神崎 1
将棋のはなしや盤面が出てきますが後書きにて少し説明します。
正午を過ぎ文化祭も午後の部に入った。ここまで特に大きな問題はなかったが、そろそろ交代時間か。
文化祭前に元木に「文化祭実行委員長なのだから自由に周る時間など必要ない」と言ったのだが「お前も生徒の1人なのだから文化祭を楽しまないと駄目だ」と、無理矢理その時間を与えられた。
元木とは小学生の頃からの腐れ縁だ。
そして中学時代は逆にこちらが生徒会長を務めていた。そのときは元木に何を言っても軽く受け流されていたのに、高校で立場が逆になったらこれだ。
あいつはオンオフの切り替えがはっきりしていてふざけているときは馬鹿なのだが、真面目な態度をしているときにはこちらの反論を許さないような圧力をかけてくるため、そういったときには非常に厄介だ。
体育館で行われているクイズ大会を手伝っていると、交代要員として来た吉野に「はいはい、さっさと引っ込んでくれないと邪魔だから!」と、交代を迫られた。
追い払われるように体育館をあとにし、取り敢えず昼ご飯を食べることにした。
何かあったときのために文化祭実行委員本部になっている教室で食べるべきだろう。
一旦自分の教室に戻り、アルミホイルで包んだおにぎりが入った巾着と水筒を持って本部へ向かう。「失礼します」一声添えつつドアを開け教室に入ると、中には担任のシバケンが待機していた。シバケンは去年から2年連続で自分の担任になっている先生なので、2人きりでも気不味くはならないだろう。
ちなみにシバケンとは司馬先生のあだ名で菊池が付けた。司馬健なのでシバケンだ。
そして菊池とも元木同様腐れ縁である。
おまけに今は同じクラスだ。
「お、神崎。もしかして今から昼飯か?」
こちらが水筒を持っていたため気付いたようだ。
「はい、一応ここで食べようかと」
「ならそこのバナナも食べていいからな」
シバケンが指差した机の方を見ると、何故か大量のバナナが置いてある。
まさかゴリラの元木が持ってきたのか?
「先生、このバナナは誰が?」
「親が青果店をやっているクラスメイトから常盤が貰ったそうだ。常盤は2年の生徒だが、生徒会だからお前も知ってるよな?」
「はい、生徒会の面々は全員把握しています。文化祭の準備などで顔を合わせているので」
「だよな」
「先生もバナナ食べましたか?」
「ははは、お前が来る前にこっそり食べた。だからお前も食べろよ。こういうのは残る方が困るんだからな」
「はい」
シバケンが座っている場所から少し離れた椅子に座りおにぎりを食べていると、シバケンがこちらを向き質問をしてきた。
「神崎は元木の弟がここの1年生にいるの知ってるか?」
咀嚼中だったので首を軽く縦に振った。
元木の弟は元木弘和といい、将棋部に所属していることくらいは知っている。話したことはないので性格までは知らないが、兄とは顔も体つきも似ていない。
シバケンは「そうか」と一言発した後、紙にペンで何かを書きながら1人で喋り始めた。
こちらが食事中なので食べ進めるのを邪魔しないための配慮だろう。
「去年の文化祭のとき、お前と将棋指したよな」
確かに去年の文化祭中に将棋部でシバケンと対局した。将棋部員と指そうと思っていたのだが、将棋部員が全員対局中だったため、観戦していたシバケンと対局したのだ。
あのときはシバケンと自分の棋力に差があり、こちらが圧勝したのを覚えている。
「今年も将棋指そうと思ってさっき将棋部周ってきたんだよ。それで元木弟と対局したらボコボコにされちゃってさぁ。1手10秒の早指しルールだったんだけど、見たことない戦法使ってきて参ったよ。将棋の駒があれば説明楽なんだが……神崎はこの形見たことあるか?」
シバケンが自分の正面に移動してきて、紙に書いたものを見せてきた。
歩
歩 飛
角 歩 歩 歩 歩 歩 歩 歩
香 桂 銀 金 玉 金 銀 桂 香
将棋の盤面か。
全然見たことがない形だったので首を横に振った。
明らかに普通の戦法ではないだろう。
「神崎も知らないかぁ……。こっち振り飛車だったんだけど、ここから元木弟が、えーと……確か5筋突いて、左の銀斜めに繰り出してきて、おまけに玉を右辺じゃなく左辺に移動させてきてさぁ、全然見たことないっての。早指しルールでこんな見たことない戦法やるのズルいだろ。しかも生徒が教師相手にだぞ、やるか普通? こっちに花を持たせてやろうっていう気持ちとか全然ないのかよって思っちゃうね」
去年のことも含めて言っているのか?
こちらが圧勝したのをまだ根に持っているのだろうか?
リアクションに困っていると誰かが入ってきた。助かった。
……なっしーか。
なっしーとは3年の英語を担当している梨田先生のことで、当然菊池が付けたあだ名だ。
「梨田先生、どうもお疲れ様でーす」
「お疲れ様です」
シバケンが挨拶したあと急いで口の中のものを飲み込み挨拶したが、生徒が教師に対して「お疲れ様です」は変だっただろうか?
いやしかし、無視するのも変だろうし「おはようございます」や「こんにちは」もこの状況では違うような気がする。
こういうときの決まった挨拶があれば楽なのだが、どうすればいいのか毎回迷ってしまう。
元木や菊池であればこんな細かいことでわざわざ悩むことなどないのだろう。そういう部分は羨ましく思う。
「どうも〜、お邪魔するわねぇ。あら、神崎君今お昼ご飯中なのね。全然気にしないで食べてていいからね」
「はい」
なっしーがこちらから少し離れた場所に座ると、シバケンはなっしーの近くの方へ移動し2人で雑談をし始めた。
教師同士の雑談を聞けるのは稀なので会話の内容が少々気になる。
なので聞き耳を立てながら食べ進めることにした。
「梨田先生はどこ周りましたか?」
「私は料理部行ってきました。お菓子美味しかったですよぉ」
「料理部行ったんですね。あそこいつも女子だらけで生徒も教師も男は行き難いんですよねー」
確かにあそこは毎年女子しかいない。
文化祭実行委員からの手伝い要員を誰がやるか決める際も、副委員長で女子代表の浅葱が「あそこは絶対に女子優先だから!」と譲らなかった。
そんなことをわざわざ言わなくてもあそこに行ける男子などいないだろうに。
「ふふふ、そんなこと気にせず行けばいいのに」
「いやいや、流石に無理ですよー」
「司馬先生はどこ周りましたかぁ?」
「私は将棋部行きましたよ。元木弟と将棋指したらボコボコにされちゃいました」
「あら、そうなんですかぁ」
「それに常盤……梨田先生は常盤知ってます? 生徒会の2年女子なんですけど」
「はい、知ってますよぉ、去年授業受け持ったクラスにいたので。眼鏡かけてて身長170cmくらいではきはきしてる女子ですよね」
「そうですそうです。あ、ちなみにその常盤がそこにあるバナナ持ってきたんです。好きに食べてくださいね。それでさっき常盤にオセロ勝負挑まれてオセロしたんですよ。そしたら途中で全部真っ黒にされて……」
「あらあら」
「元木弟も常盤も私に対して一切手加減しないんですよ。参っちゃいますよねぇ」
「もしかして嫌われてるんじゃないですかぁ?」
「えぇ! 嫌われることなんかしてませんけどねぇ……」
「ふふふ、冗談ですよぉ。司馬先生は親しみやすいから逆に容赦しなかったんでしょう」
「そうですかね?」
「そうですよぉ」
いや、ボコボコにしてもいい相手だと舐められているだけだろう。実際去年の自分がそうだった。
「そういえば、神崎」
脳内で馬鹿にした瞬間、急に自分が呼ばれたので少し咽かけてしまった。こちらが丁度食べ終わったと思ったから話を振ってきたのだろうが、まだバナナの最後の一口を咀嚼中だったので視線だけ向けた。
「クイズ大会で校長先生と教頭先生にあっち向いてホイさせたんだって?」
急いでバナナをお茶で流し込む。
「……はい、元木の案です。ゲストとして1問目と2問目に参加してもらいました。ちなみにお二人があっち向いてホイをしてどちらが勝つかを予想する問題です。元木曰く校長先生と教頭先生は昔馴染の仲らしいので、楽しそうにやっておられましたよ」
「あら、そうなの?」
「そうらしいですよ、私も夏休み明けに林先生から聞きました。神崎、クイズ大会の問題は元木が考えたのか?」
「いえ、皆で考えました。学力や知識量で差がつかないように全て邦南高校関連の問題にしました。そこで先生方も巻き込んだ方が盛り上がるかと思い、そういった問題も出題することにしたんです。それと教頭先生は春に倒れられ入院もされていたので、生徒と一緒に少しでも楽しんでもらえたらと」
「成程なぁ。それで校長先生と教頭先生の2問目はどんな問題だったんだ?」
「お二人の下の名前を答える問題です」
「校長先生は耕次で教頭先生は恭次だろ。覚えやすいよな」
「正解です」
「他はどんな問題があるのかしら?」
「邦南高校敷地内のトイレの総数、教師の総数、生徒会長は何組所属か? きっこ先生の苗字は何? とかですかね」
きっこ先生というのは養護教諭の喜久子先生のことだ。更に親しく『きっこちゃん』や『きっこ』と呼び捨てにする女子生徒もいる程、生徒との距離が近く親しみやすい年配の先生である。
決してシバケンのように生徒から舐められているわけではない。
「神崎、お前もきっこ先生呼びなんだな。俺のことも司馬先生呼びだし梨田先生のこともなっしーって呼ばないし」
おそらく脳内でシバケンやなっしーと呼んでいるとは微塵も思っていないのだろう。
「はい、生徒が教師をあだ名で呼ぶのは失礼かと。ですがきっこ先生だけは殆どの生徒がそう呼んでいて、きっこ先生自身もそう呼んでもらって構わないと仰っていたので自分もそう呼ばせてもらっています。なので逆に苗字を答える問題にしました」
「読み方も複数ある苗字だしな」
「そうですね、そこもこの問題のミソです」
「クイズ大会に直接参加させたのは校長先生と教頭先生だけなの?」
「いえ、他には林先生と風間先生にもご参加頂きました。林先生は二重跳びを連続で何回できるか? 林先生の体重はいくらか? 風間先生の好きな女性のタイプは? 風間先生は腕立て伏せを1分間で何回できるか? とかやりましたね」
「お前……それ事前に林先生と風間先生に許可取ったのか?」
「いえ、取ってませんよ。たまたま体育館に来たので皆で無理矢理捕まえました。生徒が楽しんでいる中、流石に無視や黙秘はできないでしょうと」
「ずる賢いな……」
「勿論校長先生と教頭先生には事前に許可を取りました。それに短時間しか拘束しないよう1人につき2問までにしていますよ。ちなみに問題は事前に考えた物の中から適当に選んでいます」
「私だったらどんな問題かしら?」
「梨田先生ですと女性の先生なので、えーと……過去にバレンタインで好きな人に本命チョコを渡したことがあるかないかとか、あとは……ジャカドーラって知っていますか?」
「勿論知ってるわよ」
「ジャカドーラって何だ?」
「男性アイドルグループです。最近メディア露出が増えてきていて、よくテレビにも出ていますよ。それでそのメンバーの中で1番の推しは誰? とかですかね」
「私の推しは楠待君かな」
なっしーが答えるとシバケンは直ぐ様なっしーの方へ視線を向けた。まさか答えるとは思わなかったのだろう。
「神崎君はジャカドーラ知ってるんだ?」
「はい、妹が好きでテレビにジャカドーラが出ているときには必ずその番組がかかっているので自然と覚えました。妹は渡辺イヅマ推しのようです」
「渡辺君は若い子に人気あるからねぇ」
「そうですね、クラスメイトの女子たちからも1番人気がある印象です」
シバケンがジャカドーラを知らない為、会話に混ざれなくなっている。
しかし個人的にこういう場面で無理矢理「そういえば」や「ところでさ」などと言い、話題を変えてくるのはやめてほしい。
何故なら話の流れで偶々そうなっただけであって、ずっとこの話題を続けるわけではないからだ。話題が変わってから会話に加わればいいだろうと思う。
ちなみに妹はそういうことをしてくる人種だ。自分が混ざれない話題を続けられるのが非常に気に食わないらしい。家族で会話をしているとしょっちゅうそのパターンで話題を変えてくる。
さて、シバケンはどうだろうか?
「私の友人にも渡辺君推しの人がいて、一緒にいるときずっと語ってきたりするのよ」
「熱心なファンの方なんですね」
「そうなのよ。ねぇ神崎君、思ったんだけどそのジャカドーラの問題、絶対女子生徒が考えてるわよね?」
「そうですね。女性の先生方に対する問題は女子生徒が考えたものなので。でも前半戦は女性の先生は捕まらなかったんですよね」
「なら私、あとで行こうかしら」
「是非お願いします。ちなみに後半戦は校庭でやりますので」
「えー! 本当に行くんですか!?」
成程、シバケンは我慢できるタイプのようだ。
てっきり妹同様話題を変えてくる人種かと思っていたんだが。
「面白そうじゃないですかぁ。司馬先生も行ってきたらどうですか?」
「い、いえ、私は遠慮しておきます……」
二重跳びや腕立て伏せをさせたのを聞いて日和ったのだろう。
ガラガラ
教室のドアが開き「お疲れ様です」と言いながら今度はフーセンが入ってきた。
クイズ大会に巻き込んだことに対して何か苦言が飛んでくるだろうか?
「お疲れ様ですぅ」
「風間先生、お疲れ様です。先程はありがとうございました」
「風間先生、どうもお疲れ様です。3人いてもなんですので私見回りしてきますね」
「はい、お願いします司馬先生。それより……」
「神崎、お前も昼飯食べ終わったんだからにずっとここにいないで好きなとこ周れよ」
食べ終わった途端に話しかけてきたのはそっちだろうに……。
しかしこの場面で催促してきたのはありがたい。
「はい、今から少し周ってきますよ。なので自分はこれで失礼しますね」
「あ、おい神崎、待て!」
フーセンに引き留められる前に「失礼します」と頭を下げつつ本部の教室を出ると、何故かシバケンが急いで追いかけてきた。
「なぁ神崎、さっき言っていたアイドルグループの名前ってなんだっけ?」
「ジャカドーラですか?」
「ジャカドーラ、ジャカドーラだな?」
「はい」
何故そんなことを聞くのだろうか?
全然興味がないように思えたのだが……。
「それで梨田先生が言っていた奴の名前はくす……」
「楠待ですね、楠待グレン。楠に待機するの待つで楠待、名前のグレンはカタカナです」
「よし、楠待グレンだな。サンキュー神崎。お前も文化祭楽しめよー」
そう言い残すとシバケンは足早に何処かへ行ってしまった。
少し機嫌がいいように見えたのは気のせいだろうか?
…………もしかしたら知らなくてもいいことを知ってしまったのかもしれない。
……まさかジャカドーラの話題を途中で変えなかったのは、そういうことを頭の中で巡らせていたからか?
そんなことを考えながら自分の教室に戻り、巾着と水筒をカバンの中にしまった。
さて、これから何処を周るか。
去年同様将棋部で将棋を指すのもいいかもしれない。
……いや、やはりやめておこう。時間内に終局するかは不透明だ。去年と違い、今年はこのあとも実行委員としての仕事がある。決して元木の弟の全然知らない戦法に恐れをなしたわけではない。
……そういえば沼下が朝のホームルームの最後にクラス全員に対して「午後1時から武道場でマジックショーをやるから暇だったら来てくれ」と宣伝していた。
そして沼下は以前「マジックと手品の違いはストーリー性があるかないか」という意味不明な発言もしていた。
ならばそのストーリー性があるマジックとやらを拝ませてもらうとするか。
将棋のはなしですが、弘和の戦法は作者自身が多用している戦法です。ですが作者自身が考えた戦法なのでネットなどで調べても多分出てこないと思います。大した戦法ではないので実際に使うのはオススメしません。ちなみに相手が居飛車の場合自玉は右辺にいくので、無理矢理お互いの玉を向かい合わせるのが狙いの戦法です。作者が相居飛車と相振り飛車が苦手で力戦が得意なので行き着いた形です。
そしてこの戦法は以前弘和が兄の光一と家で対局した際に光一から喰らい、それを弘和が真似をして今回司馬相手に使いました。その光一も誰かさん(アイツ)から喰らったのを真似したということになっています。一応作中ではそいつがこの戦法を考えたことになっています。そいつと元木のはなしはep.元木で書く予定ですが、将棋を知らない人も多いと思いますので将棋を指すシーンや盤面などはもう書かないつもりです。なのでここで先に説明させていただきました。
将棋を知らない人はそこら辺のはなしはスルーで構いません。知らなくても全然問題ないからです。
将棋は弘和が強いわけではなく司馬が弱いためボコボコにされています。神崎も強いわけではありません。元木もアイツも佐々木も強くはないです。
ただオセロに関しては常盤は鬼強いです。
菱川もそこそこなのですが相手が悪すぎました。
司馬と菊池は……わざわざ書くまでもないですね。




