第15話 女中仲間
女中たちの大部屋に戻ってみると、私のベッドで知らない女中が寝ていた。酔っぱらって場所を間違えたようにも見えないし。あなたは誰?
困っていると、女中仲間が事情を説明してくれた。寝ているのは今日来たばかりの新しい女中で、名前はリゼットという。
「準備が間に合わなかったみたいで、今夜はあんたの所を使ったらいいってさ、そう言って女中頭が連れてきたの。あんたは今晩、戻ってこないはずだから、って言ってたんだけど、……」
新入りならば女中頭の言うことに従って当然。でも、私が戻って来ないって? それはない。こんな地味な私に、夜通し一緒に過ごす相手がいるわけないのに。
「あんた、今日の仕事は終わったんだ?」
「うん。もう終わりでいいと言われたから、帰って来た」
「そうか、てっきり……」
てっきり、……?
いつの間にか、仲のいい女中たちが周りに集まってきている。そのうちの一人が訳知り顔で言った。
「なくしてた帽子は見つかったみたいね」
「あー、これ……」
私は曖昧に笑ってやりすごす。
「お客様と、ずいぶんと仲良さそうに歩いてたじゃない」
「相手はいい男だし、気分も上がるんじゃないの?」
「はは……そうでもないけど……」
帽子なしでフェリックス様と一緒にいたところを、やっぱり見られていたんだ。
「夜の彼って、どうなの?」
「夜? 別に、昼も夜も同じ人間だし……」
変な質問だなと思いながら私は答える。でも女中たちは私の答えに妙に感心した様子。
「あー、そういうのがいいよね。夜だけ豹変するのは、信用ならないから」
「で、彼はあっちもうまくやるの?」
「あっちも何も全部、何でもできる人なんだ、って思ったけど……」
今日一日、いかさま師から使い魔まで、彼のいいようにあしらわれていたから。
「へえ、それは相当なもんだね」
「最悪なのは、下手で時間がかかる奴。早くしろ、って、蹴飛ばしたくなる」
誰かが言って、皆で大笑いする。えーと、一体何の話をしているのだっけ?
「だめだと言っているのに無理やり、ってこともない?」
「それは絶対にない」
私は即答する。彼はいつも冷静で、計算していて、決して無理を押し通す性格ではない。私の言うことは間違っていない。と、思ったのだけど……。
「ほうー、それはいいね」
「どんなに偉くても、顔がよくても、女に力づくで言う事を聞かせる男はクズだからね、クズ」
「あんたのお相手は、上手で優しくて、仕事が終わったら早く帰してくれる、文句なしにいい男だね」
……そういう話だったか。フェリックス様に根拠のない評判がついてしまった。もし違っていたらごめんなさい。
ここで、誰かが私の思いもよらないことを言い出した。
「奥様だって、気の毒な人だよね。若い頃はよくヴァロン侯に殴られていて、痣が絶えなかったって噂」
「え? そうなの?」
驚いて思わず聞き返す。でも、奥様の話が初耳だったのは私だけ。他の皆は、それを当然のこととして話す。
「あんたが城に来た頃は、もうご夫妻の仲はすっかり冷え切っていたからさ、それであんたは知らないんだね」
「あの二人はさ、ご結婚されて数年間、お子に恵まれなかったでしょ?」
「そのことで旦那様が奥様を責めたてて、一方的にね。奥様に原因があるんだって決めつけてね」
「旦那様はあれで堅物だから、奥様の他に女はなし。加減というものを知らない男だと、奥様もきついよね」
「夜な夜な、恐怖で顔を引きつらせた奥様がさ、旦那様に連れられて寝室に入るのを見たって、怖いよね」
それは怖い。噂だから大いに誇張があると思うけど、半分くらいは本当かもしれない。それに、奥様をお助けしたいと思っても、相手が旦那様だと誰も手出しできない。この城にいる限り旦那様が絶対だから、周囲はただ、見ているしかなかったのだ。
続く話が、私をはっとさせる。女中の一人が大袈裟な身振りで、自分で自分の手首をつかみながら話す。
「奥様は手首をこう、ぎゅーっとつかまれて、旦那様に引きずって行かれたんだってさ、きっと痛かったよね……」
手首をつかまれる。それなら知っている。私の身をもって知っている。身の震えるような出来事だった。
でも私が思い出すのは、手の痛みではなく、私の手当てをしてくれた人のこと。彼の毅然とした態度、一瞬だけ見えた動揺。「おやすみなさい」と言って私の名前を呼んだ声、私に向けた穏やかな眼差し。
他の誰でもだめだった。あの場にいたのが彼で、私は幸運だったのだ。
誰かが何かに気づいたらしく、話題を変えた。
「あ、ちょっと待ってよ、大事なことを忘れているよ、あたしたち」
「ほんとだ、ほんとだ」
女中仲間たちは口々に言う。
「あんたのことよ、レア」
「あんまり早く帰って来ると、仕事の手を抜いたと疑われるわよね?」
「大部屋に戻ってる所を、女中頭に見つかるとまずいんじゃない?」
「あー、お頭って本当にいけ好かない女。自分の思った通りでないと、すぐ怒り出すんだから」
女中頭は女中たちに人気がない。
「で、どうする?」
「……こうしよう」
検討の結果、今晩、私は大部屋にいなかったことになった。いたかもしれないけど、誰も見ていないし、よく覚えていない。
これはいつもと逆のこと。いつもなら、夜になっても部屋に帰らない女中を、皆で口裏を合わせて守る。でも今日の私の場合は、部屋にいることを隠していてくれるらしい。
別の女中が私に教えてくれる。
「ここ、空いているわよ。このベッドの主こそ、今晩は絶対に帰って来ないんだから」
「ありがとう」
私は教えてもらった場所に移動する。集まっていた女中たちは納得したように、それぞれの場所に戻っていく。
場所が変わると寝られない、なんていう繊細さとは無縁。私はあっという間に眠りに落ちる。
◇◇◇
朝が来た。出かけるには気持ちの良い日だ。
私は城の衣装部屋から外出用のマントを借りる。これを羽織ると誰でもそれなりに見えるから不思議だ。
城門の下には既に馬車が待っている。大聖堂へは馬車で行く。騎乗ではなくて馬車なのは、訪問には格式が必要だからだと聞いた。
馬車を引くのは三頭の馬。馭者台にはシャーズ。馬車の前には青いマントを着たフェリックス様とモリスの姿が見える。
モリスは書状のようなものをフェリックス様に渡す。フェリックス様はそれを受け取って頭を下げ、モリスはフェリックス様の肩を励ますように叩く。
昨日のヴァロン侯との対決とは打って変わって、この二人はずいぶんと友好的な雰囲気だ。モリスは家令としてヴァロン侯の味方をする立場のはずだけど、こんな親しげな対応で問題ないのだろうか。
私はわざと足元の石ころを蹴って歩く。二人は私に気づき、ぴたりと話をやめた。
「レア、行きましょう」
フェリックス様は私にも馬車に乗るように促し、自分は先に乗り込む。私は一瞬モリスと目が合った。立ち止まった私にモリスは素早くささやく。
「お前に頼む、できるだけ、フェリックスの味方になってやってくれ」
モリスはとても真剣だ。冗談などでないことは明らか。
それ以上は疑問に思う間もなかった。モリスに背中を押され、私も馬車に乗り込んだ。
「昨晩あなたが帰った後で、僕はモリスと話し合ったのです」
走り出した馬車の中でフェリックス様は言った。
「大聖堂に行ったら、ネズミ退治をすることにしました」
私は昨日のリスの手紙を思い出す。
「ネズミ使いのことを、モリスに頼まれたのですか?」
「そうですね。でもその前から気になっていました。昨日、ヴァロン侯を襲ったネズミを見て……あの数が湧いて出るには仕掛けがある。大抵そういうのは、先祖代々の霊を祀る廟が、呪われていることが多いのです」
「大聖堂の地下にある廟のことですか? でも、聖廟にはヴァロン侯とご一家しか入れないはずですが」
「さっき、モリスから入るための許可状をもらいました」
彼は懐を叩いて示した。出発前にモリスが彼に渡していたのは許可状だったのだ。
フェリックス様は「ネズミ退治」とずいぶんと簡単に言ったけど、そこまで算段をしているのなら、相当に勝算があるのだろうと思えた。それに、モリスがフェリックス様を聖廟に入れる決断をしたということは。
「モリスは、フェリックス様を信用したのですね」
「協力すると言ってくれました。あなたは違うようですけど」
「それは……」
私は気まずい思いをして目をそらす。でもそれは、この人の人間性が問題なのではなく、お嬢様の婚約者を名乗っているのが悪いのだ。
フェリックス様は構わず言葉を続ける。
「城での異変に、モリスは気づいてました。特にジャンヌが猫を連れて城を出た後の変化に」
「猫が一匹いるいないで、使い魔のネズミと関係があるものでしょうか?」
「あの黒猫はただの猫じゃなくて、この城に棲みついている使い魔ですよ。ヴァロン家の守護者みたいなものですね」
「ええっ」
私は驚きのあまり声をあげる。
レグリスまで使い魔だったとは。この城は、使い魔だらけじゃないか。
「猫がいるうちは、ネズミたちも手出ししにくかった。なので、今、猫と一緒にいるジャンヌは安全だと思います」
「そういうことなんですか……」
「ただ、昨日の様子だと、急ぎ手を打った方がいい」
「でも、ネズミ退治をして、モリスはそれでいいとして、フェリックス様は?」
「僕?」
「何か、あなた様の得になるようなことが?」
単に人から頼まれたくらいで、この人が簡単に動くとは思えない。




