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新新宝島〜少年少女たちは昼夜を問わずこの世界を駆け抜ける〜  作者: 六葉翼
滅びゆく世界で 杉の木になりたい母と道化師と宝島
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7/8

母と道化師と宝島



笑ってほしいな。


なにか悲しいことがあると。

私は昔から道化のようになる。


昔から空気が読めないやつだ。


そんな風に言われた。


大学に入ってすぐ、高校の同級生だった栞が交通事故で死んだ。


彼女は・・栞は、中学の時から、高校を卒業するまでの間ずっと、私の無二の親友。そう呼べる存在だった。そんな彼女でいてくれた。


大切な人だった。


遊ぶのに、服とかアクセなんて合わせないでも、全然平気。


栞はそんな友だち。


高校卒業後は彼女は地元の短大へ、私は郷里を離れそれぞれ進学した。


私が帰省したら会おうね。


そんな連絡を取り合った矢先だった。


夏休みの前だったけれど。私は、彼女の通夜に参加するため帰省した。


通夜の帰り道で、私はずっと啜り泣いたり、沈痛な面持ちで歩く同級生たちに、彼女の話をし続けた。


彼女がどんなにおばかで、楽しい女の子であったか。


どんなにクラスのムードメーカーで、周りに気を使う子だったか。


こんな時に彼女ならどうしたか。


なによりひとつでも、多く彼女のことを、そこにいる人たちに忘れずに、ひとつ残さず。


持って帰って欲しかった。


「よく・・こんな時にそんな喋れるね!」


彼女とはそんなに仲良くはなかった、同級生の一人にそう言われた。


「悲しくはないの?」


そんな言葉を突きつけられた気がした。


「やめなよ・・」


そう、悲しいに決まっている。


彼女とあまり縁がなかった。

あなたたちよりずっと。

私の方が悲しい。


それでも・・


私の中の道化は怯むなと拳を振る。


喪服の胸のポケット、エプロンのポケットから顔を出して。


あれは小学生の時だ。


林間学校のオリエンテーリング中に、私の班は森で道に迷った。


日が暮れて、私たちは洒落にならないくらい広い樹海に入り込んでしまった。


出口が見つかるまで。


私はひたすら、まるで何かに憑かれたようにお喋りを続けた。


お喋り霊が取り憑いた。

そう思われるくらいに。


森を抜けて深夜に保護されるまで。

先生たちの声を聞き。手にした懐中電灯の灯りの下に集まるまで。


道化はそっとジャージのポケットに隠れた。今もそうだ。


私は悲しくなると、いつもおどけてしまう。


息子のヒロトは、杉になりたいこの母の気持ちが理解出来ないようで。


頭の中の端末を使い、一生懸命ワード検索をかけているようだ。


いつもの目の光りが消えて。眼球にコーティングされたモニターの表面を、緑色のイルミネみたいな数字や記号が走り抜ける。


私は黙ってそれを見ていた。


「さっぱりわからないや」


息子はお手上げみたいだ。


「母さんは・・時々わけがわからない」


溜息まじりにそう言った。


今のあなたにはまだ無理ね。


でも、あなたの父さんは「それがいい!」「それが、僕が君を好きなところだ!」そう言ってくれたの。


まだあなたにはわからない。


それは当たり前のように。それまで手にしていた携帯端末同様に。子供たちの脳内にある端末にも。


ロックがかかっている。


子供たちが見ることが出来る世界。学校や町内家の中などの限られた世界。今はそれだけで充分。


その判断基準は、今も昔も変わらない。


世の中には、大人が子供の目や耳を覆いたくなるようなコンテンツや、凄惨な事件が溢れている。


既に失われてしまった動物たちの姿や、大自然の景色。私たちの国の四季折々。そんな世界ばかりなら。


子供たちにたくさん見せたい。


子供たちには見せたくないもの。見せていいもの。現在も昔も私たちの手の中の操作ひとつ。委ねられている。


それがアプリや、指先の操作に変わっただけ。


そんな国の政策に反対する人たちは、今も感染や命の危険を省みずに、各地で抗議デモを繰り広げている。


外の世界でも中の世界でも。

彼らは声高に叫び続けている。

子供たちの式日は始まりだと。


式日とは…かつての大人たちが、大人になるための通過儀礼の再現とも、呼ばれる。


「失われゆく儀式や行事や慣習を、子供たちにも体験させたいのです!」


それは優しさではなく。


ただ何の行事も集団儀礼もなく。

これから育って行く子供たちに、

この世界を委ねばならない。


為政者や大人の恐れがそうさせる。


そんな風に話す人もいた。


さらに、わけ知り顔の識者は語る。


いつか私たち人間は、自分の肉体さえ、維持することも諦め捨てて。頭に埋めた小さな端末だけになる。


その日のために。


子供たちの式日はその始まりだと。


やがて、それもなくなり統合される。


ひとつの意識だけにるだろう。


抗議を続ける彼ら。

それを選ばない。


ニュースで流れる異国の映像。

それは私の生まれた国の何処か。


懐かしいあの場所と。

シュプレヒコール。


手に手に掲げた閃く旗。

断幕に書かれた言葉たち。


それが彼らの墓碑銘だろう。


私たちはよく窓を閉ざして。


子供がそうした暴風の中に巻き込まれないようにする。


恐れ慄きながら身を竦めて。

ただ風が止む日を待っている。


私は臆病な大人で道化師だ。





「さて母は夕食のしたくに戻ります」


「早くしてね!もう、おなかすいたよ!」


だんだん父親に似てがさつになるわ。

私は振り向いて方膝をたたむ。


まるで王様にするように。


「そんなのいいから!飯!飯!」


「はいはい」


息子の声を聞きながら、私はいそいそとキッチンに向かう。


そこには、旧式のお掃除ロボットが充電に戻るみたいな私の場所がある。


息子同様に、頭に携帯端末のチップを埋め込んだけれど。私はまだ人間だ。


この子の母親に擬装したAIでもないし、充電が必要な分けでもない。


キッチンの隅にある。息子や娘がボトムのバッジみたいに張りつけたマグネットシールや、あまり使わないボードが掛けられた空っぽの冷蔵庫と、シンクの隙間。


そこが私の居場所だ。


結婚して初めて夕食で作ったコロッケを旦那に「不味い」と捨てられた日。


いつも日課にしていた頬へのキスを

「気持ち悪い」と息子に拒まれた日。


長く患っていた母の、病院からの訃報。


その連絡を深夜に聞いた日。


結婚してすぐに娘を授かった。


喜びも束の間。私は軽い育児ノイローゼになった。


悔いはなかったが、ようやく軌道に乗り始めた、私の翻訳の仕事も先送りになってしまったから。


こともあろうに、私の夫は、私が妊娠の陣痛や分娩で苦しんでいる間に浮気をしていた。


浮気が発覚すると、夫はすぐ浮気相手の新入社員の女の子と別れて、私に謝罪した。


私はある日夫の背中に包丁で切りつけた。

包丁はそれて夫は肩口を負傷しただけで済んだ。


しかし夫はその後で長い間EDになった。

夫を連れてクリニックにも通った。


10年後にようやく授かったのがヒロトだ。

私は一人ではなく夫と抱き合って泣いた。

それも息子が生まれて笑い話になった。


夫婦の寝室でしか出来ない話だ。


この家で暮らすようになった日から。

なにか悲しいことがあると、私がいつも一人でひっそりと涙を流す場所がある。


まだ人間らしい暮らしをしていた。


「母さん」


ふいに、私の背中に息子が声をかける。


いつもと同じ。


それは聞き慣れた息子の言葉。


「母さんの弁当おいしかったよ」


息子のその言葉だけは変わらない。

以前と少し違うのはその声色だ。


それは子供の声でも大人の声でもない。

やたらとがらがらして耳触りだと。


「なんだか自分じゃないみたいだ」


本人もこの頃は気にしているようだ。


運動会で喉を枯らしたせいではない。

息子は変声期を迎えていた。


生意気に…声だけは大人になっちゃって。


その声を聞いた時に、ふと私の頭に閃くものがあった。


私は試してみたくなった。

いつもの言葉で。


私は振り向いて息子に言った。


夕飯の前に宿題はかたづけて。

それと同じくらい言い飽きた言葉。


「ゲームのアプリは1時間だけよ!」


私は自分の頭を指でこつりと叩く。


「あ・・ああ・・うん!」


不意を突かれたのだろう。

息子はそう言って口ごもる。

息子のそぶりですぐわかる。


ビンゴだった。


私はいつものようにキッチンに向かう。


「もうすぐ卒業だね・・ヒロト!」


胸の中でそっと呟いた。


卒業で思い出す。


私の大学の卒論のテーマは、作者のスティーフンソンと彼の宝島だった。


実は・・大学の講義を聞いて以来、私はすっかりはまってしまったのだ。


宝島はいつも子供たちを熱狂させる。

けれど、100年もの長きに渡り、子供たちの手からは悪書として取り上げられ続けた。


大人たちがどんなに遠ざけても。

戸棚や金庫に鍵をかけても。


子供たちは必ず鍵を開けてしまう。


そして・・この世界はお祭りだから。


人と人が出会い、息がかかる距離で、泣いたり笑ったり、肩を組んで喜び合ったり。時には矛や槍をつき合わせ戦ったり。


それが失われた、この世界に生まれても。

この星に生まれて、生きることがお祭り。


鍵を開けて広い世界に飛び出して。

行ける場所なら何処にでも。

鍵を開けて一歩外に出れば。

あなたは見るかもしれない。


目の前に広がるのが、記号や数字だけが続く、暗いネットの大海原だとしても。


体さえなくして光の粒になっても。

この世界中を駆け抜けて。

いつか必ず見つけて。


あなただけの宝島。



探せばきっと見つかるはず。

手をのばしさえすれば。


それはいつも指先が触れる場所。

空に星が祭りの明かりのように瞬く。

その先のずっと向こう側まで。


昼と夜の境界を越えて。


きっとあなたが来るのを待っている。





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