第9話 凛音、おじさんと友達になる。
「あ」
「あ」
ばったり。
鉄拳魔道士・紅威凛音こと、赤井リリィが目を点にする。
ダンジョン攻略も配信もお休みの日。
ショッピングモールのドラッグストアへ買い物に行くところだ。
いつも配達してくれるチューバーイーツおじさんと、ばったり出会った。
「こ、こんにちは!」
らしくもない。声が上ずってしまう。
前回会った時の記憶がいっぺんに蘇る。会ったというか、届けに来てくれた時に受け取っただけだが。
あのとき自分は、この配達員さんのことを、はっきりと意識したのだった。
――好き。
かも、と。
おじさんも買い物帰りなのだろう。右手にトイレットペーパー、左手にぱんぱんのマイバッグを提げている。背中には、配達用ではないふつうのリュックサックがあり、可愛いぬいぐるみのキーホルダーがついている。
彼はきょとんとした後、ああ、と顔をほころばせた。
「どうも。いつものお客さんですね。こんにちは」
――お、憶えててくれたっ……!
そのことに嬉しくなってしまう。
幼稚園でも小学校でも中学校でも高校でもこんな感情は抱いたことはなかった。
高校を出てすぐ一人暮らしを始めた三か月前だってそうだ。
「奇遇ですね」
おじさんがにこにこと微笑む。が、その雰囲気にやや焦りが見えた。
そういえば己の服装は大丈夫か。こないだはだるんだるんのTシャツで受け取りに出ちゃって見苦しい脂肪が全開だった気がするが。いま何着てるかなんていちいち覚えていない。モールに行くから多少マシな格好はしていると思うがブラ付けてくるの忘れた。化粧もかなり微妙だし、シャワーくらいは何とかしたはずだが、髪の毛に櫛は入れてないからきっと頭はぼさぼさだ。
おじさんが居づらそうにしている。
あれ? なんか……避けられてる?
「じゃあ僕はここで……」
明らかな作り笑い。いつもと違う営業スマイルですらない。あの元気な笑顔はどこへ行った。
どこへ行ったというか、どこへ行くんですか。
「あ、あの!」
思ったよりデカい声が自分の喉から出てしまって、己が焦る。
しかも気付いたらおじさんの上着の裾を掴んでる。なぜ。どうして。わしは悪くない。この手が勝手に!
裾を握られたおじさんが、振り返ってこちらを見下ろす。背、高いんですね。いやだいたいの人は自分より高いんだが。
「えっと……」
ほらおじさん困ってるじゃんええいままよ!
「良かったら……」
「はい……?」
視線をさまよわせる。なにか、なにか無いか、繋ぎ留められそうなものを。
「クレープでも、食べませんか」
☆
そのようにして、クレープを食べることになった。
ショッピングモールの一階。
両脇にお店が並んでるタイプのフードコート。
おじさんは「席に荷物を置いてきますね」と去って行った。
逃げられたかもしれない。
ぼんやりとそんなことを考えながら、クレープ屋さんのカウンター越しに注文する。
受け取って、振り返ると、おじさんが手ぶらで立っていた。
「わ」
「え」
本当に戻ってきたことに驚いた。いや当たり前なんだが。
「す、すみません、どうぞ」
「はい、ありがとうございます」
おじさんのお会計をぼんやりと待つ。おじさんは店員さんと何やらおしゃべりをしたあと、クレープを受け取った。美味しそうな苺がたくさん乗っている。
「お知り合いなんですか……?」
「え? ああ、いや、今日のおすすめを聞いただけです。『苺が美味しい』らしいので頼んだら、オマケして貰えちゃいました」
コミュ力が凄い。
嬉しそうなおじさん可愛い。
「そちらは何を?」
「えっと、なんだっけ」
自分で頼んだのを全く覚えていない。
「チョコバナナのようです」
「ようですか。美味しそうですね」
「あ、一口食べます?」
「いえいえいえいえ! やめておきましょう」
そんなすごい勢いで拒否らなくてもいいじゃないか。
若干傷つきながらも、おじさんの先導で席まで行く。
先に座ったおじさんが、立ったまま微動だにしない自分を、不思議そうに見上げた。
「座りにくいですか……? 席を変わります……?」
「あの、迷惑でしたら、私、帰ります」
「え! ぜんぜん! むしろこちらこそ、大丈夫ですか?」
「なにがです……?」
おじさんはバツが悪そうな顔で、
「年若い女性が僕のようなおじさんと一緒にいると、変な目で見られてしまうのではないかと……」
ぴっしゃーん、と脳天に電撃が走った。
――ああ、なるほど。
パパ活か何かと間違えられないかと心配だったのだろうか。それでさっきも居づらそうにしてたのか。こういう時代だもんね。
いやこれ完全にこっちが悪いな。
「ごめんなさい! 気が回りませんでした!」
頭を下げる。またデカい声が出てしまう。配信というか、体育会系のノリがついつい。
「いえいえ! そちらが良ければ僕は大丈夫です!」
「本当ですか!」
「ええ、本当です」
「良かった……」
ホッとして、座った。
おじさんが笑顔で、
「さ、クレープ、食べちゃいましょう。温かいうちに」
「そうですね」
アイスをトッピングしてなくて良かった。おじさんが言う通り、クレープの皮はホッとするような温かさだった。
クレープなんていつぶりだろう。高校時代に友達と食べたっきりか。バナナとクリームが甘くてほっぺがとろけそう。
おじさんが微笑む。
「美味しいですね」
「美味しいです~!」
「とても幸せそうです」
「すっごい幸せです!」
ヤバい。止まらない。
「あの、イチゴやっぱり貰えませんか」
「え、僕、スプーンつけちゃいましたけど」
「私そういうの気にしないんで大丈夫です!」
「そうですか? ならどうぞ」
「いただきます! ん~! 本当に美味しい! おすすめは間違いじゃなかったですね~!」
「ふふ、そうですね」
おじさんがこちらを見る目が娘のそれになっているが、自分は全く気付いていない。
クレープをパクパク食べながら、
「配達員さん、今日はお休みでした?」
「ええ、はい。僕の仕事は基本的にいつでも休めるんですが、今日は休日としました」
「わかりますっ! 個人事業主あるあるですよね~! 自分で『この日は休みっ!』って決めないと休めないんですよね!」
「お客さんもそうでしたか。いつも夜遅くまでお仕事大変そうですもんね」
「いや~あはは~いつもご飯届けてもらってありがとうございますぅ~助かってますぅ~」
「こちらこそ、いつもありがとうございます」
自然と会話できている。なぜだろうか、不思議と落ち着く。
いつも顔を合わせているから?
おじさんの柔和な雰囲気のおかげ?
いや、もっとこう、別のところに要因がある気がする。
――ダンジョン?
ふと、その単語が頭をよぎる。理由はわからない。チューバーイーツの配達員さんが、ダンジョンと関わりがあるとは思えない。
――噂のダンジョン・チューバーイーツ最強おじさんが、まさかこのひとじゃないだろうし。
それに、そんな噂ではなく、もっと身近な縁があるような……。
「配達員さんは……呼びにくいな。ええと、お名前を聞いても大丈夫ですか? あ、自分の名前が先か」
名乗る。
「私は赤井リリィといいます」
おじさんは、わずかに驚いた様子で、
「赤井、リリィ……さん」
「? はい、リリィです」
おじさんは照れたように、
「あ、すみません。知り合いに名前が似てたものですから」
まさかそれが死んだ妻だとは言えない……おじさんがそう思ったことをリリィは知らない。
おじさんは姿勢を正して、
「小治、と申します。おじさんです」
おじさんはそう言って笑った。鉄板ネタなのかもしれない。面白いなこのひと。
「最近まで外国にいたので、このネタが使えなくて、悔しかったんですよ」
「そうだったんですか!? 外国って……どこへ?」
おじさんは少し考えて、
「だいたいヨーロッパの方です」
「はえ~! すっごいですねぇ~! 私なんて日本から出たことありませんよ~!」
「今はわざわざ日本から出る必要がありませんからね。インターネットもあるし、ダンジョンも日本だけですし」
「そうなんですよね~。おかげで国際情勢不安ですけど」
新たなエネルギーが日本にだけ突然現れた。その波紋は世界中に広がっている。
もちろん国内でもだ。
「平和が一番ですね……」
おじさんがやけにしみじみと語った。なんだかめちゃくちゃ実感に満ちている。『ヨーロッパの方』で色々あったのだろうか。
なんて、他愛もない会話をして、解散する流れになった。
いや、なに解散する流れになってるんだ。
行け。
「あの、良かったら、なんですけど……」
「はい?」
おじさんにスマホを見せる。
「LIME交換してくれませんか? お、お友達になってほしくて……! その、私、こっち来たばかりで友達あまりいなくて、同業者も友達ってほどじゃなくて、その……」
「ええ、僕で良ければもちろん」
顔中で喜んでしまった。
「ありがとうございます!」
LIME交換して、友達になった。
うれしい。
「それじゃあ、また!」
「はい、また」
うきうきしながらモールを出て、家に帰って、LIMEでスタンプ送って、ハッと気が付く。
「買い物忘れてたわ……」
どれだけ浮かれているんだろう。
仕方ない、また行くか。
「って、待て待て。ブラ付けてない」
パーカーを脱いで、脇と乳の裏を拭いて、ブラを付ける。むやみにデカいせいでワキと背中に肉が流れる。それらをかき集めて、目立たないようにぎゅっと押し込めて、その窮屈さに、ふぅ、と息を吐いた。
鏡を見る。
「……もう会わないと思うけど、いちおうね」
化粧をもう少しちゃんとして、また外出した。
メイクしながらちらりと見たネットニュースに、チューバーイーツ最強おじさんがまた出た、とあった。
――どんなひとなんだろうな。
いま自分がLIMEスタンプ送った相手だとは、思いもしなかった。
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