第11話 鳩の伝言
私の肩にいた鳩がばさばさと羽音をたて、飛んで床に下りる。鳩は首を傾け、斜め上にフェリックス様を見上げる。彼は鳩に言い聞かせる。
「何もしない。一緒に話を聞かせてほしい」
そう言って彼は鳩の頬に手を近づける。安心したのか鳩は大きく口を開く。
ん? ちょっと待った。リスに続いて、また、人の伝言が横取りされようとしている。
「お待ちください」
私の大きな声にびっくりして、鳩はいったん開けた口を閉じる。
「鳩の伝言は私宛ですが……」
「知っています」
フェリックス様は平然と言う。
「でも、ネズミ使いのこともあるし、あなたもジャンヌが心配でしょう?」
「それはそうですけど……」
「あなたは僕の知らないことを知っているし、僕はあなたの知らないことを知っている。二人で聞いた方が、注意深く、いろいろなことに気づけるとは思いませんか? それに、今ここで一緒に聞かなくても……」
最後まで言わずとも分かる。後から鳩を捕まえて聞けば同じことだ、と。多分、フェリックス様にはそれができてしまう。それだったら、二人いるところで聞く方がまだまし、に思えてくる。
さっきの手紙の送り主は、何事も使いようだと言っていたけれど、私には無理だった。きっとそれはモリスの仕事。
私は鳩を促す。
「驚かせてごめんね。どうぞ。あなたの言葉を伝えてちょうだい」
私は緊張して鳩の第一声を待つ。鳩は高らかに告げる。それなのに。
「レア、お前は『あの男』の部屋に通っているんですって? セシルが言ったのよ、お前が西の客間に入っていくのを見たって」
西の客間というのはフェリックス様のお部屋だ。
最初に言う事がそれなのか? 私はがっくりと力が抜けるのを感じた。
「あんな男を選ぶとは、感心しないわね。ああいう男は、いいのは顔だけよ」
あー、これはそっくりそのまま、お嬢様ご自身のことじゃないか。リュシアン王子の評判もそうだけど、お嬢様からするとフェリックス様が「顔だけの男」になるらしい。
決定的に違うのは、私は自分の好みで選んだわけじゃないということ。女中の仕事上、やむを得ずその男の近くにいるだけだ。
フェリックス様が、そうする気は全くないくせに、わざわざ聞いてくる。
「僕は顔を褒められた、と、お礼を言うべきですかね?」
「必要ないと思います……」
私は小声で答える。ジャンヌ様も、まさか本人が鳩の伝言を聞いているとは思っていまい。
そして鳩は、私にすっかり忘れていたことを思い出させた。最初の夜のことだ。
「セシルはお前たちの関係をどうのこうのと言っていたけどね、リュシアンは違う意見よ。あの様子だと、お前たちはまだ何もしていないって。せいぜい頭にキスしたくらいだろう、って。私はリュシアンの方が正しいと思うわ」
鳩の言葉を聞いたフェリックス様は感心した様子で腕組みをする。
「意外に正確な見立てですね。僕はリュシアン王子を見直しました」
いやいや。そういう変な所を評価しないでほしい。
でも私も驚いた。あの日リュシアン王子は何も言わなかったけど、私のことをよく観察していたのだ。
それにセシルの陰口にも。お嬢様がそれを本気にしなかったのが幸いだ。
あの男にはこれ以上深入りしないよう気を付けるのよ、と言って鳩は前置きを終える。ようやく本題が始まった。
「リールに来てから、なんだか頭が重くてね。旅のせいで疲れているんだろう、ってリュシアンは取り合わないの。こういう時はお前がいたら少しは気が休まるのにね」
それはお辛いでしょうに。私でお役に立つなら、すぐにでもお側に行きたい。
……あ、これはやってしまった。お嬢様の居所、それにリュシアン王子が同行していることが知れてしまった。薄々勘付いていたにしても、明言されてしまうと言い逃れできなくなる。
私はフェリックス様の様子を見る。彼は特段の反応も見せず、ただ注意深く鳩の言葉を聞いている。
「なんだかレグリスも気が立っていて、何もない所に向かって鳴いて威嚇したり、走って行ったり、落ち着かないのよ」
私はフェリックス様に説明する。
「レグリスというのはお嬢様の飼い猫の名前です」
「ああ、あの黒猫……」
フェリックス様は猫のことを覚えていた。
鳩の伝言は続く。
リュシアン王子は相変わらず夜遊びに出かけている。セシルを伴っての外出で、お嬢様はそれが面白くない。
アンナはアンナで、年のせいか体のあちこちが痛むといっては仕事をさぼる。
とにかくリールの領主館はつまらない。面白いことが何もない。
フェリックス様が質問してくる。
「セシルというのはどんな人?」
「お嬢様の侍女です。年は私と同じくらいで、今回の旅ではお嬢様のお供を」
セシルは私と違って背が高くて、目鼻立ちのはっきりとした美人だ。明るくて話も上手。
私は彼女の外見について説明したけれど、フェリックス様はそれ以上のことを聞きたがっている様子。もっと他に言うことがあるはず、と目が言っている。
私は言葉を選びながら付け加えた。
「……セシルはいつもお城を出たがっていました。自分を外に連れ出してくれそうな人、特に外から来た人に気に入られようとして、それで、たとえばリュシアン王子のような人に対して積極的な態度を取ることがあるのです」
「なるほど」
この情報でフェリックス様は納得したようだ。
次に私はアンナについても説明する。頼りになる老女中だけど、お嬢様よりは奥様に忠義を尽くしたがっている、と。
フェリックス様が感想を言った。
「ジャンヌは、少々癖のある女中ばかりを連れて行ったようですね」
人選したのは奥様だけど、本当にその通りだ。
鳩はさりげなく大事なことを言う。
「『真実の誓い』だっけ? 魔法の短剣のことはリュシアンにも話したわ。魔法を解除できる方法がないか探してみると言っていた」
これは良い傾向だ、と思った。秘密にしておくと、いずれお二人の仲に影を落とす。でも、そうならずにすんだ。
それに、リュシアン王子はお嬢様との結婚に前向きだ。妨げになっている魔法の力を、取り除こうとしている。
「お父様たちの方でも何か有効な方法が見つかればいいけどね。どうにかしてあの男には帰ってもらわないと。本当に、早く帰ればいいのに。じゃあ、お城がどうなったか教えてちょうだい」
聞き終えるとフェリックス様が言った。
「ジャンヌの方では、まだ大きな問題はないようですね。よかったです」
よかった? 彼からそんな言葉を聞くのは変な気分だ。お嬢様が不安な立場におかれているのはこの人のせいなのに。それと、ご自身の置かれた状況に鑑みても、本当に「よかった」と言うことなのだろうか?
話が進む中、私は当事者たちの奇妙な認識の一致に気づいた。誰一人として、フェリックス様がお嬢様の婚約者になるとは思っていない。
鳩への言付けの中でジャンヌ様は私のことを気にかけてくださったけど、それは私についてだけ。フェリックス様が女中と親しいと聞かされても、まるで気にしていない。それは彼が自分と結婚するとは思っていないから。リュシアン王子もこの件を他人事扱いしている。
それにフェリックス様だって、ジャンヌ様とリュシアン王子が一緒にいると知っても、『真実の誓い』の魔法を解除されるかもしれないと聞いても、全く焦りがない。想定の範囲内だから? 違う。彼はジャンヌ様と結婚したいと言っている割に、それを思わせる言動がない。結婚に執着していない。
「猫とリュシアン王子が付いていれば大丈夫でしょう。猫の気が立っているのは大目に見てやって、それと何かあればリュシアン王子に相談するよう、ジャンヌに伝えてください」
フェリックス様は当然のように私に言う。どういうつもりかと、私は彼の顔を見てしまう。するとそんな私の態度に、彼はかえって不思議そうな顔をする。
……深く考えるのはまた後にしよう。今は鳩に返事をしないと。
全面的に彼に従う訳ではないけれど、リュシアン王子を頼りにするという考えは、私も気に入った。
私は鳩に向かってしゃべる。フェリックス様に聞かれているのは承知の上で。
「お懐かしいお嬢様、ご気分がすぐれないと聞いて心痛めております。旦那様方は手を尽くしていらっしゃるようですが、残念ながら有効な方策は見つかっていないようです」
先日から旦那様と奥様の二人は別々に外出されていた。でもその後も新しい人や物の出入りはなく、成果は上がらなかったようだ。
モリス宛ての伝文も期せずして内容を盗み見てしまった。でもそれはジャンヌ様たちにせまる危険を知らせるもので、その情報をどうやって私が知り得たかを考えると、とてもご本人には言えない。
「お嬢様、今はお心を穏やかに、御身を大事にお過ごしください。私が近くでお嬢様をお助けできなくて残念です」
これは私の心底からの言葉。
「猫も環境が変わって落ち着かないのでしょう。お困りごとはどうぞリュシアン王子を頼りになさってくださいませ」
図らずも、これはフェリックス様と同じ意見。
そして、私と鳩との会話を見守っているあの男をけん制する意味でも、付け加えて言う。
「私も出来うる限りあの男の動向を注視してまいりますが、ご心配には及びません。……伝言は、これでお終い」
その時、急に明るい光が差し込んだ。まぶしい。私は手で目を覆う。閉まっていた天幕が開いたのだ。




