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第8話 ブラウスぱつぱつ公安女とチーム杏仁豆腐



「そんな顔をしないで。きっとまた会えるから」


 彼女は最期にそう微笑んだ。


☆


 夢を見た。


 ベッドから起き上がり、おじさんは窓から差し込む陽光に指輪を掲げる。


 キラキラと、小さな宝石が光っていた。


『輪廻《・・》の指輪』。


 異世界から持ち帰ることができたモノの一つだ。


 生まれ変わったらきっとまた会える――そんな魔術的な祈り(・・)が込められている。


 おじさんが、亡くなった奥さんと再会できる日は……。


「……来ないだろうねぇ」


 それはわからない。


☆


「来てるこっち来てる来てる!」

「ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい!」

「走れ走れ走れ走れ走れ走れ走れ走れ!」

「うぅーん…………」


 桶川ダンジョン第10層。


 中堅のパーティ・VTuberグループが、モンスターに追われている。一人は戦闘不能になって担がれており、もう三人は必死に逃げている。


「出口は!?」

「あっち!」

「ダメだ落とし穴でふさがれてる!」


「Guruluuuuu(グルゥゥゥゥゥゥ)!!」


 血に濡れたような赤い毛の狼――ブラッディウルフの大群だった。およそ15匹。この規模になると、最低でもパーティ平均15レベルは欲しいところだが、彼らは10~11レベル程度。おまけに一人は戦闘不能だ。


 全滅必至。


 Vの肉体は骨まで喰われて、元の身体に戻ることも出来ず、ここで魔素《マナ》として散るだろう。


 死ぬのだ。


「――収束閃煌線《フォトン・レイ》!!」


 魔道士が熱線の魔法を放つ。オーク程度なら丸焼きに出来る威力だが、


「|Guruloooooooooo《グルゥゥオオオオオオオオオ》!!」


 ブラッディウルフには効果が薄い。


 炎属性への耐性が強いのではない。


 単純に、防御力が高いのだ。


 魔物は見えない粒子――魔素《マナ》で身体を覆っている。その厚みがそのまま防御力となる。現代の戦車の正面装甲に、拳銃弾が通用しないのと同じ理屈だ。


 配信チャット欄も阿鼻叫喚だ。

『これガチでヤバいやつだよ!』

『近くにパーティいないか!?』

『鳩飛ばせ鳩!』

『ダメだ! この時間はただでさえ人が少ないんだよ!』


「転移結晶は!?」

「無いよ! 一昨日使っちゃったじゃん!」

「くそ! 仕方ねぇ、お前たちだけでも逃げろ!」


 戦闘不能になった仲間を担いでいた武闘家が、他の仲間に預けて立ちふさがる。


「ヤン――!」

「そんな……!」

「いいから早く行け! 俺への入金はすべて入院中の妹にあげてくれ!!」


『ヤン兄ぃ!』

『マジかよっ!』

『カッコよすぎるけど、こんなところでカッコつけないでくれよ!』

『いつもみたいに鼻からざるそば啜って笑わせてくれよー!』


「おらぁ、来いブラッディウルフども! 一匹でも道連れにしてやるぜ!!」


 血濡れ狼の群れに、勇敢なVTuberが仲間を庇って立ち向かう。


「「ヤン!!!!」」


 仲間たちが泣きながら彼の名を呼ぶ。モンスターの顎が武闘家の首を噛み砕こうと殺到したその時、


「――七星剣武《しちせいけんぶ》・無刀《むとう》/乱打《らんだ》」


 風のように現れた男が、すべての血濡れ狼をぶっとばしていた。


「なっ――!?」


 驚く武闘家。傍らには、チューバーイーツのデカいバッグを背負った男。


 武闘家である自分ですら見たことのない武術でモンスターたちを返り討ちにした彼は、直突きの姿勢からゆっくりと身体を戻す。


 チューバー配達おじさん。


「ふっく……」


 感動して泣いてる。


「なんて……なんて仲間想いのひとなんでしょう……。これだからVTuber推しはやめられない……」


「え、あの……」


「素晴らしい、素晴らしいです、ヤンさん……! チーム『杏仁豆腐』の皆さんも、本当によく頑張ってて……!」


 後ろで呆然としていた女性Vが、


「わ、私たちのチーム名まで知ってるの……?」


「ええ、はい。先日の桃鉄配信、とても良かったです。サムネと冒頭では『パーティ解散の危機!?』と煽っていたのに、いざ始まってみたらキングビンボーにずっと憑りつかれているヤンさんのために必死にカードを探すお三方の姿が尊くて……!」


「見てたの!?」

「桃鉄配信を!?」

「そこまで詳しく!?」


 やたら強いチューバーイーツおじさんがVTuberの同期愛の尊さで泣いている。


 意味が分からない。


「――ハッ! おじさん、前っ!」


 ヤンが叫ぶ。おじさんの後頭部に向けて、生き残りのブラッディウルフが襲い掛かる。おじさんの頭が動いた気がした、その時にはもう、


――七星剣武・無刀/閃煌《せんこう》。


「これは失礼しました」


 おじさんの指から放たれた熱線《・・》に貫かれ、ブラッディウルフは中心部から融解し蒸発した。


 まるで光の槍に串刺しにされたかのようだった。


「なっ…………!」


 驚愕するパーティ三名。


 おじさんは頭を下げて、


「業務中にも拘わらず、限界オタク化してしまいました。申し訳ございません」

「い、いや……」

「こちらこそ、ありがとうございました……」


「クーポンをご使用でしたね。ではこちらが商品です」


 おじさんが差し出したのは、ほかほかの食事が入っているビニール袋と――


「転移結晶!?」


「おまけです。どうぞお使いください」


「こんな高価なもの、俺達には払えません……!」


「ですから、おまけです。お代はいりません」

 どうせタダで作ったものですし、とは言わないおじさんである。


「けど……」


 おじさんは心配そうに、


「お怪我をされてるヴェノさんがお辛そうです。早く戻って差し上げてください」


「え、あ……」


 ヤンが、戦闘不能の仲間に目を移して、もう一度振り返ると、


「消えた…………」


 おじさんはもう、いなくなっていた。


 残っているのは転移結晶と、ほかほかの中華丼四つだった。


☆


 某SNS。


『また出たらしいぞ、チューバーイーツ最強おじさんが』

『杏仁豆腐のパーティだっけ』

『ブーギーズも助けたって』

『勇気凛々のところにも来たらしいぞ』

『オーリオン事務所《ギルド》以外のVも助けるんだな』

『VTuberの限界オタクって噂だぜ』

『こーれマジです。チューバーイーツ最強おじさん、真相です』

『詐欺URLに飛ばされるから押すなよー↑』

『転移結晶売って株買ってFIREしてそう』



 にわかに噂になっている。


 ダンジョン・チューバーイーツ最強おじさんが。


 まとめるとこうだ。


・チューバーイーツに登録しているVTuberがピンチになると、突然クーポンが配られる。


・「クーポンを使いますか? Y/N」


・どこからともなくおじさんがやってくる。回復アイテムとお弁当を渡して去っていく。


 なおチューバーイーツ株式会社はおじさんとの関係を否定している。


「配達パートナーとはあくまで委託関係にありますが、そのようなパートナーを、当社は存じ上げません」


『誰が信じんのよ』

『他のフーデリじゃ出てこないんでしょ?』

『クラッキングしてんなら違法だな』

『そもそも無許可ダンジョン侵入が違法だよ』

『AIじゃねぇの?』

『録画カメラ騙せる魔術もあるって噂だけどなー』

『それで顔が映らないんかね?』

『隠蔽技術売って株買ってFIREしてそう』


 SNSには大した情報は無い。


 無いが、そのポストを精査し、ポスト主のアカウントとメールアドレスと住所氏名を十秒以内に探り出し、顔写真と紐付けている部署はある。


 警視庁公安第五課。


 ダンジョン関連人物およびVTuberを捜査対象《・・・・》とする刑事たちである。


 公安はダンジョン庁と連携し、勇者パーティを筆頭に支援を行っている――その裏で、『強大な武力と影響力を持った個人集団』としてVTuberを危険視もしている。


「内海さん」


 とあるビルの屋上。


 若い刑事が、疲れたベテラン女刑事に缶コーヒーを渡す。


「どしたの田中」

「ブラが出てます」


「やだエッチ!」

「セクハラで訴えますよ」


「逆じゃねえの!?」

「よく考えてください。逆の立場だったら、アンタ訴えるでしょ?」


 身も心も疲れ切った33歳限界独身女刑事・内海はぼんやりと考える。


 身も心も疲れ切った33歳限界独身男性のパンツが見えていたら、と。


「セクハラで訴えるわ」

「でしょうが」


「でもざんねーん。私ら、公的には存在しないので棄却でーす」

「いいからその邪魔そうなモンを締まってくれつってんですよ」


「えー、はーい」


 もそもそとデカい胸をブラウスの中に仕舞う内海。具体的にはボタンをぎっちぎちに締める。腕の長さに合わせてブラウスを買うもんだから、毎回胸がまろびでてしまうのだが、内海は全く気にしていないのであった。


 田中は最初から最後までいっさい内海を見ていない。


 ぱっつぱつのブラウスで内海が、


「田中ァ」

「はい」


「ブラックきらーい」

「アンタがブラックがいいって言ったんじゃないですか」


「そうだっけ」

「そうですよ」


「田中ァ」

「はい」


「チューバーイーツ呼んでー」

「公安《ここ》に呼べるわけないでしょうが」


「じゃあ仕方ない。会いに行くか」

「…………行くんですか」


 缶コーヒーを開ける。ぐびぐびと飲み干す。胸の谷間から今どき珍しい現像タイプの写真を取り出して、


「チューバーイーツ最強おじさん――ね」


 にごぉ……と笑うと、また胸の谷間から取り出したマッチを擦って、写真に火を点けた。


「けっこう好みなんだよなぁ」


 おじさんの隠し撮り写真が、じわじわと燃えていく……。


 警視庁公安第五課のエース二人が、動き出した。


☆


「おわ」


 配達中のスクーターが急に震え出した。ぶるる、と。ハンドルが取られたように。


「どうしたの? アド」

「なんか嫌な予感……」


「どんな?」

「旦那……また……狙われてますぜ……!」


「え、怖い」

「乳のデカい女に……モテてますぜ……!」


 んなわけないでしょ、とおじさんは思った。


 なんでわかるんだよ。



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