詩音
結局私と藤澤は教頭のお見舞いには行かなかった。
あの日以降、教頭が倒れた日に学校で子供を見たという話なども聞くことはなく、生徒を代表して教頭にお見舞いに行こうという話も生徒会では出なかった。
それからしばらく経った夏休み明け、始業式で体育館に集まった際、教頭が復職することを伝えられた。
教頭は登壇すると入院中のことなどを語ったが、それを聞いても結局あの日のことは何もわからなかった。
わかったことは、教頭はそこまで重症ではなかったため、会長が見舞いに行ったのはおそらく本当だろうということだけだった。
しかしおそらく藤澤は教頭には聞かないだろう。私も今のところ聞く気はない。藤澤に言われたとおり、正直自分とは関係ない話だからだ。
ある日の放課後、生徒会と各クラスの文化祭実行委員が3年5組の教室に集められた。教師達はいない。何故3年5組かというと会長のクラスだからだ。
どうやら文化祭のことで何かをするらしい。
全員が席に座ると、会長と文化祭実行委員長の神崎という人の自己紹介から始まり、会長はゴリラのものまねをやって笑いをとっていた。
その後、その2人が今回の文化祭に対する意気込みや、過去の文化祭から参考にするべきことなどを語っていたが私は聞き流した。
それが終わるとプリントが全員に配られ、それを書き終えた者から解散、と伝えられた。
皆それぞれプリントに記入し始める。
プリントの内容は、「どんな文化祭が良いか?」だの「やりたいイベントはあるか?」的なアンケートのようなものだった。
面倒なので適当に埋めていき最後の質問を確認した。
今年の文化祭のイメージカラーにしたい色を以下の選択肢から選んでください。
·血のような赤色
·真っ青
·風邪の治りかけに出る鼻水のような黄色
·長年放置された池のような緑色
·ドエロいピンク色
·長時間プールに入っていたときの唇のような紫色
·犬のフンのような茶色
·黒光りしているゴキブリのような黒色
·失神で目の前が真っ白になったときのような白色
·昭和中期に製造された5円玉のような金色
·悔しくて悔しくてしょうがない銀メダルのような銀色
·爽やかなオレンジ色
…………なんだこれは。
こんなのオレンジ一択だろ……。
名前もクラスも書いたんだぞ……。
これで他の選択肢を選ぶやつの気がしれない。
誰だこんなアホな質問考えたやつは……。
会長か? それとも副会長か? 絶対どっちかだ。多分神崎という人ではない。
何が何でもオレンジを今年のイメージカラーにしたいらしい。
クスクス笑い始めるやつが出てきた。隣に座っているアホ副会長も笑ってやがる。てことはおそらく会長の仕業だ。
会長が独断でオレンジにした場合、反対意見があると困るから一応民主主義的に多数決を採ったという体で誤魔化すつもりなのかこれは……。
何故オレンジなんだ? 好きなのかオレンジ色が?
とりあえず、
爽やかなオレンジ色
これを選ぶしかない……。
会長がなんのためにオレンジ色をイメージカラーにしたいのか、何か理由がある気がする。
なのでわざと記入が遅れているようにして最後まで残り会長に直接聞いてみることにした。
ということで、わざと遅らせるために他の項目をしっかり書いて埋めていく。面倒だが仕方ない。
少しすると他の連中が書き終わりだした。さらにもう少し待っていると自分が最後になったので、会長にプリントを渡し話を聞いてみる。
「はい、会長」
「常盤、遅かったな。てっきりお前のことだから雑に書いてさっさと帰るもんだと思っていたんだが」
「そうしようと思ったんすけど、少し気になることがあったんですよ」
「なんだ?」
「この最後のイメージカラーのやつ、会長の仕業ですよね?」
「そうだ」
やっぱり。
「なんで俺だと思ったんだ?」
「書いてる最中副会長が隣でクスクス笑ってたんで。考えた本人ならあんな反応しないんじゃないかと。あと神崎って人のことはよく知らないですけど、自己紹介のとき真面目そうに見えたんで、たぶん会長かなーと……」
「そうか」
「オレンジ色がいいなら会長が勝手に決めればよかったんじゃないすか?」
「それでもよかったんだが一応カモフラージュ的な感じだ。ああすればゴリラのものまねをしたふざけた生徒会長がふざけた選択肢を用意したという印象が残るだろう。結果俺が何故オレンジ色を希望していたのかを疑問に思う生徒は少ないはずだ。それに疑問に思ったとしても俺がただ単にオレンジ色が好きなだけなんじゃないかと思うだろうからな」
「ってことは会長がオレンジ色が好きだからってわけじゃないんすよね? なんでオレンジ色なんすか?」
「ただの俺の自己満足のためだ。……俺は今年の文化祭を佐々木のための文化祭にしたいと思っている。俺が会長の今年しかチャンスはない。だがそんなことを他の生徒や教師には知られたくないんだ。生徒会長が1人の生徒を依怙贔屓するなど本来あってはならないからな」
「なんで佐々木のための文化祭だとオレンジ色なんすか?」
「それはノーヒントだ」
「ええ……。それって佐々木本人は知ってるんですか?」
「教えてないから知らないだろう」
「なら意味ないんじゃ……」
「仮に伝わらなかったとしても構わん。さっきも言ったがただの俺の自己満足のためだ」
「でも佐々木って生徒会の仕事で文化祭中忙しいですよね?」
「当日、午前中の演劇部の公演中と、午後から佐々木が抜ける時間帯は佐々木をフリーにする。それにお前らにもそれぞれフリーになる時間を用意するように予定を組むからな。それなら問題ないだろう」
「まぁ、文化祭実行委員もいるし、それはなんとかなるでしょ。それで佐々木には会長が出る劇を見てもらうってことですか?」
「そうだ、佐々木に楽しんでほしくてな。俺が出る劇も含めて佐々木に友人達と見て笑ってもらいたいんだ」
「……そうですか」
「それと俺が抜ける時間は常盤が俺の代わりをやってくれ」
「え? 副会長じゃなくてですか?」
「そうだ。あいつも俺も文化祭で引退だからな。そして俺は次の生徒会長はお前にやってほしいと思っている」
「はぁ!! 私ですか!? いやいや、そんなガラじゃないですよ私……」
「俺がそう思っているだけだ。常盤がしたいようにすればいい」
「……そすか」
「他に何かあるか?」
「アンケート結果見たいんすけど……」
「いいぞ」
他の人のアンケート結果を確認してみる。
まさか他の色を選んだやつはいないよな……。
ドエロいピンク色を選んだ馬鹿が1人いた……。
しっかり名前も書いてある……。
2年2組高橋友彦
「……会長、ピンク選んだやついました」
「何? 本当か!」
会長も確認すると大声で笑い出した。
「ハハハ、大したやつだ。しっかり名前も書いてあるな。ハハハハハ」
「…………」
その日、何故佐々木だとオレンジ色なのか少し考え、もしかしたらと思ったことをネットで調べてみた。
成程な、そういうことか。
会長は今年の文化祭をそういう文化祭にするようだ。
会長は佐々木には言わないと言っていた。私から言うべきだろうか……。




