式日Ⅱ
【体育祭もだめだったな】
【このぶんだと文化祭も】
【無理だな】
【卒業式とかどうなるんだろう・・私たち6年生だよ!このままみんなに会えないで、卒業なんていやだよ!】
雨の日の、曇り空を恨めしそうに見上げて、呟くような言葉たち。
アバターではない。
それぞれのウェブカメラの映像が分割されて。タブレットの画面に映る。
友だちの顔を僕は見ていた。
クラスメートのたっかんや柚たちと。僕は部屋でそんなやり取りをしている。
学校が休校になる前に、家で授業を受けるために買った。タブレットのおかげで、僕たちはお互いの顔を見て話が出来る。
【文化祭とか体育祭なんてさ・・めんどうで、かったるいだけと思ってた】
【私たち行事がなにも出来ないまま終わるのかな・・いやだあ】
修学旅行も中止になった。
「彼らが大人になって『そんな学生時代、そんな時代だったねって』それも彼らには思い出になるんでしょうけどね」
そんな無責任なことを、テレビで話す大人がネットで叩かれたり。
でも悪いのはその人じゃない。
そのこともわかっていた。
『学校に行って、感染して・・家族が病気になったり、死んだりするよりはましだ』
みんな心の中でわかっていた。
「ヒロト出かけるわよ!」
母さんが部屋の外から僕に言った。
「ハンバーガーショップなら…パース!」
どうせ休みだって、遊びに行ける場所なんて、僕らにはどこにもない。
何時間も車の中で、ドライブスルーの行列に並ぶのは退屈だし。嫌だった。
「違うわよ!学校に行くのよ!」
母さんの言葉に僕は驚いた。
「たっかんや・・クラスの友だちみんなに会えるの!?」
思わず、体重をかけていた椅子の背もたれごと後に倒れそうになる。
「そうね・・学校でみんなに会える」
部屋に入って来た母さんの言葉に、僕は思わず身を乗り出した。
たっかんや柚たちと学校で会える!
「もしかして予防注射?」
僕は少し怯んだ。
今は悪い病気が流行ってる。
学校に集まる理由ってそれじゃないか?
「それはまだ・・今の病気にも効く、新しいお薬は出来てないみたいなの・・」
そう言って母さんは、少し悲しそうに首を振った。
予防接種じゃない。
僕はその言葉に、つい安心してしまう。あの消毒薬の匂いって嫌いじゃないけど。腕や足に巻いた包帯もかっこいい。でも注射は苦手だ。
「母さん早く学校行こう!」
僕は、机の上に置いたスマホをつかむ。
「ええ・・でも、それはお母さんに預けてね。学校での手続きに必要だから」
「へ・・なんで?キシュヘンするの?」
学校で?われながら変なことを言った。母さんはそれには答えず。
「さあ・・すぐにお風呂場に行って。ちゃんと水色の蛇口のシャワーの方を浴びてね」
ウィルスが流行ってから、家の浴室シャワーノズルが二つになった。
一つは温水や水が出る、元々お風呂場にあるシャワー。もう一つは、ポリタンクに繋がれた消毒薬を浴びるシャワーだ。
どんなにめんどうでも、それを浴びる。それが家を出る時の、家族の約束だった。
「めんどくさいし僕きれいだから・・」
「だめよ!」
そのルールは、わが家では絶対だった。そして僕は風呂が嫌いだ。
出来ればあんまり入りたくない。
だから買い物にもついて行かない。
「今は、おうちの中でも安全じゃないの!シャワーを浴びないと、みんなに迷惑がかかるのよ!わかるでしょ・・」
もう6年生なんだから・・そう言われて、僕はしぶしぶ浴室に向かう。もうすっかり慣れた手つきで、滅菌シャワーのコックを捻る。
冷たっ!?つめてえ~!!!
せめてこれ・・お湯にならない?
そんなことを言ったら、また母さんに怒られそうだ。
ここ最近のわが家では、前と変わってしまったことがたくさんある。
シャワ一のルールだけじゃない。
わかりやすいのは、お風呂場の香りだ。
前は浴室に入れば、石鹸や、父さんが使ったばかりの髭剃りのクリームの香り。使うとすごく姉ちゃんにすごく怒られる、姉専用のシャンプーやリンス。洗濯したてのタオルの柔軟剤の香り。
そんな匂いたちが残っていた。
今は、消毒薬の匂いが壁や床に染み付いている。風邪で熱が出たり、サッカーで怪我をした時に、病院に行くとする消毒薬の匂いだ。
それを嗅ぐとなぜか安心出来た。
でも今は違って。
それは家にいつもある。
「1日仕事をしてさ・・風呂場の匂いを嗅ぐとなんだかな。朝から憂鬱になるよ」
お父さんもそんな話をしていた。
でも僕たちは今それに守られている。だから仕方ないことなんだ。
お風呂場から出ると、母さんが僕にばかみたいな滅菌服を手渡したした。
母さんも服に袖を通す。
顔まですっぽり。
透明なレインコートみたいなやつを被る。僕も母さんもばかみたいだ。
でもこれがないと、長時間外出するのは危険なのだから仕方ない。
「うふああ・・出かけるの?あれ?ヒロトの・・今日だった?」
眠そうな声で、あくびを噛み殺しながらスエット着姿のお姉ちゃんが、ゆっくりと階段を降りて来た。
「そうよ、ヒロトは今日の午後。あんたの高校は来週月曜の午前だから・・忘れないでね。お姉ちゃんなんだから!」
「お姉ちゃんなんだからはよけいだふわ」
お姉ちゃんは、いつもの、のんびりした口調で、あくびしながら母さんに言った。
「でもさ、大丈夫なのかな?ヒロトは、まだ小学生だよ・・私だって不安だよ・・」
「大丈夫」
母さんは、僕と姉ちゃん二人を急に両手で抱き抱えながら言った。
「大丈夫・・国の認可だって降りて、安全なものだから。これからは、これが当たり前になるの。大丈夫・‐すぐにみんな慣れるわよ・・あなたたちが家に引きこもったままで、大切な時間を失くさないでよかった・・今はそう思ってるの」
よくわからないけど息が苦しいよ。
まだ母さんの腕の中は殺菌剤じゃない。やわらかくて優しい匂いがした。
でも、それで僕も姉ちゃんも安心出来た。
「じゃあヒロト・・また後でね」
「また後で」
僕はお姉ちゃんと短い言葉を交わした。
それからすぐに、母さんの運転する車の助手席に乗り込んだんだ。
「ちゃんとシートベルト締めなさい!」
母さんがそう言うとこまで予想できた。
車が通る道もいつもと同じだ。
小学校に向かう道。
6年間いつも歩いた。
見慣れ過ぎた街の景色だ。
僕は走る車の窓から眺めていた。
車は直ぐ学校の正門まで着いた。
さらに見慣れた、僕らの小学校の校舎だ。だけど随分懐かしい気がした。




