前日譚:女神様の転生交渉
これは、三人の異世界人が「シン・新宿」に転生してくる少し前のお話。
実はガイアは、先に新宿を訪れていた。
天界にあるガイア神殿の奥深く。女神ガイアは、かつてないほど緊張した面持ちで、外交用の正装を整えていた。
彼女がこれから向かうのは、パンガイアでもアテネでもない。
極東の島国、日本の新宿を管轄する神々が座す領域、花園神社の神域である。
「三人のために頭を下げて回るくらい、安いものよ……多分ね」
と鏡に向かって自分を鼓舞する。
ガイアが転生の座標として選んだシン新宿。
その地を古くから守護する氏神、花園神社の三柱――ウカノミタマ(倉稲魂神)、ヤマトタケル(日本武尊)、受持神(保食神)との謁見は、
文字通りの「神懸かり的」な難航が予想された。
最初に立ちはだかったのは、勇壮な武神ヤマトタケルであった。彼はガイアが差し出した「英雄一行」の履歴書を検分し、鋭い眼光を向ける。
「ガイアよ。我が守護する新宿の地は、今や電子の虚飾に満ちておる。そこに異世界の戦士を投げ込んで、一体何とする。秩序を乱すのではないか?」
ガイアは居ずまいを正し、日本の神々の「言語」に合わせて定義を試みた。
「武尊様。彼女たちは単なる暴力の具現ではありません。ヘレンは異世界の法(騎士道)を奉じる『西洋の武者』。己の義を貫くため、その剛腕を奮います。
そしてニクスは影に潜み、理不尽な死を断つ『西洋の忍者』。彼女たちの磨き抜かれた『本物の武』は秩序を乱すものではありません」
ヤマトタケルは、ヘレンの西洋武術の型と、ニクスのアーバンパルクールを予見し、ふっと口角を上げた。
「……ほう。西洋の武者に、西洋の忍者か。興味深い。理屈ではなく、生身の極限を追求するその姿勢、まさしく『武の道』。
よかろう、彼女たちの入国を承認しよう」
続いて、五穀豊穣と食物を司る二柱、ウカノミタマと保食神が、ラムの食事ログをじっと見つめていた。
「ねえ、ガイア。シン新宿の人間たちは、命を軽んじすぎているわ」
ウカノミタマが、合成タンパク質や栄養錠剤を齧る現代人の映像を指差して嘆く。
「『いただきます』という感謝を忘れ、数値を食べているだけ。そんな乾いた土地に、この幼いトカゲのような存在を連れてきてどうするの?」
ガイアはここで、最大の切り札を出す。
「トカゲではありません。彼女は異世界における最強の『龍』、つまりは『聖獣』です。龍は水を司り、命を繋ぐ神聖な存在。
見てください、彼女が○郎系ラーメンを前に手を合わせる姿を」
ガイアがラムのシミュレーション映像を見せる。山のようなもやしを前に、ラムは小さな掌をぴたりと合わせ、「いただきます」と深く一礼した。
「彼女は『王』です。奪った命が自分の力になることを知っている。
だからこそ、彼女がこの無機質な街で『食べる』ことは、それ自体が聖域の再生……つまり『いただきます』の原典回帰なんです」
保食神は、ラムがポテトチップスの一片を味わう姿を見て、優しく目を細めた。
「……素晴らしいわ。タイパや健康志向という偽りの呪縛に縛られた民に、この聖獣が『真実の食』を叩きつけるのね。これこそが我ら食物神の望む光景。……承認しましょう」
新宿の氏神たちが迎える『まれびと』
三柱の神々は、最終的に頷き合った。彼らの基準において、彼女たちは「不法入国者」でも「秩序を乱す存在」でもなくなった。
「異国より来たりて、この地に新たな風を吹き込む『まれびと(客人神)』。古き良き日本が持っていた『本物』を、彼女たちが呼び覚ますというのなら、拒む理由はどこにもない」
ヤマトタケルのその一言で、シン新宿の氏神総出の「入国許可」が下りた。
「滞在の許可はもらった、あとは頑張ってね」
とガイアは疲れた顔をしていたが、満足した顔をしていた。
もしこの時ガイアが失敗していたら、三人の異世界人はギリシャに転生していただろう。
(終)




