1日の終わりは、アナタと共に
視察が終わった後、生徒会室の一幕です。
リディアにギャンギャン噛み付かれて、みなさん満身創痍……
今日の分の視察が終わり、生徒会室に戻ってきたのは空が薄闇に染まり始めた頃だった。
各々帰り支度を整え、簡単な挨拶と共に部屋を出ていく。
レオンとアイリス以外はこの学園の寮に入っているため、移動距離こそそんなに無い。
けれど、寮に帰ってからの身支度や夕食の事を考えれば、サリオスやナタリー達も気が重くなっているに違いないとアイリスは考えていた。
「学園祭までこの忙しさが続くと思うと、覚悟してはおりましたがやはり大変ですわね。全員での視察を取りやめて、執務を行う側と二手に分けた方がよろしいのかしら?」
マナー講座で使用する茶器を受け取る為、取り急ぎ期日が迫っている分だけ処理したものの、視察後に片付けるはずの書類はリディアとの一幕で時間が削られてしまった。
他の役員も一緒に処理すると言ってくれたが、寮での夕食の時間が差し迫っているからと全員帰した。
アイリスがチラリと、自分の机に載せたままの未処理分を見れば、既に明日の処理が必要な分も載せられており、今日の分も合わさって溜息が出るような厚さになっていた。
「視察と書類整理の二手に分けるとなると、決裁権があるレオと、代理で決裁が出来る私は別れた方が良いですわね。そうとなれば、あとはサリオスとナタリーさのどちらを……」
そこまで言いかけたアイリスは、いつの間にか自分の傍に立っていたレオンにビクリと驚いて目を見張る。
「い、いきなりこちらに来ないでくださいませ。驚くではありませんの!」
「ダメだ!!」
動揺してしまった事に恥じるも、急にきたレオンのせいだと責任転嫁し、不満を表すようにキュッと眉根を寄せる。
しかし、それよりも勢いよく告げられたレオンからの否定に目を見開き、レオンを見つめ返した。
「なにがいけませんの。ナタリーとサリオスを離すのが駄目でしたら、お二人ともレオに付けますわよ」
「違う。別れるのは駄目だ」
見当違いな返答をするアイリスに、レオンは真剣な眼差しで否定する。
思わず両手でアイリスの肩を掴んでしまったが、レオン本人は無意識の行動だった。
痛みに目を眇めるアイリスに、自分が何をしているのかようやく気づいて、謝罪とともに両手を肩から下ろす。
「すまない。痛かっただろう」
「構いませんわ。少し驚いただけです。ところで、どうして別れてはいけませんの?」
否定された意味が理解できず、レオンに理由を求めなれば、先程掴まれた肩をそっと無意識に撫でる。
動揺を相手に悟らせてはいけないと、幼少期から教え込まれた習慣は、こんな時でも自然にアイリスを動かしていた。
「その……別れたら仕事が出来ない」
「何を仰ってますの?全員で視察すれば今日のように溜まってしまうから、別れて少しでも決裁を進めようというお話ではありませんの」
理解できないとばかりに表情を歪ませ、両腕を組んで説明を求めるようにジッとレオンを見つめれば、アイリスの視線を受けて、居心地が悪そうにあー、うー、と普段の様子からは想像もつかない姿で執務室の中へ視線を彷徨わせている。
「そのー…」
「その?」
「あのー…」
「何ですの!ハッキリ仰いませ!」
一向に要領を得ないレオンの話に、とうとう痺れを切らしたアイリスは、昼間のリディアよろしくダンッと片足を踏み鳴らして不機嫌を相手に伝えた。
その様子に恐る恐る口を開いては、ハクハクと唇だけを動かしてはまた閉じる。
「その…別れては、アリーと一緒に居られない」
「…は?」
「だから…私の意欲が無くなってしまう…」
「……っ!!」
久しぶりに告げられた自分の愛称に気を取られ、一瞬聴き逃したのかと思う位の声量で告げられた理由を遅まきながら理解すると、アイリスは一瞬で顔に熱が集まるのが分かった。
自分から聞き出したものの、 想像の斜め上で返ってきた理由は、今度はアイリスを居た堪れなくするのに十分過ぎる。
「なっ……お、王太子ともあろう方が、そんな理由で!!」
「駄目か?王太子とて、人間だ」
赤くなった顔を見られたくなくて、サッと顔ごと視線を横に逸らすも、返ってきた正論には頷くしか無かった。-ただ、アイリスの心情的には頷きたくなかったが。
(そんな風に言われてしまえば、別れる訳にいかないではありませんの!なんです、そのズルい理由!)
アイリスは内心で付けるだけの悪態をついたが、顔から赤みが無くなった事を感じると、スンッといつも通りの冷静な仮面をかぶり直した。
「わ、分かりました。そこまで仰るなら明日からも共に視察へ参りますわ。…ただ、実務はどうしますの?」
いまいち落ち着きを取り戻せないまま、クイッと視線で各机に積まれた書類を指し示す。
学園祭の準備で視察があるとはいえ、生徒会として執務が進まなければ止まってしまう事柄もある。
もしかしたら、その中には学園祭に向けての物がまだあるかもしれない。
そう思うとアイリスには、忙しいとは言え書類を放っておくという選択肢は無かった。
「それなら心配いらないよ。もう手は打ってある」
「どこかにお願いでもしますの?」
「いや。王宮での仕事を少し前倒したから、僕が決裁分は処理するよ」
プライベートな時にしかでない一人称に、レオンの疲れを感じつつ、納得出来ないとアイリスは首を横に振った。
「それは承服出来ませんわ。レオだって疲れているではありませんの」
「でも、君の言う通り書類は流さなければならない。特に、現時点で学園祭準備で必要な物が申請されているかもしれないからね。…後は、少しでも君と過ごしたい」
レオンの中に、自分と同じ焦りや想いがあるのだと分かり、アイリスは目元を和らげてクスリと穏やかな顔で微笑んだ。レオンはいつもそうなのだ。
結局自分だけが損をする道を選んでしまう。
だからこそ、アイリスはレオンを放っておくことが出来ないし、その優しさを好きだと思える。
(本当にこの方は。仕方ありませんわね)
そっと自分も覚悟を決めると、部屋の扉近くから自分の机へと向かい歩き出した。
背後で驚いたようなレオンの気配を感じるが、そんなことに構ってやる気持ちも無かった。
「さ、そうと決まれば今日の分だけでも終えてしまいましょう。レオンにとって、婚約者は便利屋なのでしょう?」
少し茶目っ気を含ませて揶揄えば、泣きそうに眉を下げたレオンの顔が見えた。
「敵わないな」
ポソリと呟かれた言葉はアイリスには届かなかったけれど、同じものを背負いたいという自分の覚悟が、少しでも届いたのだと信じたかった。
すっかり暗闇に染まった夜の中、生徒会室だけが暖かな光に包まれていた。
レオンとアイリスの、ほのぼの会でした。
急に素直な気持ちを出されると、結構タジタジするものですよね。
読んでいただいて、ありがとうございました。




