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第8話 ブラウスぱつぱつ公安女とチーム杏仁豆腐



「そんな顔をしないで。きっとまた会えるから」


 彼女は最期にそう微笑んだ。



 夢を見た。


 ベッドから起き上がり、おじさんは窓から差し込む陽光に指輪を掲げる。


 キラキラと、小さな宝石が光っていた。


輪廻・・の指輪』。


 異世界から持ち帰ることができたモノの一つだ。


 生まれ変わったらきっとまた会える――そんな魔術的な祈り(・・)が込められている。


 おじさんが、亡くなった奥さんと再会できる日は……。


「……来ないだろうねぇ」


 それはわからない。



「来てるこっち来てる来てる!」

「ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい!」

「走れ走れ走れ走れ走れ走れ走れ走れ!」

「うぅーん…………」


 桶川ダンジョン第10層。


 中堅のパーティ・VTuberグループが、モンスターに追われている。一人は戦闘不能になって担がれており、もう三人は必死に逃げている。


「出口は!?」

「あっち!」

「ダメだ落とし穴でふさがれてる!」


Guruluuuuu(グルゥゥゥゥゥゥ)!!」


 血に濡れたような赤い毛の狼――ブラッディウルフの大群だった。およそ15匹。この規模になると、最低でもパーティ平均15レベルは欲しいところだが、彼らは10~11レベル程度。おまけに一人は戦闘不能だ。


 全滅必至。


 Vの肉体は骨まで喰われて、元の身体に戻ることも出来ず、ここで魔素マナとして散るだろう。


 死ぬのだ。


「――収束閃煌線フォトン・レイ!!」


 魔道士が熱線の魔法を放つ。オーク程度なら丸焼きに出来る威力だが、


「|Gurulooooooooooグルゥゥオオオオオオオオオ!!」


 ブラッディウルフには効果が薄い。


 炎属性への耐性が強いのではない。


 単純に、防御力が高いのだ。


 魔物は見えない粒子――魔素マナで身体を覆っている。その厚みがそのまま防御力となる。現代の戦車の正面装甲に、拳銃弾が通用しないのと同じ理屈だ。


 配信チャット欄も阿鼻叫喚だ。

『これガチでヤバいやつだよ!』

『近くにパーティいないか!?』

『鳩飛ばせ鳩!』

『ダメだ! この時間はただでさえ人が少ないんだよ!』


「転移結晶は!?」

「無いよ! 一昨日使っちゃったじゃん!」

「くそ! 仕方ねぇ、お前たちだけでも逃げろ!」


 戦闘不能になった仲間を担いでいた武闘家が、他の仲間に預けて立ちふさがる。


「ヤン――!」

「そんな……!」

「いいから早く行け! 俺への入金はすべて入院中の妹にあげてくれ!!」


『ヤン兄ぃ!』

『マジかよっ!』

『カッコよすぎるけど、こんなところでカッコつけないでくれよ!』

『いつもみたいに鼻からざるそば啜って笑わせてくれよー!』


「おらぁ、来いブラッディウルフども! 一匹でも道連れにしてやるぜ!!」


 血濡れ狼の群れに、勇敢なVTuberが仲間を庇って立ち向かう。


「「ヤン!!!!」」


 仲間たちが泣きながら彼の名を呼ぶ。モンスターの顎が武闘家の首を噛み砕こうと殺到したその時、


「――七星剣武しちせいけんぶ無刀むとう乱打らんだ


 風のように現れた男が、すべての血濡れ狼をぶっとばしていた。


「なっ――!?」


 驚く武闘家。傍らには、チューバーイーツのデカいバッグを背負った男。


 武闘家である自分ですら見たことのない武術でモンスターたちを返り討ちにした彼は、直突きの姿勢からゆっくりと身体を戻す。


 チューバー配達おじさん。


「ふっく……」


 感動して泣いてる。


「なんて……なんて仲間想いのひとなんでしょう……。これだからVTuber推しはやめられない……」


「え、あの……」


「素晴らしい、素晴らしいです、ヤンさん……! チーム『杏仁豆腐』の皆さんも、本当によく頑張ってて……!」


 後ろで呆然としていた女性Vが、


「わ、私たちのチーム名まで知ってるの……?」


「ええ、はい。先日の桃鉄配信、とても良かったです。サムネと冒頭では『パーティ解散の危機!?』と煽っていたのに、いざ始まってみたらキングビンボーにずっと憑りつかれているヤンさんのために必死にカードを探すお三方の姿が尊くて……!」


「見てたの!?」

「桃鉄配信を!?」

「そこまで詳しく!?」


 やたら強いチューバーイーツおじさんがVTuberの同期愛の尊さで泣いている。


 意味が分からない。


「――ハッ! おじさん、前っ!」


 ヤンが叫ぶ。おじさんの後頭部に向けて、生き残りのブラッディウルフが襲い掛かる。おじさんの頭が動いた気がした、その時にはもう、


――七星剣武・無刀/閃煌せんこう


「これは失礼しました」


 おじさんの指から放たれた熱線・・に貫かれ、ブラッディウルフは中心部から融解し蒸発した。


 まるで光の槍に串刺しにされたかのようだった。


「なっ…………!」


 驚愕するパーティ三名。


 おじさんは頭を下げて、


「業務中にも拘わらず、限界オタク化してしまいました。申し訳ございません」

「い、いや……」

「こちらこそ、ありがとうございました……」


「クーポンをご使用でしたね。ではこちらが商品です」


 おじさんが差し出したのは、ほかほかの食事が入っているビニール袋と――


「転移結晶!?」


「おまけです。どうぞお使いください」


「こんな高価なもの、俺達には払えません……!」


「ですから、おまけです。お代はいりません」

 どうせタダで作ったものですし、とは言わないおじさんである。


「けど……」


 おじさんは心配そうに、


「お怪我をされてるヴェノさんがお辛そうです。早く戻って差し上げてください」


「え、あ……」


 ヤンが、戦闘不能の仲間に目を移して、もう一度振り返ると、


「消えた…………」


 おじさんはもう、いなくなっていた。


 残っているのは転移結晶と、ほかほかの中華丼四つだった。



 某SNS。


『また出たらしいぞ、チューバーイーツ最強おじさんが』

『杏仁豆腐のパーティだっけ』

『ブーギーズも助けたって』

『勇気凛々のところにも来たらしいぞ』

『オーリオン事務所ギルド以外のVも助けるんだな』

『VTuberの限界オタクって噂だぜ』

『こーれマジです。チューバーイーツ最強おじさん、真相です』

『詐欺URLに飛ばされるから押すなよー↑』

『転移結晶売って株買ってFIREしてそう』



 にわかに噂になっている。


 ダンジョン・チューバーイーツ最強おじさんが。


 まとめるとこうだ。


・チューバーイーツに登録しているVTuberがピンチになると、突然クーポンが配られる。


・「クーポンを使いますか? Y/N」


・どこからともなくおじさんがやってくる。回復アイテムとお弁当を渡して去っていく。


 なおチューバーイーツ株式会社はおじさんとの関係を否定している。


「配達パートナーとはあくまで委託関係にありますが、そのようなパートナーを、当社は存じ上げません」


『誰が信じんのよ』

『他のフーデリじゃ出てこないんでしょ?』

『クラッキングしてんなら違法だな』

『そもそも無許可ダンジョン侵入が違法だよ』

『AIじゃねぇの?』

『録画カメラ騙せる魔術もあるって噂だけどなー』

『それで顔が映らないんかね?』

『隠蔽技術売って株買ってFIREしてそう』


 SNSには大した情報は無い。


 無いが、そのポストを精査し、ポスト主のアカウントとメールアドレスと住所氏名を十秒以内に探り出し、顔写真と紐付けている部署はある。


 警視庁公安第五課。


 ダンジョン関連人物およびVTuberを捜査対象・・・・とする刑事たちである。


 公安はダンジョン庁と連携し、勇者パーティを筆頭に支援を行っている――その裏で、『強大な武力と影響力を持った個人集団』としてVTuberを危険視もしている。


「内海さん」


 とあるビルの屋上。


 若い刑事が、疲れたベテラン女刑事に缶コーヒーを渡す。


「どしたの田中」

「ブラが出てます」


「やだエッチ!」

「セクハラで訴えますよ」


「逆じゃねえの!?」

「よく考えてください。逆の立場だったら、アンタ訴えるでしょ?」


 身も心も疲れ切った33歳限界独身女刑事・内海はぼんやりと考える。


 身も心も疲れ切った33歳限界独身男性のパンツが見えていたら、と。


「セクハラで訴えるわ」

「でしょうが」


「でもざんねーん。私ら、公的には存在しないので棄却でーす」

「いいからその邪魔そうなモンを締まってくれつってんですよ」


「えー、はーい」


 もそもそとデカい胸をブラウスの中に仕舞う内海。具体的にはボタンをぎっちぎちに締める。腕の長さに合わせてブラウスを買うもんだから、毎回胸がまろびでてしまうのだが、内海は全く気にしていないのであった。


 田中は最初から最後までいっさい内海を見ていない。


 ぱっつぱつのブラウスで内海が、


「田中ァ」

「はい」


「ブラックきらーい」

「アンタがブラックがいいって言ったんじゃないですか」


「そうだっけ」

「そうですよ」


「田中ァ」

「はい」


「チューバーイーツ呼んでー」

公安ここに呼べるわけないでしょうが」


「じゃあ仕方ない。会いに行くか」

「…………行くんですか」


 缶コーヒーを開ける。ぐびぐびと飲み干す。胸の谷間から今どき珍しい現像タイプの写真を取り出して、


「チューバーイーツ最強おじさん――ね」


 にごぉ……と笑うと、また胸の谷間から取り出したマッチを擦って、写真に火を点けた。


「けっこう好みなんだよなぁ」


 おじさんの隠し撮り写真が、じわじわと燃えていく……。


 警視庁公安第五課のエース二人が、動き出した。



「おわ」


 配達中のスクーターが急に震え出した。ぶるる、と。ハンドルが取られたように。


「どうしたの? アド」

「なんか嫌な予感……」


「どんな?」

「旦那……また……狙われてますぜ……!」


「え、怖い」

「乳のデカい女に……モテてますぜ……!」


 んなわけないでしょ、とおじさんは思った。


 なんでわかるんだよ。



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