式日Ⅲ
小学校の鉄の正門は、いつも通りに閉じていた。それは、今学校が休校になってるからじゃない。
登校時や下校時。なにか特別な行事で、父兄が出入りする時以外を除いて。学校の正門は、この時間は閉じているのが普通だった。
僕が幼い頃、学校に悪い人が侵入して、生徒や先生を刃物で襲った。
でもそれは他所の県の話。
他所の学校の話だ。
犯人が逮捕された後でも、似たような事件が全国で何度も起きたらしい。それ以来、どこの学校の警備も厳しくなったんだって。
「母さん・・今日は、学校に呼ばれたんじゃないの?」
「そうよ」
そう言って母さんは、ブレーキを踏むこともなくハンドルをきる。
車は、学校の敷地を迂回するようにして走る。そのまま、校舎の裏手の道に吸い込まれた。
正門が閉まっている。
母さんは事前に、担任の先生から聞いて知っていたらしい。
正門のぐるり反対側に見えるのは、フェンスで囲まれた校庭だ。
運動場入り口の門は開いていた。
入り口に何人かの先生が立っていた。
先生たちに指示された通りに、白線で仕切られた校庭の駐車ブロックに、母さんは車を停めた。
「母さん今日はなにがあるの?」
車を降りた僕は、思わず訊ねていた。
学校のグランドは、いつもの見慣れた景色とは、全然違っていたからだ。
「今日はなにかのお祭り?」
僕がそう言ったのも無理もないことだ。
広いグランドの敷地には、普段は見かけないような、大きな特設の白テントや、そのまわりを取り囲む、たくさんの登り旗が立ち並んでいた。
その旗に見覚えがあった。
見ると、僕と同学年の生徒たちが親に連れられ、グランドを歩いている。
みんな見覚えのある顔ばかりだ。
まるで、なにかのお祭りのようだった。
「ねえ・・母さん」
「ヒロト君と・・お母さん!」
僕が袖を掴み、母がなにか答える前に、僕らの前に駆け寄る人がいた。
クラス担任の矢崎華先生だ。
先生も上から下までビニールお化けだ。
「ヒロト君!元気だった!?」
「先生・・さっきもチャットの授業したばかりだよ!」
「うんうん!そうだね・・でも、生ヒロトが元気でよかったよ!」
矢崎先生は、滅菌服越しに、いつもの笑顔を浮かべて。僕の頭に手をのばす。
「あ・・手は消毒してますから」
慌てて母の顔を見て言った。
「構いませんよ」
母は頷いて言った。
「でも・・一応消毒せんとね!」
服の袖口から携帯スプレーを出し、自分の手に吹きつけ、さらにそれを丁寧にすりこんだ。
「こんな時代だからね」
改めて僕の頭に手をのばした。
母にも姉にも、よく頭や体を触られる。
最近の僕は、本当はそれがすごく苦手だった。
くすぐったいし、嫌がるとよけい面白がってしつこい。
小さい子供扱いされるのがとにかく嫌だ。先生も同じだ。
「やめてよ」
いつもなら、身をよじって抵抗するところだ。
だけど今日は、黙ってされるがままにしていた。それは。
「こんな時代だから」
そう言った先生の声が、なんだかとても悲しそうだった。先生が泣いているように思えたから。
「6年生の時間は今からですよ。丁度いいですね・・」
「必要な書類はこちらに」
「機種変更扱いらしいので。同意書や契約の書類には、親御さんのサインだけでいいそうです。確認のために、今まで使用していた端末の機種と、やはり確認のための、パスワードと暗証番号が書かれている書類があれば・・」
「全部揃ってます」
お母さんは、手にしたバッグを開けることもなく、先生にそう言って頷いた。
なんだ、やっぱり携帯の機種変更か。
言われて見ればだけど、校庭のあちこちにある、特設テントの看板や旗は見覚えがある。
テレビのCMや街でよく見かける、携帯会社の文字が書かれていた。
食物やおもちゃを売る、お祭りの出店の屋台やテントではない。それは見ただけで、何となくわかったけど。
つまらない。
「それでしたら」
矢崎先生は言った。
「今は体育館も解放してますが、そちらに人が集まってるので・・テントの方が待たずに済みますよ!ちなみにお母さん、家でお使いの機種は?」
「SBです」
「なら西側のブースです」
「ありがとうございます!矢崎先生!」
僕も、母に先生にお礼を言うように促された。
なんのお礼か未だにわからない。
「2度目の出欠だね。でも、今日は点呼もいらないし集合もなし・・ヒロト君…まるっと!」
先生はそう言って、タブレットの出欠簿に、タッチペンでチェックを入れた。
「また学校でね!」
矢崎先生に見送られながら、僕と母さんはSBのブースに向かって歩いた。
「お?」
「ヒロト~」
途中で、同じように親子連れて歩いてた柚やたっかんと会った。
「久しぶり」
「ていうか、声聞かないとわかんねえよ!お前本当に柚か?男か女か・・どれどれ・・ぐは!」
「あほ!」
柚の胸に手をのばした、たっかんが思いっきり尻に蹴りをくらって。悶絶する。
「柚!女の子がそんなことするんじゃありません!本当に乱暴ですみません!」
「いえいえ・・悪いのは、うちのばか息子の方です!すみません!ほら!早く謝って・・」
学校では、いつも通りの見慣れた光景だった。
僕たちは、親子ともども久しぶりに会えた懐かしさから。しばらく足を止めて話をした。
親たちの話題は、やはり最近のウィルスによる不自由な暮らしや、今後の生活への不安についてだった。
「じゃあまたな!俺はAUだから」
「私はDなんであっちね!」
「じゃあ・・また学校でね!」
僕たちは、お互い違う携帯の会社と契約していた。それぞれ別々のブースへと別れて歩いた。
先生に教えてもらった通り、母さんと校庭内の特設テントの中に入った。
そこは、中身は外とまったく違っていた。
本当に普通の携帯ショップだった。
僕が、携帯を生まれて初めて買って貰えたのは…確か小学校3年生の時だった。
他の同級生は、もっと早く持ってる子も大勢いた。だから、ようやく買って貰えた携帯は、すごく大切な宝物だった。
でも学校では持ってるだけ。
メールやラインやアプリも禁止。
子供を狙った凶悪な犯罪や、事件が年々増えているから。
見守り機能や、居所がわかるGPS機能を使っての防犯のため。それが、僕ら子供が携帯を所持していい主な目的だった。昔も今も変わらない。
色んな楽しいゲームや、アプリで遊んでみたいのはみんな同じだ。
だけど、大概はは親に年齢や視聴制限のロックをかけられていて。好きなようには使えない。
それでも友だちの中には、必ずそうしたロックを外せる天才なやつがいた。僕もそれを真似た。
好き放題ゲームアプリで遊んでたら。
ある日家に法外な請求書が届いた。
僕と、なぜか父さんまで、母さんに大目玉をくらった。やらせないから、要がないと思ってた。
アプリや動画見放題プラン。
契約時には、一週間だけ無料でそのプランが試せる。
その契約を解除するのを、母さんが忘れていたおかげで、僕がやらかした高額支払いだけは、なんとかまぬがれた。
父さんは、今でもおこづかいを減らされている。
どこの家でもよくある話?
初めてスマホを買うために、母さんとショップに出かけた日。今も覚えてる。
自分がちょっと大人になれた気がした。
その時の店内と、今いるテントのブースの中は、ほぼ同じ内装に見えた。
ただ、そのショップよりもずっと広かった。
端から端まで並べられたカウンター。通常なら、3人か4人しかいないはずのショップのお姉さんたちが、ずらりと並んでいる。
まるで、テレビでたまに見るモーターシヨーや、ゲームのイベントみたいだった。
僕と母さんは、カウンターの前にある、順番待ちのソファの前に、機械で発行された整理券を手に座った。
順番を待つ間。母さんも僕も会話はなくて。それはひどく退屈な時間だった。
「終わったら(みんなと)遊べる?」
一応ダメもとで聞いてみた。
母さんは黙って首を横にふった。
「早く終わんないかな」
胸の中の呟きが思わず口に出てしまう。
母さんはたしなめることもせず。
「そうね」
それだけ言うと、それきり黙って、自分のスマホの液晶をいじりめた。
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