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新新宝島〜少年少女たちは昼夜を問わずこの世界を駆け抜ける〜  作者: 六葉翼
滅びゆく世界で 杉の木になりたい母と道化師と宝島

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6/8

ある日、母は杉花粉と和解する


1883年。英国で宝島の初版本が発売された。宝島は、発売されるやいなや本国で大変な評判を呼び。スチーブンソンは一躍有名作家となった。


人々は熱狂的にこの作品を迎え入れた。しかし出版直後に【有害図書】として、レッテルを貼られてしまう。


少年が主人公であるにも関わらず、殺人や裏切り、そして海賊たちが往航する。


この海洋冒険小説は、確かに血沸き肉踊る楽しい作品であることは間違いない。


これは、年端もゆかぬ子供の目に触れさせることは、大変に好ましくはない。


当時の英国の大人たちは皆そう考えた。


宝島は有害な図書認定された。


子供がが読むことは、100年近くも固く禁じられた。


しかし、今でもこの作品は多くの子供たちに読みつがれている。


宝島は、いつの時代も子供たちの胸を踊らせる。それは今も昔も変わらない。


宝島に登場する悪役ジョン シルバー。今でも英国では、物語に登場する悪役ランキングでは、ダースベイダーやバットマンのジョーカーを跪かせる。


子供たちは、そこに面白い物があれば、その匂いを必ず嗅ぎ分ける。


どんなに親や大人がそれを遠ざけても。棚の奥にしまって鍵をかけても。無駄だ。


今も昔も、国や人種の区別もなく。

とことん貪欲な生き物だ。


ヴィクトリア朝時代に、英国で禁酒法が制定されても、一軒のパブも店を畳まず。ビールの消費量は増加の一途を辿った。


「それと似ているやも知れないね」


「或いは全然似てないかも」


煙りの輪を浮かべるみたいに。

教授はそんな話を講義でしていた。


そんな知識は、大学を卒業してOLになっても。別に役にたったことなんてなかった。


たまに合コンで「子供の本とか勉強してま~す」


なんて言うと一瞬男うけする。


内容を深く詳しく話せば興醒めだ。


絵本のこととか…勉強したわけではないから。結婚して子供が出来ても同じだ。


上の娘が生まれヒロトが次に生れた。


「可愛い女の子ですよ」

「元気な男の子ですよ」


「知っているわ」


そんな言葉は顔を見た時に消えてしまう。腕の中に抱いた御包みから伝わる重さ。そして肌のやわらかさ。


いつも真新しい喜びだった。


指の数を数えるように、無事に生れたことに安堵して。私は胸の中で呟いた。


「健康でいて。無事に育って」


乳児の時から小学校に上がるまで、どれだけ予防接種を打っただろう。


私の時もこんなに注射ばかりしたかな。そんなことを考えた。


「お姉の時より注射増えてない?」


チャイルドシートの息子に、ハンドルを握る私は話かけたっけ。


ウィルスや風邪や病気に負けないでね!


「まだまだ、おばあちゃんになんて、なりたくないなあ」


そんなことをママ友たちと話しながら。


私が見る未来は子供たちの未来だった。


子供が大きくなれば少し欲も出る。


「まだ・・そんなに小さいうちから、習いごとや塾なんて気が早いだろ!」


「あのね」


そんなことを、のんびり顔で諭す夫に、私は犬歯を剥いて言った。


「貴方みたいに『僕は子供の味方です』なんていい顔だけすましてる、無責任な旦那ばかりだから・・私が嫌われても言わなくちゃならないの!」


子供たちの教育に関しては、夫ともよく口論した。喧嘩になった。


私だって幼い子供に、やれ勉強しろだの塾に行けだの言って、疎まれるのは嫌だ。


それが好ましくないなんて知ってる。


私だって勉強は好きじゃなかった。


でもこの世界には格差も差別もあれば。生まれた時から競争だってある。


優しい世の中だから。


優しい暈しが入ってるだけ。


決められた平等やルールがそこにあれば。


ルール違反にならない反則だってある。


毎日学校に通って、勉強や宿題も頑張ってる。


それだけで本当は『えらいね!』と頭を撫でて誉めてあげたい。


だけど、それだけでは卒業した後で、次の試験を受ける資格すら貰えない。


そんなこと親ならみんな知ってる。


「あなたは勉強だけしてればいいのよ」


そんな風に子供の大切な時間を奪って。


学校の外でもお金をたっぷりかけて。


模範解答を最初から手渡される子供。


そんな親に育てられた子供に、うちの子供たちが負けるのは、絶対に嫌だった。


将来行きたい場所にも行けず、定職にも着けずに、そんな連中に顎で使われる。


そんな惨めな未来。自分の子にだけはけして迎えて欲しくはなかった。


だから嫌われても疎まれても構わない。私はそう思っていた。


それは私の身勝手な親としての欲。


自由主義の中で培われた競争の原理。


それはまだ、存在していただけ幸せな、葛藤やジレンマや、心の痛みでもあり。


希望の残る社会でもあったのだ。

それが破綻して失われるまでは。


「だめよ!」


そんな未来にばかり人は舵を切る。


舵を切れるならまだましだ。


この世界が向かう未来に、大人になった私たちは成す術もない。


気がつけば、氷壁めがけて滅びに向かう客船の乗客の役。それしか残されていなかった。


私たちが子供の時に、かつての大人たちが見たような、コミックや映画で見たような世界。そんな未来に今も生きてはいない。


一見しただけでは、人と見分けがつかないような、感情や思考を持ったAI、空を飛ぶ自家用車、星を捨て、火星に移民する人類を乗せた方舟。


それは、未だに私たちの時代には実現していない。私が生きているうちにそれらを見ることは、おそらくないだろう。


崩壊する文明や、破滅に向かう世界の住人たちの姿は、それよりさらに遥か遠い未来の物語で。


御伽だった。


人が夢見た未来よりも。


デストピアの方がずっと近い。


それこそ手を伸ばしたその先に。

薄い壁一つ隔てた場所にあった。


私たちが今暮らしている世界。


私は、親だから。

私は、いつも子供のことを考える。


気がつけば、いつも子供のことだげ考えて。生きるようになっていた。


私は人の親だ。


これからも考えるだろう。


色んな欲もある。

子供の成績のこととか。


栄養不足にならないようにとか。

健康面のこととか色々。


考える。


まだおばあちゃんにはなりたくないなあ。


でも…いつかは娘や息子の子供に会いたい。


あたたかいだろうな。

やわらかいだろうな。

いい香りがするだろうな。


もう一度包まれてみたい。

抱きしめてみたいな。

そんな幸せな気持ち。


生まれたばかりのあの子たちみたいに。


これまでの間にも、私は子供たちに勝手に、たくさんの自分の夢を重ねて生きてきた。


親の欲と言えば確かにそう。

幸せになって欲しいから。


そう思えることが幸せだった。


「母さんどうかした?」


だから私はこの子に嘘をつく。


真顔で真剣に嘘をついた。


「なんでもないわ」


私はぴんと手足や背筋を伸ばした姿勢で。その場に立っている。


「母さんなにしてるの?」


「母は今杉の木になった気持ち」


「杉の木?」


「そうよ」


「それは杉じゃなくて、クリスマスとかの樅ノ木じゃない?」


どうやら息子のヒロトには、私が杉ではなくて。樅ノ木に見えるらしい。


「あ」


「わきが甘いよ」


息子にわきが甘いと言われた。

息子は杉のフォルムにうるさい。


私は両手を股にぴたりとつける。


「そうそう!杉の木なら、そんな風に、ぴーんとしてないと!手がだらんとしてたら…杉に見えないよ!それにしても、なんで急に杉になったの?テツガク?」


「へへへ・・なんとなく」


「もういいよ!いって!」


つれない声で息子は言った。

これ以上つき合いきれない。

そんか感じで。


「しっ!しっ!」


私を追い払う仕種をした。


杉と杉の花粉。


忌まわしき天敵。


「消えてなくなれ!この世から1本残らず!!枯れて燃やして灰になれ!!!どうか死に絶えてしまええ!!!!へけし!」


杉花粉の季節になると、私は涙目で鼻を啜り。呪詛の言葉を呟き続けた。


「哲学じゃないけど、母さん今は杉の木の気持ちなの!こうすると、杉の気持ちがわかるのよ~ヒロトもやってみ?」


「母さんが…いよいよおかしくなった」


私は息子が言うように。人に植林されて。ただひょろひょろと真っ直ぐに伸びて伸びて。


列を乱さずに整然と並んだ。


あの杉の木たちと何も変わらない。


自らの足で動くこともままならず。

立ち尽くすだけの植林された木だ。


他の木と同じ規格。


いつしか気がついたら。

そうなっていた。


けれど文明の陛という崖っぷちに立った時。それは思考よりも早く。


微弱な電流のような言葉が。


私の脳を駆け抜けた。


私を、それまで支配していた、人の親として、心地よい縛り心地の鎖が、するりと解ける。


前に、これより先に、進むことを拒んだ。


心か退化する。


太古の時代からこの世界に在った。

杉の心に逆戻りしたようだった。


私は長年宿敵だった。

杉の木と和解した。



ねえお願い


空を飛んで


飛散して


拡散して


増殖して


この世界にのさばって


蔓延れ


蔓延れ


子供たち


お願いだから。

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