第4話:秒速チャージの街と朱色の聖域
ヘレンに「稼げない居候はリソースの無駄」と言い放つだけあり、
暗殺者ニクスは自力でこの世界の隙間を見つけ出していた。
彼女が戦場に選んだのは、シン新宿の摩天楼が作り出す「垂直の迷宮」である。
かつて影に潜み、侵入して標的の命を奪うために磨き上げられた暗殺術は、
この世界において物理法則をあざ笑うエクストリーム・スポーツ。
あるいは超短時間での配送を保証する「闇の運び屋」としての才能を完全に開花させた。
テレワークとドローン輸送が極限まで発達した現代において、有人での隠密移動や物理的な運び屋は、
皮肉にも競合不在のブルーオーシャンとなっていたのである。
彼女の技術は、もはや「パルクール」という既存の概念では形容しきれない。
接地面積と重心を極限まで制御する精密な身体操作は、動画共有サイトで空前絶後のバズを引き起こした。
彼女がヘルメットカメラで配信する一人称視点(FPV)の映像は、あまりに非現実的な挙動から、
SNS上で常に激しい論争を巻き起こしている。
(最新の物理エンジンを用いたフルCGだろう)
(AIが生成したフェイク動画だ。人間があんな角度で着地できるはずがない)
(物理法則がバグってる。誰かこの動画のソースコードを確認してくれ)
(蠢懈抄縺励※繧?)
ある夜、無機質なネオンが差し込む十平米のポッド。
ニクスは音もなくミントの背後に現れた。
彼女は懐から、シン・新宿の最高額紙幣に相当する電子マネー・チップの束を取り出し、
デスクの上に静かに積み上げた。
「これで、ミント様を……その、養えると思うのですが、不足はありますか?」
無表情のままでありながら、ニクスは耳の先端をわずかに赤くしてミントを見つめる。
その瞳に宿っているのは、パンガイアで「道具」として扱われていた頃の無機質さはない。
一族の結婚の掟によるものか、本人の意思か彼女の指先はわずかに震えていた。
「……養うって。ニクス、貴方ね……その一族の掟はまだ有効なの?」
ミントは呆れたようにミラーグラスを直し、画面に表示された入金ログを眺める。
「正直、助かるわ。でも無理だけはしないこと。
無保険でケガしたら治療費で今までの儲けなんか吹き飛ぶんだから」
「ミント様、ツンデレ……ですよね?」
「違うって」
※
そして迎えたヘレンの試合の日、アーマードバトルの会場へ歩いて向かう。
2色に塗り分けられた歩道のファストレーン側。
そこを等速、等間隔で自動運転の電動キックボードが走り抜けていく。
「……よく訓練されていますね」
一糸乱れぬ動きを見せる群れに、ヘレンはパレードする精鋭軍隊のような規律を感じたようだ。
「ある意味そうね。飼い慣らされている」
ミントが淡々と返す。
単に都市OSの渋滞緩和アルゴリズムに全住人が身を委ね、ルートまで最適化されている結果にすぎない。
人流というより物流やデータフローに近い。
栄養剤「E錠」のCM、「秒速チャージ!」というキャッチコピーが流れる。
次は「エナジー・オーバー・ドライブ」「1日は25時間へ」というエナジードリンクのCMだ。
心拍数を強制的に上げるようなBGMが響き、有効成分とエビデンスが流れていく。
そしてビルの壁面を覆う巨大なデジタルサイネージに、火花を散らして激突する重装甲の戦士たちが映し出される。
そのCMの隅で、インフルエンサーのリリが「今夜の勝者は誰かしら?」と妖艶に微笑み、観客のベッティング(賭け)を煽る。
食事もタイパを追求、合法的な賭け試合も同じくタイパが良いのだろう。
ビル群の隙間に鮮やかな朱色の鳥居を見つけ、ラムが足を止めた。
「……ミント、ここに寄ろう」
とミントの袖を引く。




