エピローグ:文字化けの神意と高評価
遥か高次元、天界にあるガイア神殿。
かつてミントを異世界パンガイアへと転生させた、すべての始まりの場所。
ガイアがデスクに突っ伏し、精根尽き果てた様子で長い溜息をついていた。
「ふぅ……やっと終わったわ……。まさかあんなに大変だなんて」
女神ガイアは、疲労の色が隠せない手つきで机の上の水晶に指を触れる。
シン新宿の薄暗いポッド、かつてのミントのサーバールーム。
ポテトチップスを幸せそうに口に運びながら、モニターを見つめるラムの姿が映し出された。
「ミントさん、ボーナス喜んでくれたかな?
ギグのメンバーの打ち上げをささやかな幸福と言っていた。
でもパンガイアにいたときの方が幸せそうだったのよ、知ってた?
今はいい顔をしてる」
水晶に映るのは、シン新宿で冷えたジョッキを煽るミントのどこか空虚な瞳。
パンガイアでアイリス王女と肩を並べ、不敵な笑みを浮かべながら次なる「悪巧み」を企んでいた時の生き生きとした表情。
その「差」に気づく程度には、ミントを見守り続けてきた管理者だ。
「それに、あの後のパンガイアのラムちゃん、ね」
水晶が過去を表示する。
ミントがいなくなった場所で呆然と立ち尽くし、ただ静かに泣き続けていたラムの姿が浮かぶ。
ドラゴンの威厳も、子供らしさも消え失せ、ただ世界に絶望したようなその小さな背中。
あまりに脆く、痛々しかった。
「あんなの、見てられるわけないじゃない。
ガイアの名前を冠した大陸を救った、最低で最高の英雄一行へ。私からの褒美|《もう一度一緒にいられること》よ」
そもそも、ミントは根本的な前提条件を誤っている。
ミントはガイアを、世界を時計のように管理する冷徹な『理神』だと思っていた。
世界を裏から操る深謀遠慮な、高次のチェスの指し手。
あるいは「ポンコツ」を装い油断させた、狡猾な策士。
だが実際のガイアは、ギリシャ神話に連なる由緒正しき『人格神』。
愛憎に狂い、嫉妬に燃え、気まぐれで人間を振り回し、時に情に絆される。
計算ではなく「心」で動く、これこそが神格の証明。
「『仲良きことは美しきかな』って、あっちの国(日本)では言うし。みんな一緒の方が楽しいに決まってるわよね!」
仕事を終えた圧倒的な満足感から、ガイアは神殿の豪華な寝椅子にどさりと体を預け、優雅な天井画を仰いだ。
「それにしても……ギリシャの親戚関係も複雑だけど、日本は『八百万』って多すぎじゃない?
誰に仁義を切れば密入国(転生)にならないか調べるだけで、もう一苦労だったんだから……」
彼女は再び、小さく溜息をついた。
ミントが「高度な管理者権限の行使」と推測し、戦慄した逆転生という奇跡。
その泥臭い舞台裏は、ガイアが日本の八百万の神々に、頭を下げて回った必死の「根回し」の結果であった。
もしガイアの交渉が失敗していたら、ミントたちは今頃、新宿ではなくアテネのパルテノン神殿で目覚めていた可能性すらあったのだ。
「でも、いいことすると気分が良いわ。あ、チャンネルに新作がアップされてる! 待ってました!」
女神は鼻歌まじりに水晶を操作する。
画面に表示されたタイトルは、『【ガチ】騎士ヘレンと日本の武道:入門編』。
「ヘレンさん、お仕事頑張ってる。高評価押しとかなくちゃ。
あ、ラムちゃんの予告は『○郎系ラーメン、全マシに挑戦!』ね」
神殿に響くのは、ハープの旋律ではなく、動画の再生ボタンを押す軽快なクリック音。
ガイアが「応援してる」と水晶越しにメッセージをタイプした。
ミントのミラーグラスに謎のメッセージが表示された。
「また、『蠢懈抄縺励※繧?』?この文字化け、不思議とイヤな感じはしない。さて、次の動画の構想を練りましょうか」
引っ越して広くなった部屋で、作戦会議が行われていた。




