第7話 密会・摩訶伊法の好きなもの
「あっちゃー囲まれちゃったか……」
勇者パーティの魔道士・摩訶伊法は、周囲を見渡してそうぼやいた。
桶川ダンジョン・第七層。
郊外にあるこのダンジョンには、それほど人の手が入っていない。
もちろん、ダンジョンから魔物が出てこないよう、大まかな『掃除』だけはしてあるが、都会のダンジョンほど深層への攻略は進んでいない。
そして『掃除』から漏れた魔物ももちろんいる。
オークが六体。
毒を思わせる緑色の肌に、出っ張った腹と、醜い豚の頭。
しかし膂力は人間のそれを優に上回る。その手に持ったこん棒にはもちろん魔力が帯びており、人体はおろか乗用車だってぺしゃんこに出来る。
もしもこれが、『ソロで3層までしか来られないような低レベル魔道士』であれば、まず生き残れない。逃げ延びることすら怪しい。超貴重な転移結晶を使用してようやく……といったところだ。
さすがは郊外の第七層。活きの良いヤツが残ってる。
「Gofuuuu……!」
捕まったらどうなるかはお察しだ。
――ましてや、これでも私は美少女の分類だ。
この際、年齢のことは言いっこなしだ。
長い黒髪のツインテールが似合う童顔の美少女。メートル越えバストが強調された露出度がやけに高い魔導衣は、下半身のスリットが深くて下着の紐が見えている。
長杖ととんがり帽子が、かろうじて魔道士っぽい雰囲気を出していた。
「た、助けてください……!」
瞳に涙を浮かべて、胸の前に手を当てて、内またで、おびえたふりをして見せた。
「Gofaaaaa!!」
逆効果だった。
知ってる。
下手に逃げられないために芝居を打ったのだ。
オークどもはまず三体だけ突っ込んできた。最低限の知性はあるらしい。この巨体では六体いっぺんに来てもオーク同士でぶつかるだけだし、万が一、獲物が最初の三体の囲みを脱して逃げても、後ろの三体が捕まえる算段だろう。
伊法の詠唱は済んでいる。
「――収束閃煌線」
煌線系魔法の第二階梯。
第一階梯の閃煌線――凛音が蹴りで使用した魔法――あれを収束したもので、数倍の威力がある。
伊法の長杖から伸びた直径30cmほどの熱線は、まず飛び出してきた一体のオークの上半身を焼き切って貫き、その後ろで備えていた残りのオークも一緒に蒸発させた。さらに、伊法自身がくるりとその場で回転し、横と背後にいたオークどもにも同じ末路を辿らせた。
「ま、こんなもんか」
もう少し高レベルの魔法を使おうかとも思ったが、オークとはさんざん戦ってるし、この程度で十分だろうという判断だった。
大正解だ。
勇者パーティの一角は伊達ではなく、数々のV魔道士が、彼女を目標にしている。
そんな摩訶伊法をして――。
「お待たせしましたー。チューバーイーツです!」
「ひょわあぁっ!?」
いきなり背後3メートルの距離から声をかけられた。
いや、3メートルは空いてるから『いきなり』ではないのだろうが、10メートルの気配察知魔術で常に警戒しているのに、その中にいつの間にか入られて、かなりびっくりする。
「ど、ど、どうやって……」
「ご注文はこちらですか? ただ――もう終わっているようですね」
振り返ると、あのチューバーイーツおじさんがニコニコと立っていた。配達のバッグを背負って。消し炭になったあと、塵に還っていくオークたちを見ながら。
繰り返すが、郊外にあるこのダンジョンには、それほど人の手が入っていない。
だからこそ――こういう密会にはうってつけともいえる。
伊法は、ある特別なクーポンを使って、この配達員を呼び出していた。
「オーリオン所属のVTuber・摩訶伊法です。職業は魔道士……の上位職の『大魔導師』。レベルは70」
自己紹介をした後、お辞儀をする。
「この間は『魔王』との戦いで助けてくれて、ありがとうございました」
おじさんはにこりと微笑んだ。
「いえいえ、仕事ですから」
「謝礼をしたいんだけど、チューバーイーツ経由で大丈夫?」
「いりません。チューバーイーツさんは無関係ですし」
「それじゃ私の気が済まない」
「でしたら、またご注文ください。ダンジョン以外で」
むぅ。
やはり一筋縄ではいかないか。
じぃっと見てみる。V特有の、霊殻の揺らぎが見えない。
「やっぱりVTuberじゃないんだね……なんで生身で平気なの?」
「企業秘密です」
その微笑みに、敵意も殺気も感じられないのに、圧力だけを覚える。
――なに、このおじさん……!
修羅場を潜り抜けてきたものだけが纏える覇気があるとするならば、きっとこの圧力のことを言うのだろう。
勇者パーティとして八年近く、最前線で戦い続けてきた自分よりも遥かに強い。
頭ではあり得ないとわかっているのに、肌が、身体が、霊殻が、このおじさんを『絶対に敵に回してはいけない』と警告している。
そして心は、陥落していた。
「あの……年下に興味はある……?」
「は?」
覇気が消えた。どっかいった。
困ったように頬をかく。
「えぇっと、勇者パーティの大魔導師さんですよね? 僕にいったい何のご用事ですか? 緊急クーポンは嘘だったんでしょう?」
「ええ、そう。私。私が呼んだ。あなたに会いたくて」
「どういったご用件で?」
「あなたは何者?」
「企業秘密です」
「このクーポン……チューバーイーツのものだよね? どうしてあなたを呼べるの? 会社もグル?」
「会社は無関係です。僕が勝手にやっています」
「システムに割り込んでいるの? 違法じゃない?」
「企業秘密です」
「その企業って、あなたの? それともチューバー?」
「企業秘密です」
「話す気はないか。ま、そうだよね」
わかってましたと言わんばかりに息を吐く伊法。
自身のドローンカメラを指しながら、
「配信はしてないけど、録画はしてる。でも、どうせあなたの顔も声も記録には残らないんだろうね」
「はい」
「しゃーない。じゃ、これだけでも受け取ってくれる?」
「これは?」
「ラブレター」
「はは、それは可愛らしい」
「一晩かけて書いたから、絶対読んでよね?」
「わかりました。拝読します」
おじさんは何かの暗号だと思っているが、それがマジのラブレターであり、非常に困惑することをまだ知らない。
渡した当の本人は、そりゃもう心臓ばっくばくである。
こんなに真面目かつ、唐突な告白なんて、小学校以来だ。
「24歳は恋愛対象に入る?」
「24歳……?」
おじさんは伊法を20歳だと思っている。誰かの話だと勘違いしている。なぜなら伊法の公式プロフィールがそうだから。おじさんはプロフを妄信するタイプだった。
「よくわかりませんが、恋愛対象には入りません」
「若すぎるから?」
「いえ」
おじさんは短く言った後、
「死んだ妻をまだ愛していますので」
うわ、と伊法は思った。
――ずるいよ。そんなの絶対勝てないじゃん。
さらりと告げられたことがまたショックを増大させた。
当たり前のことなのだ、この人の中では。
深刻に思った時期はとっくに過ぎたに違いない。何度も泣いて、悔やんで、その果てに『まだ愛している』と己の気持ちを知ったのだ。
だから、こんなにさらりと、初対面の自分に言えるのだ。
「やっぱそれ返して」
「え、はぁ」
自分が軽い気持ちで起こした行動が恥ずかしくなってラブレターをひったくった後、いやまだ諦めるのは早いと思い直して、
「やっぱ返さなくていい。読んで」
「え、はい」
再び押し付けた。
なんかもうこの時点でダメな気はするが、どうせダメなら当たって砕けろの精神である。
――これ、配信で流したら『負けヒロイン』とか言われるんだろうな。
心では泣いているが、顔には絶対に出さないと決めた。せめてもの意地だった。
顔を上げて、前を向いて、指を立てた。
「それともう一つ」
「なんでしょう?」
伊法は口をパクパクさせたあと、
「こがに」
と言った。
「……わかりました。ご忠告、ありがとうございます」
「やっぱりわかるんだ。さすがね」
圧縮された魔術言語を無理やり音にして出したのだが、それだけでこのおじさんは理解したらしい。
意味は――『公安が狙っているから気をつけろ』。
「あなたの身も危険なのでは? 記録はすべて政府に提出しなければいけないのでしょう? 僕と話していることもバレてしまいますよ」
「大丈夫。偽装魔術は私も使えるから」
ほう、とおじさんが感嘆した。
「ずいぶん研鑽なされているんですね。職業レベルも相当高いというのに。それに驕らず鍛錬を怠らないとは……素晴らしい、感動します」
魔法は、職業がもともと覚えていた魔術を自動的に起動させるもので、限定的だ。
魔術は、職業すら覚えていない術を一から編んで組んで発動させるもの。
必殺技を出す際に、ボタン一つで済ませるか、コマンドを入力するか。
自動か、手動か。
もちろん後者の方が自由度は高い。勇者とのミーティングで『この偽装は魔法じゃできない』といったのは嘘ではない。
魔法ではできない。
自分で一から魔術を組めばできるが。
おじさんは微笑んだまま、賞賛してくる。
「魔法だけでなく魔術も研鑽なされているとは。御見それしました」
「な、な、な、なによ! いきなり褒めないでよびっくりして嬉しいじゃない!」
「すみません、本心です」
「くっ……きゅんと来た……! メロついちゃう……! って、魔法と魔術の区別もわかってるの!? 本当にVTuberじゃないの?」
「VTuberの皆さんは好きです。よく見ています」
「私のチャンネルも?」
「登録しています」
「……嬉しい」
「こちらこそお会いできて光栄です」
「あ、じゃあ初対面じゃないんだ」
「スパチャも投げてます」
「嘘でしょ!? アカウント名は!?」
「……秘密です。恥ずかしいので」
そこで恥ずかしがるなよ可愛いだろ!
「教えなさいよ。なんて送ったの」
「何も書かずに送っています」
「え、なんで」
「…………おじさん構文になっちゃうが怖くて」
そこ気にするのかよ。
「僕は、Vの皆さんが健やかに配信をしてくれれば十分なので」
「光のリスナーかよ……」
いや、リスナーはもちろんみんな光だけどさ。
「それはそれとして、どうしてそこまで職業に詳しいの? 配信じゃ言ってないことだよね?」
「企業秘密ですが……そうですね」
おじさんは少し考えたあと、
「職業は、数多の達人と魔術師が、何世代もかけて培った技術と魔術をデータとして残し、憑依させた者に自動でその動きを再現させるものです」
「………………は?」
勇者パーティとして第一線で働き、政府の研究機関とも近いはずの自分ですら知らないことをすらすらと話すおじさん。
「レベルアップとは、職業によって『この強度なら壊れない』と判断された霊殻が、もともと備えてあった技術を解放することを指します。だから本当は、段位昇格ではなく、上限解放と言ったほうが正しいでしょう」
「なんでそんなことを知って……」
「忘れないで。あなたたちにはもう、“竜”ですら殺せるほどの力が備わっている。あとはそれを、どう解放するかだけなんです」
そのまなざしが、優しさと親しみに満ちていて、伊法はなぜか、死んだ父を思い出した。
「あなた自身が輝ける道を探してください。それを未来に繋いでいってください」
すでに通った道を、我が子たちが続いていく。
自分たちが築いた歴史を、後継たちが紡いでいく。
世界が異なっても、そこにヒトがいる限り、思いは繋がっていく。
このひとは、きっとそれを信じているのだ。
伊法は俯いた。
胸が締め付けられる。その想いを残さなくてはいけないと、強く思う。
「あの――」
そうして顔を上げた時には、おじさんの姿はもうどこにもなかった。
地面には、ペーパータオルの上に乗った、ビニール袋。
中を覗くと、ほっかほかのお弁当が入っていた。
置き配、というやつだった。
ファミレスで回収してきたものだろう。なぜなら自分が適当に注文したものが、ハンバーグ&エビフライ弁当だから。
「…………美味しそう」
お腹がぐぅと鳴る。今日はまだ食事をとっていなかった。
勇者パーティの一人であり、世界一の魔道士VTuber・摩訶伊法。
本名:渋川 心陽。
好きなものは、エビフライと、ハンバーグと、謎のチューバーイーツおじさんだ。
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