唱えてもいた。おまけに沼下は以前「ストーリー性があるのがマジックだ!」とも言っていた。
……もしやストーリー性とはこれのことか?
てっきりペットボトルの中身とカボチャ柄の布のことを指しているものだと思っていた。
……いやいや、本当に沼下がマジックであのゴキブリをこの部屋に瞬間移動させたとでもいうのか?
そんな馬鹿なことあるはずないだろう。
あり得ない、流石にそれはないはずだ。
……いやしかし、もし沼下がこの部屋に仕掛けるためだけにわざわざこの家に来ていたなら……。
……あいつはうちの場所を知っているのか?
あいつとは中学から同じだが、小学校は違かったのでお互いの家はそこまで近くはないはずだし、こっちは沼下の家の場所なんて知らないぞ。
……もしや元木や菊池あたりにでも聞いたか?
あの2人ならうちの場所を知っている。
……わざわざそこまでするか?
……いや、あいつならやりそうだ。
……いやまて、あれは本物だったのか?
確かにカップの中を動き回っていたが、おもちゃだったかもしれない。
そうだ、そもそもゴキブリなんぞこの辺にはいないのだから、仮に沼下が仕掛けた物だとしてもおもちゃに決まっている。
……いや、もし沼下が何処かの店でゴキブリを購入していたら……。
……いやまて、そもそもゴキブリは店で売っているのか?
スマホで調べると、どうやら専門の店なら買えるようだとわかった。
……もし沼下がこの家に来たのであれば、おそらく母か妹もグルでイタズラの内容を知っているはずだ。まさか本物のゴキブリを家の中に野放しにすることを許すとは思えないが、一応問い詰める必要はある。
ということで1階に下り、母と妹のどちらがグルかを白状させることにした。
「母さん、紗羅、今日うちに俺の知り合いだとか友人だとか言った奴が来ただろ」
「え? そんな人誰も来てないわよ?」
「お兄何言ってんの?」
「嘘なんかいいからさっさと正直に言ってくれ。沼下って奴が来て俺の部屋に入れただろ」
「樹、あんたさっきから何言ってるの? そんな人来てないし、母さんずっと家にいたけど今日は誰も来てないわよ」
母の様子を察するに嘘はついていないように思う。
……どういうことだ?
「……悪い、俺の勘違いだったかもしれない」
「お兄、あれもう退治したの?」
「まだだ」
「あれって何?」
「お母さん、お兄の部屋にゴキブリ出たの!」
「ゴキブリなんてこの辺にはいないわよ」
「そうなの? 絶対ゴキブリだったけど?」
「他の虫と見間違えたんでしょ。樹、あんた早くご飯食べなさい」
「わかってるよ」
沼下は来ていないようなのでどうやら前提が間違っていたようだ。
となると母さんの言うとおり紗羅の見間違えか。
まったく、人騒がせな妹だ。
もう一度2階に戻り自室に入ると、部屋の隅に普通にゴキブリがいた。
いるじゃないか!!!
とっさに部屋から出て扉を強く閉めた。
…………は?
……いやいや……まてまて……。
…………いやいやいやいや……んん?
……いや、まて……つまり…………え?




