↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
遅れて来た婚約者  作者: 井中エルカ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
37/44

第37話 まるで同じ

 どうしたらいいのだろう。立ちふさがる奥様の先、長椅子にジャンヌお嬢様が座っている。窓際に背を向けたヴァロン侯。入口付近の壁に老女中のアンナ。ということは、突破すべきは目の前の奥様だけだ。

 事をあせらず、でも引き下がらない。あくまで従順な女中のように、私は事態を報告する。

「お客様がお命じになったのです。訪ねる先があるから、私には先に城へ戻るようにと……」

「それで素直に従ったの?」

 奥様は嘲笑する。

「あの若者は逃げたのね? もう戻って来ないつもりかしら?」

「いいえ、なるべく早く戻る、とおっしゃっていました」

「まあ、そう……そんな言葉を信じるだなんて、考えが甘いわ。賢そうに見えても、お前はまだ若いのね」

 その通りだけど、余計なお世話だ。

 奥様の嫌味にいちいち腹を立ててはいけない。フェリックス様の味方をしていることも悟られてはいけない。でも。

「フェリックスはお前をさぞかしい(・)い(・)目(・)に合わせてくれたのでしょうね。それですっかりお前が、彼の言うことを聞くようになってしまうくらいに……」

 思わず目を剥いてしまった。それは奥様の思い込み。そんな既成事実はない。ないことを、わざわざジャンヌ様の前で言わなくてもいいのに。

 反抗的だと思われたくないけど、これくらいは問題ないはず。私は平身低頭、申し上げる。

「お疑いになるようなことは、何もございません」

「今さら、そんな言い逃れを?」

 奥様は鼻で笑う。

「のこのことやって来て、恥ずかしげもなく、よくその顔を出せたものね」

 奥様の手が私の肩を後方に押す。私が後ろに数歩下がった所で奥様が鋭く号令する。

「お下がりなさい!」

「下がらなくていいわ!」

 すかさずお嬢様の声が言った。強い口調で奥様に反論してくださった……うれしくて涙が出そうになる。


 奥様は不機嫌だ。手を振って合図をし、老女中のアンナを部屋から下がらせる。

 出入口は十分広いのに、アンナは私のすぐ横をぶつかるように通る。それ幸いと、私は彼女と入れ替わって室内に入る。さっきまでアンナがいた場所からお嬢様に目礼し頭を下げる。だけど、まだ言葉をかけられる雰囲気でない。

 

 奥様はますます不機嫌になった。奥様はお嬢様の隣に座る。お二人の膝が触れそうなくらいの近さから、奥様はお嬢様に言い聞かせる。

「感心しないわよ、ジャンヌ。自分の婚約者と情を通じた女中を側におくなんて」

「婚約者になる以前のことでしょう? 正式に婚約するまでの恋愛は自由、お互いにね」

 お嬢様はそう言うと、奥様から少し離れて座り直す。

 

 お嬢様が奥様の言いなりにならないのはよい傾向。だけど、状況は恐れていた通り。フェリックス様がお嬢様の婚約者になってしまっている。

 数日前まではあんなに反発していたのに。恋人のリュシアン王子は、もう完全に過去の人? 私は間に合わなかった? もう、何を申し上げても無駄なのだろうか。

 

 奥様はわざとらしく首を傾げ、お嬢様に尋ねる。

「それで終わりならいいのだけどね。子どもは、どうするの?」

「子ども?」

「そう。女中のお腹にいる子どものことよ」

 奥様は繰り返す。

「主人が女中に産ませた子どもよ。どうするつもり?」

 それは、ない。絶対にない。誰も見ていないけれど、私は強く首を横に振る。

 奥様はありもしないことを繰り返し言っている。繰り返されるうち、それが事実のように思い込んでしまう。ジャンヌ様、どうか奥様の術中に陥らないでください。

「どうもこうもしないわよ……」

 お嬢様は、確認するように私を横目で見る。私はうなずく。今度は伝わった。

 お嬢様は奥様にはっきりと答えて言う。

「別に、構わない。先に生まれたなら、次は私の子の乳母をしてくれればいいわ。レアの子なら私の子も助けてくれるでしょうし、血のつながった乳兄弟なら、なお心強いわ」

 

 ……。

 ……頭の中が真っ白になった。そして。

「滅相もございません」

 言って、私は顔を伏せ、絶句する。

 お嬢様は私を信頼してあのように言ってくださったのだ。ありがたいことに。なのに、全く喜べない。

 だって、全く同じなんだ。二十数年前、奥様がジョルジェット様に言ったことと、たった今、お嬢様がおっしゃったことと……。

 思念の中の光景を思い起こし、私は天を仰ぐ。

 あの時とまるで同じじゃないか。実際には私は妊娠していないし、子の父親が分かっているという点も違う。でも、この際それは問題じゃない。

 

「ならん!」

 それまで沈黙していたヴァロン侯が突如として怒鳴る。少し離れた窓際に立ったまま、睨みつけるようにお嬢様の方を見ている。

 お嬢様はお父上の様子を確認し、軽く肩をすくめる。いつもの癇癪くらいに思っている。

 奥様が声を出して笑う。響くくらいの大笑いだ。

「私も同じことを言ったことがあるわ」

「同じ?」

「私にも頼りにする女中がいてね、子供ができてもお城にとどまってくれるよう頼んだのだけど、だめだった」

 その女中というのはジョルジェット様のことだ。フェリックス様のお母上の。

「恋人が迎えに来て、彼女は城を出て行った。着ていた服とマントを城門に脱ぎ捨てて。まるで、もう戻らないと、言っているみたいだった」

 奥様はじっと私を見る。私(・)も(・)着(・)る(・)こ(・)の(・)マ(・)ン(・)ト(・)を見ている。

 外出用のマント。城の衣装室から借りた、誰の物でもないマント。いつもなら城に戻ってすぐに外しているのに、今回は急いでいたから、着たまま来てしまった。それが奥様の記憶を呼び覚ます。

 私も、記憶の風景で見た。ジョルジェット様がこのマントを着ていたのを。奥様もそれを、今日の事のように覚えているに違いない。

「……そうして出て行った女中が、フェリックスの母親よ」

 震えるような声を絞り出し、奥様は結末を言った。事情を知らない奥様はそのように理解したのだ。でも、それが真実ではない。

「へえ、そうだったの」

 お嬢様にとっては初めて聞く話。用心深く耳を傾ける。

 奥様は懐かしそうに目を細める。首を動かしてお嬢様の肩の向こうに、確認するようにヴァロン侯を見る。

「結婚する前、よそ者の私も、この客間に泊まっていた」

 あっ、思い出した。私は手で胸元を探り、ぎゅっとマントの合わせ目をおさえる。


 この東の客間の様子、どこかで見たと思ったら、思念の中で見た光景だったんだ。ヴァロン侯との結婚前日、奥様とジョルジェット様がこの部屋にいた。ベッドの上に結婚衣装を広げて……。

 私は室内を見回し、ベッドの所で目を留める。気づいた瞬間、背筋が凍り付く。今日もベッドの上に、婚礼用の衣装がある。

 同じだ。あの時と同じ状況を作り出して、お嬢様にも同じことを言わせた。それができるのは、昔を知る奥様しかいない。

 私が奥様の策略の一部なら、お嬢様もそうだ。奥様はお嬢様の結婚のことなんか、これっぽっちも大事に思っていない。

 過去の因縁とお嬢様とは関係ないはずだ。二十数年前のあの時何が起きていたのか、全てを明かして終わりにしてしまいたい。だけど何も証拠がない。思念の中で見ただなんて、誰が本気にするものか。今はまだその時ではないし、そうするにふさわしい人が、この場に来ていない。


 奥様がどこへ向かおうとしているのか、分からない。

 奥様は回想を続ける。明らかに、人に聞かれることを意識して話し続ける。

「全く気付かなかった。あの子は忠実な女中、私たちはずっと一緒にいたのに、呼べばいつでも現れたのに、なのに、……いつテオドールと愛し合う暇があったのかしら? 今考えても本当に不思議……」

 旦那様は顔を真っ赤にし、遠くから奥様を怒鳴りつける。

「黙れ、それは今話すようなことなのか」

「話を続けてよ、聞きたいわ」

 お嬢様が即座に抗議した。ご両親の間にはさまれたまま、お嬢様はお父上に言い返す。

「聞いてはいけないの? 自分の婚約者のお母上のことでしょう、知りたいと思うのは当然じゃない?」

 奥様は笑いをおさえきれない様子。誰かを小馬鹿にするように、明らかに旦那様を挑発して言う。

「私、テオドールが来ていた日のことを、繰り返し思い出そうとした。あの日かしら、それともあの日かしら。二人が結ばれたのは、いつだった? それでとうとう、あの時しかないと気づいた」

 奥様はヴァロン侯に向かって問いかける。どこまで本気でどこまで嘘なのか分からない。素知らぬ振りをしながら、核心に近づこうとする。

「でも、どこでどうやって? 疑い出すときりがない。他に協力者がいたんじゃないかしら、そもそも、あの子の相手は本当にテオドールだったのかしら、と……」

「やめろ、やめるんだ」

 ついに旦那様が動いた。長椅子にいる奥様につかみかか……らなかった。違った、寸前で我に返った。旦那様は肩で大きく息をし、振り上げた手を下ろす。

「馬鹿馬鹿しい。お前が知る必要はないことだ」

 奥様から顔を背けて、旦那様は吐き捨てる。

「妻の役割を果たせなかったくせに、生意気を言うな」

 ヴァロン侯は振り返らない。そのまま奥様の前を通り過ぎ、部屋から出ていってしまった。

 奥様は旦那様の出て行った方を目で追ったまま、ご自分の両手首をご自身の手でさするような動作をなさる。この仕草、前にも見たことがあるような。何かが引っ掛かる。この嫌な感じ、何だろう?

 

「ジャンヌ、お前も部屋に戻りなさい。未婚の娘が、いつまでも男の部屋にとどまるものではないわ」

「そうします、すぐに」

 母娘はそろって長椅子から立ち上がる。お嬢様は私に目で指示をし、言う。

「お前も来て」

 すかさず私はお嬢様に駆け寄る。お嬢様の服の裾のすぐそばで、膝をついて頭を下げる。

 案の定、お母上は私にいい顔をしない。

「その女中はよしなさい」

「それは、私が話を聞いてから決める」

 お嬢様はご自身の判断をお望みだ。

「レアからはフェリックスのことを聞くわ。彼がどういう男なのか知りたい。レア、一緒に来て」

 私は一層頭を下げる。……これからだ。私が何を話すか、責任重大だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。