神崎 2
武道場へ向かい中に入ると、既に15人程度の生徒が集まっていた。同じクラスで沼下と仲の良い山吹と松葉もいる。
武道場後方には中華料理屋のセットや小道具等が置いてある。これらは演劇部がコントで使用したものなのだろう。
前方には畳が敷いてあり、そちらを向くように椅子が並べられている。どうやら沼下は畳の上をステージにしてマジックショーをするようだ。
しかしあと3分で午後1時なのだが沼下の姿がない。
何故か代わりに演劇部部長の手塚が「はい、もう少しでマジックショー始まります。絶対にこちらの畳側には入らないでください。そこに並べてある椅子に座って観てください。前が邪魔で見えない人は立って観てください」と来た生徒に説明している。どうやら手塚が沼下の手伝いをしているようだ。
皆が座り始めたので自分も前に人がいない見やすい席を探しそこに座る。
観客全員が座ると手塚が右側にある武道場の入口を閉めた。どうやら始まるようだ。手塚がそのまま前方へ移動する。
しかし沼下はまだ現れない。もしかして何かの演出か? そう思った瞬間
「はい! マジックショー始めまーす!」
そう言いながら沼下が観客の後ろから登場した。
おそらくコント道具の後ろにでも隠れていたのだろう。
「あ、あっちの人がやるんだ」右隣に座っていた知らない生徒が呟いた。確かに沼下を知らない生徒からすれば、手塚がマジックショーをやるものだと勘違いしてしまっただろう。
沼下が前方へ移動し手塚と小声で少し話すとマジックショーが始まった。
しかしマジックショーと言っても高校生が文化祭でやる程度のものだ。
ステッキが花になったり、カボチャ柄が入ったオレンジ色の大きな布を沼下と手塚の2人で広げ、畳み、また広げたら小さくなっていたり、水が入ったペットボトルの中を一瞬で空にしたりと大したことはないように感じた。
そういったものは結局タネのある道具を使ったり、やり方さえ分かれば誰にでもできるようなことだと個人的には思っているからだ。
左に座っていた2人組の生徒は「お〜、すごいな〜。唐川はあれどうなってるのかわかる?」「いや、テレビでも見たことあるけど全然わからないよ」などと会話していたが、自分はもう少し凝ったものが観たかった。
10分程披露したあと「ま、大体こんなとこですかね。じゃ、手塚君、机よろしく」と手塚に命令した。
手伝い要員の手塚が机を観客前の床に運び、沼下が何かが入ったカバンを机近くの床に置いた。
「はい、次はこの上でやります。えーと、見やすいように前の人たちは椅子を持ってきて近くに寄って座って見てください。前は5人でお願いします。残りの人はその後ろで立って見てください」
どうやら今度は机の上でやるようだ。
沼下の言われたとおり観客は手塚が運んできた机の前に集まる。
自分は後ろでも構わなかったのだが、沼下が「そこの文化祭実行委員長殿は是非正面の椅子に座って見てくださいね」そう促してきた。
そんなことを言われれば拒否したところでさらに催促され時間を食うだけだ。それでは他の生徒の迷惑にもなりかねないので、仕方がないが受け入れることにした。
「失礼」と言いつつ、周りの生徒に退けてもらい正面の椅子に座る。
すると沼下は「あ、それと手塚君、君はもう用済みなので好きなとこ周ってきなさい」と言い放った。
沼下の横にいた手塚は「はぁ?」と呆れたような声を漏らし、山吹と松葉に「だはは、手塚もういらねぇってよ。じゃーなー」「手塚、お前はもう用済みだ! あはははは!」などと貶されながら見送られ、そのまま武道場を出ていった。
手塚も何故こんな奴の手伝いなぞ引き受けたのか。
「はい、じゃ始めますね」
何事かもなかったかのように沼下がカバンの中からハンカチとコインを取り出し机の上に置いた。
しかしマジックショーと言っていたがこれは手品ではないのか? 個人的には小手先の器用さなどでやるものが手品で、大掛かりな仕掛けがあるようなものをマジックだと思っているのだが。
「はい、ここにコインが2枚あります。普通のコインです。そしてこちらも普通の白いハンカチ2枚です。君と君、試しに触ってみてください」
沼下に指名された自分の両隣の生徒がハンカチとコインを触り確認する。テレビなどで手品をする場合にはよくある件だ。
4枚のコインには表裏ともにトランプのキングのような絵が描かれており、白いハンカチは2枚とも無地のものだ。
「普通のハンカチです」
「これ何のコインっすか?」
右隣の生徒がテレビではやらないような返しをした。
後輩がこんな状況でよくそんなことを聞けたものだ。
「父親の手品道具からちょろまかしてきたので何のコインかは知りませんね」
「アハハ、つまりそれってこのコインが普通かどうかはわからないってことっすか?」
「ならこのコインは普通かどうかはわからないコインってことで」
「アハハハハ」
手品師には話術も必要だとテレビで聞いたことがあったが、その点においては沼下は才能があるように感じる。
しかし先程から思っていたのだが、沼下のキャラというか喋り方が普段とは違い過ぎる。普段の沼下を知っている人が見ればかなり違和感を覚えるはずだが、山吹も松葉も何も突っ込まない。2人は以前にも見たことがあるのだろうか?
「これらのコインが普通のコインかはわかりませんが、どんな特殊なコインでも流石に瞬間移動はしないですよね」
成程、コインの瞬間移動をするようだ。
「こちらに1枚、そしてこちらにも1枚置きます」
沼下が机の右と左にコインを1枚ずつ移動させた。
「そしてこのようにどちらにもハンカチを上から被せます。そして、キーザン、カーリブッキ、GO! と呪文を唱えます」
沼下が右のハンカチをめくると、その下にあったコインは2枚になっていた。
「おおー!」
「すげぇ!」
確かにさっきまでのとは違い、これはテクニックが物を言いそうな手品なので純粋に凄いと思ってしまった。
「すみません、瞬間移動は失敗してしまいました」
そう言った直後に沼下が左のハンカチをめくると、その下にはコインが2枚あった。
んん??
「え!?」
「あれ!? 増えてね!?」
「ですがこのコイン、どうやら普通のコインではなかったようで、勝手に増えてしまったようですね。失礼しました。次は成功させたいと思います」
沼下が再び左右の2枚のコインの上にそれぞれハンカチを被せる。
「キーザン、カーリブッキ、GO!」
先程と同じ呪文を唱えた後、右のハンカチをめくるとコインはなくなっていた。
「おおー!」
「ならあっち4枚か?」
「すみません、また失敗してしまいました」
左のハンカチをめくると、2枚のコインがトランプのクイーンのような絵のコインに変わっていた。
「しかも今度は勝手に絵柄を変えてしまっていますね。随分とイタズラ好きなコインのようです。今度こそ成功させたいと思います」
沼下が三度左の2枚のコインにハンカチを被せ「キーザン、カーリブッキ、GO!」呪文を唱える。
「ようやく成功しましたね。この中の誰かのポケットの中に瞬間移動させました」
沼下がハンカチをめくると2枚のコインがなくなっていた。そして全員がポケットに手を入れ確認する。
……自分ではないようだ。
「うわ! ある! なんで!?」
1番左に座っていた生徒がズボンの左ポケットの中から4枚のコインを取り出し机の上に置いた。
しかしこういった手品の際、どうしても仕込みではないのかと疑ってしまう。自分にやってくれれば仕込みではないと確信が持てるのだが……。
その後は1番右端に座っていた生徒の左手の中にあるコインを、自分の右隣の生徒の右手の中に移動させたり、トランプを使い後ろで観ている生徒が選んだマークや数字を当てる手品などを披露してきた。
だがそれらの手品にも自分が参加することはなく、どうしても仕込みありきの可能性を拭いきれない。
「はい、次で最後ですね。すみませんが私ちょっと疲れてきちゃいました。そのせいで最後は何が出てくるか制御できないです。一応注意してくださいね」
沼下が何やら意味ありげなことを言いながらカバンの中からプラスチックのカップを取り出し、机の上に横に並べるように置いた。右から順に緑、赤、青、黄の4色だ。
「はい、正面のあなた、このカップに何も怪しいところがないか確認してください。触ってみても大丈夫ですよ」
ようやく自分の番のようだ。流石に自ら正面に座らせておいて何もしないということはなかったか。
4つのカップを手に取り目を凝らして確認する。カップの中も指で擦ったりしたものの一切不審な点はない。普通のカップのようだ。
「何もないな」
「はい、このようにこれらのカップの中には何もありません」
沼下が4つのカップを手に取りこちらにカップの内側を見せると、それらを右から順番に再び机の上に置いた。置く瞬間に何かを入れなかったか凝視していたが、そんなことをしたようには見えなかった。
そして沼下が1番右の緑のカップの上に右手を乗せる。
「さっきと同じ呪文を唱えます。キーザン、カーリブッキ、GO! ……はい、それでは正面のあなた、中を確認してください」
とうやらカップの中を確認する役割も自分のようだ。もしや4つ全部自分がやるのだろうか?
とりあえず沼下の指示に従い緑のカップの中を確認する。しかし中には何も入っていなかった。
…………ん? 臭い。かなり臭いぞ……。
「うわ、くっさ!」
「アハハ、くせー!」
「すみません、誰かのおならがこの中に瞬間移動してしまったようですね」
なんだそれは……。
「あっはっは、誰だよ屁した奴」
「してはないんじゃね? 瞬間移動しただけで」
「にしても臭過ぎるだろ」
「あはははは」
「気を取り直して2つ目の赤いカップにいきましょう。キーザン、カーリブッキ、GO! ……それではあなた、中をゆっくりと確認してください」
沼下が赤いカップを少しこちら側に寄せながら正面の自分に視線を向けた。やはり全部自分が中を確認するようだ。
先程と違い「ゆっくり」と言われたので、カップの奥を机に着けたまま手前側だけを慎重に上にあげる。
すると中から水が流れ出し机の上から溢れ、自分のズボンの上に溢れ落ちた。
「うわ!」
「あちゃー! これはさっきのペットボトルの中の水ですね。この中に移動してしまったようです」
確かに先程そんなマジックをやっていたが、それのせいでズボンに水滴が垂れてしまった。
「おい! ズボンが濡れただろうが!」
「すみません、すみません」
沼下がカバンの中からタオルを2枚取り出すと、1枚をこちらに渡してきたのでそれでズボンを拭う。
その間沼下はもう1枚のタオルで机の上を拭き始めた。
「すみません、何が出てくるかわからなかったもので……」
いや、絶対にわざとだろう。
タオルだって用意していたではないか。
「では3つ目いきますね。……キーザン、カーリブッキ、GO! ……それでは引き続きお願いします」
こうなってくれば当然警戒せざるを得ないが、カップの中を確認しないことには手品が進まないのでやるしかない。
おそるおそる青いカップの中を確認すると、中にはカボチャ柄の小さな布が出てきた。
しかしこれも先程のマジックで使っていたもののように見えるが、ここまで小さくはなっていなかった。
「あらら、いつの間にこんなに小さくなってしまったんですか。これもイタズラが大好きなようですね。それでは次が最後のカップです。……キーザン、カーリブッキ、GO! ……はい、それでは最後もあなたにお願いします」
さて、最後は何が入っているのやら……。
慎重に左の黄色いカップの中を確認する。
!!!
カップの中の正体に気付き、慌ててカップをもとに戻した。
とんでもない奴が中にいた!!!
「おい!!!」
「どうしました? 何が入っていましたか?」
わざとらしく聞き返してくるが、絶対にこちらが大の虫嫌いだと知った上で敢えてやっているはずだ。
カップを開けた瞬間周りからも「うわ!」「げ!」「うっ!」などの反応があった。
去年の夏頃学校内にバラ撒かれたあれにそっくりだった。ということはおそらく……。
「今中に何かいたよな?」
「虫?」
「いや、ゴキブリだろ! 絶対ゴキブリだって!」
「俺もゴキブリに見えた」
「でもここらへんってゴキブリいないよな?」
「だよな。俺も見たことないわ」
「そういえば去年おもちゃのゴキブリバラ撒いた奴いたよな。あれに似てたぞ」
「俺その日休んでたしゴキブリ見たことねぇからわかんねー」
「てことはおもちゃか?」
「でもなんか中でゴソゴソいってね?」
「だよな。音するよな?」
「え、本物かよ……」
「はい、ということでこれにてマジックショー終了です。ありがとうございました。そのカップも返してもらっていいですか?」
「は!?」
「いや、終了ですのでそのカップ回収しますね」
何を言っているんだこいつは?
確かに中の虫が逃げないようカップを上から右手で押さえつけてはいるが、これで終了だと?
「中の奴をなんとかしろ!」
「えー……もう疲れたんでやりたくないんですよねぇ……」
「それはただのフリだろう! 早くなんとかしろ!」
ガサガサガサガサ
明らかにカップの中で動いている。
正直今すぐにでもカップから手を離したいが、中の虫が本物かおもちゃかわからない以上手は離せない。
いつの間にか何人かの生徒は少し離れた場所に避難している。
「しょうがないですねぇ……」
沼下がカップの横に手を添え、弱々しく「キーザン、カーリブッキ、GO」と呪文を唱えた。
「はい、もう中には何もいませんよ」
「本当だろうな?」
「本当ですって」
……いや、先程のを見た限り信用は出来ない。
開けたらやっぱりそのままでおまけに本物でした、では最悪だ……。
「……お前が開けろ」
「はいはい」
カップを押さえつける役割を沼下に任せ自分も距離をとる。
本物だった場合は急いで武道場から出れば良いだろうと思考を巡らせる中、沼下は躊躇なくカップを開けた。
中には何もいなかった。
「でも何処にいったかは私にもわかりませんので、皆様一応お気を付けくださいませ……。はい! これにて本当にマジックショー終了です、ありがとうございました〜」
1人の生徒が拍手をし始めたので自分もとりあえず真似をする。武道場内に拍手の音が鳴り響くと、沼下は観客に向かってお辞儀をした。
数秒の拍手の後、生徒が順に武道場から退出し始める。
武道場の時計を確認すると交代時間まで少し余裕があったので、沼下と少し話しをすることにした。
「お前、普段とキャラが違い過ぎるだろう」
「神崎ー、そんなの当たり前だろ。俺が素のままマジックショーやったら、観客に対する態度が失礼過ぎるだろうが。俺が何のために演劇部に入ったと思ってるんだ」
……こいつはそんな大層な理由で演劇部に入ったのかと少しばかり感心してしまった。
しかし当然口には出さない。
そして次は文句を言わせてもらう。
「そんなことなど知るか。それよりお前のせいでズボンが……」
「ズボンが?」
手でズボンを触ってみるがおかしい……。
先程ズボンが濡れていたはずなのに既に乾いている。
「……あれ普通の水じゃないだろう。一体何だ?」
「神崎ー、手品のタネを教えるとでも思っているのか? ま、不安なら洗えばいいんじゃないか?」
「……前半はけっこう地味だったな」
「本当は火を使ったりガラスを壊して修復したりみたいなのを考えてたんだが、堀先から許可が下りなかったんだよな。だから地味になっちまった」
「当たり前だ! そんなことをやって万が一何かあったらどうするつもりだ! ……それと最後にもう一つ、あの中の虫は本物のゴキブリだったのか?」
「だから言うわけないだろ」
「……お前、俺がここに姿を現した時点で最初から俺をターゲットにする気だったんだろ」
「神崎ー、それは正解だ!」
「何が『正解だ!』だ、ふざけるな!」
「ま、いいじゃないか、少しは楽しめただろ。それにどうせお前は午後の演劇部のコントは観ないんだろ?」
「そうだ、そんな時間などない。俺はこの後も文化祭実行委員長としての仕事があるんだ。だからそろそろ戻らせてもらう」
「へいへい、お仕事頑張ってくださいませ」
堀先は演劇部顧問の堀江先生のことです。




