第5話:朱色の祈りとオールイン
「ミント様、こちらの施設はどのようなものですか?」
とヘレンが説明を求める。
「そうね、教会のようなものかな?神や英雄を祀っているよ」
「そうですか。では、武人として挨拶をさせてください。
異郷の地で力を揮う無礼を詫び、加護を願うのは当然の礼です」
「……遅刻しない範囲でね」
三人は慣れない手つきながらも、手水舎で柄杓を取り、作法通りに手と口を清めた。
拝殿の前に立ち、それぞれが祈りを捧げる。
その時、外の喧騒が嘘のように静まった。
ミントは賽銭箱に小銭を投げ入れ、目を閉じた。
「ヘレンが勝てますように。……いえ、負けることはないでしょうけど?
(あくまで、ヘレンの勝利にオールインするから)」
ミントの真の狙いは、「アーマードバトル」の優勝賞金だけではなかった。
彼女は、シン・新宿の裏側に蔓延るブックメーカー(賭博場)のオッズに目をつけた。
「ヘレン。貴女はこの街では、履歴もデータも存在しない完全な『no id』――つまり、ただの無名な新人よ」
データ至上主義のこの街において、過去の戦績がないヘレンの評価は最低ランクに固定されている。
しかし、ミントの計算によれば、ヘレンが表彰台に登る確率は限りなく100%に近い。
この「実力の質量」と「低すぎる評価値」の間に生じた歪みこそが、ミントが最も好む脆弱性だった。
パルクールの稼ぎを、高倍率のヘレンの勝利に一点ベットする作戦だ。
ミントに倣ってラムもお祈りをする。
「次は、お祭りの時にまた来ようね」
ヘレンは居住まいを正して深く一礼。
「正々堂々と戦い抜くことを誓います、願わくはご加護を」
※
アーマードバトルの会場にいる観客は、大きく3種に分かれる。
時間を持て余す定年退職者か、時間に余裕がある富裕層。
生のデータをベースに賭けをする純粋なギャンブラー。
それ以外は移動時間やハイライト以外はタイパが悪いと自宅にいる。
その層はAIの分析をベースに賭けをしているが、ヘレンのデータは無い。そこにミントは賭けた。
「パトロンの一人でも見つかるといいね」
とミントが言うとヘレンは会場を見回して、違和感を口にする。
「……ミント様、あちらの観客席の方々。
同じ服の者が異様に多いようですが、何かの儀式か、あるいは制服でしょうか?」
「いいえ、あれはただのARフィルターよ。
流行の『デフォルト・アバター』を重ねているだけ、タイパがいいから」
整形手術より、流行りの服を買うよりタイパよくトレンドに乗れるから。
「あちらの方は?」
ヘレンが指さした先にいたのは「リリ」
格闘技の興行に華を添えるゲストとして、シン新宿のトップ・インフルエンサー「リリ」が招かれていた。
それを見たミントがほくそ笑む。
リリという巨大な「トラフィックの源泉」がそこに存在する。
「クレジット(通貨)だけでなく、トークン(知名度)まで手に入りそうね」
リリのチャンネルを通じてリアルタイム配信される中、無名の新人ヘレンがリングに上がる。
他の選手が最新の炭素繊維や強化樹脂を組み合わせた近代的な「防具」を纏う中、
ヘレンだけは異世界パンガイアから持ち込んだ金属製の「マイ鎧」を身に纏っている。
(おい、あの新人の装備を見ろよ。博物館から盗んできたのか?)
(金属鎧って、テクスチャじゃない?)
試合開始の合図と共に、ヘレンの「鎧袖一触」の無双が始まった。
現代の選手たちを文字通りに蹴散らしていく、あまりの一方的な展開に、配信のコメント欄は荒れ狂う。
(これ、八百長の方がマシなレベルだろ。演出が過剰すぎる)
(あまりに『俺ツエー』展開すぎて冷めるわ)
(どんなメスゴリラが中に入ってるんだよ……)
(蠢懈抄縺励※繧?)
カメラが、勝利した鉄仮面のヘレンにクローズアップする。
世界が「中のゴリラ」の正体を暴こうと注視する中、表彰台でヘレンは約束通り、兜を脱ぎ捨てた。
そこから現れたのは、汗にまみれて息を切らした、金髪の清廉な「天然の美人」だった。
特に、目元に一点だけ打たれた「泣きぼくろ」が、抗いがたい色気と、強烈な視覚的インパクトを与えていた。
会場は静まり返り、次の瞬間、物理的な爆発のような歓声。
サーバーを焼き切るほどのトラフィックがネットを駆け巡る。
その様子を、モニター越しに眺めていたミントは、不敵にミラーグラスを押し上げた。
「……あとは結果を御覧じろ、よ」




