第10話 『杏仁豆腐』救助要請
「嘘だろ……」
「こりゃマズいな……」
レスキュー隊員たちが、呆然とつぶやいた。
☆
『救助要請、救助要請』
『秋ヶ瀬ダンジョン、第8層』
『要救助者・1パーティ、四名』
『モンスター・ホブゴブリンが2体、ゴブリン・シャーマンが2体、ゴブリンが10体。繰り返す――』
政府ダンジョン庁。
緊急指令室から発令された情報に従って、レスキュー隊員が棺桶に乗り込む。
ダンジョンでは、生身の人間は活動できない。
ゆえに、レスキュー隊員も変奏体《Vのすがた》に変身し、救助に向かう。
レスキュー隊員と記したが、正確には『特別変奏救助隊』という。
政府ダンジョン庁は、自衛隊・警察・消防に限らず、都道府県庁/各市・区役所などの一般職員も対象に、変奏体の適性検査を行った。
さらに、希望した者が救助試験をパスし、レスキューVとなっている。
総員数、50名。
政府には、この他にも変奏体《Vのすがた》チームはいるが、人命救助――ダンジョンで遭難した一般人やVTuberの救助を主とした目的としているのは、彼らだけであった。
彼らは|ダンジョンを攻略する者《チューバ―》ではないので、VTuberとはいわない。もっぱら、レスキューVだとか、Vレスだとか呼ばれている。
任務の性質上、職業レベルも高い者がほとんどだ。レベル5を超えれば一人前と言われる探索者であるが、レスキュー隊員の最低レベルは10である。
民間に降ればダンジョン探索だけで食っていけるほどの腕を持ちながら、国家に奉仕する志の高い者たち。
そんなレスキューV隊員たちであるが――。
「嘘だろ……」
「こりゃマズいな……」
二次災害の真っ最中だった。
レスキュー隊はまず、指令室からコフィンでダンジョンへ飛ぶ。
どのダンジョンにもたいてい、第5層には転移地点があり、記録している者がいればそこからスタートできる。レスキュー隊は、それぞれ各ダンジョンの転移地点をいくつか記録しているため、おおむね対応できる。
今回も、秋ヶ瀬ダンジョン第5層の転移記録を持っている者が選抜され、四人一組のチームで救助に向かった。
第5層から目的地である第8層へ降りていく。
そこは、石造りの滅びた街。
ダンジョンは、階層ごとに『世界』が違う。砂漠の下の階段を降りたら、いきなり孤島の洞窟から出たなんてことはザラにある。
8層の『街』はどちらかというと『迷宮街』であり、同じような壁と家並みが続いて迷いやすいし、蛇行する道がさらに現在地点をわかりにくくする、いやらしい階層だった。
推奨レベルは階層と同じ8。これはどのダンジョンも共通だ。階層=推奨レベルと考えて良い。ただし、四人で向かった場合の話であるが。
四人一組にも訳がある。
転移結晶だ。
緊急避難用の貴重な魔石である転移結晶は、一度に四人までの変奏体《V》を、記録した地点へ一瞬で転移させる。
このため、たいていのパーティは四人組であるし、それ以上で向かう場合は転移結晶を最低二つ用意するのが良いとされている。
一つの転移結晶に記録した人間は、二つ目の転移結晶には記録できない。どうも魔力の紋様――あるいは魂かなにか――で紐づけられてしまうらしい。
そして、非常に高価だった。これ一つで家が建つと言われるほどだ。
それゆえ、レスキュー隊でも持って行けるのは一つまで。最悪の場合、要救助者に転移結晶を渡し、残りは徒歩で帰還を目指すことになる。
今回が、まさにそれだった。
個人勢VTuber四人パーティは戦闘不能の満身創痍で、レスキュー隊が駆けつけてモンスターを討伐したころには虫の息だった。
多くの転移結晶は、緊急用に『誰が使ってもダンジョン庁の避難所へ飛ぶ』システムが組まれている。
要救助者に転移結晶を渡して、ダンジョンから転移させた。
そこまでは良かった。
「真田、お前、職業レベルいくつだ」
「戦士10ですよ。知ってるでしょ」
「だよな……。実は20でした、みたいな話は無いよな……」
「隊長こそ、実は上位職の『聖狙撃士』だったんだぜ、とか言ってくれないんですか」
「はは、斥候と僧侶を経た先の職業か……。残念ながらただの斥候レベル13だ」
「なら――コイツはどうします?」
目の前に出現した、巨大な火トカゲ――パイロレクスを見上げながら、レスキュー隊はじりじりと後ろに下がっている。
パイロレクスの討伐推奨レベルは25。
本来なら、あと17層は下にいる怪物だ。
人間を丸呑みできそうなほどデカい口を開けて、パイロレクスが息を吸う。
「総員退避! 左右の家に飛びこめ!!」
火炎吐息。
鉄すら溶かす炎の息が、迷宮の街路を嘗めていく。
煉瓦の地面はどろどろに溶けて、その先にあった水路の橋が燃えて崩れた。
あんなものを喰らったら、自分たちの装備ではひとたまりもないだろう。しょせん、10階層を突破できる程度のモノしか配給されてはいないのだ。
ブレスの到達より一瞬早く、両側の家の中に飛び込んだ隊員たちはかろうじて無事。
ダンジョンの性質なのか、どろどろに溶けた地面や壁は、じわじわと自動で修復されていく。ナノマシンが機械を直していくSF映画のワンシーンを隊長は思い出した。
『全員無事か!?』
『はい!』
『なんとか……』
『無事です!』
無線で全員の無事を確認できた。隊員たちが逃げた家の壁は溶けているが、みな上手く隠れている。
ひとまず安堵する。が、部隊は二つに別れてしまったし、敵は自分たちを諦める気配はない。
もちろん配信はしていないが、指令室とは通信が繋がっている。無線の向こうから、慌ただしい声が聞こえてくる。
なにせ相手はレベル25のパイロレクスだ。生半可な戦力を送ったところで、自分たちの二の舞になるだろう。レスキュー隊は、人命救助が最優先。モンスターとの戦闘も想定はしているが、決して専門というわけではない。
魔物討伐の専門家――自衛隊のVか、民間のVを呼ぶ他はないだろうが、こんな郊外のダンジョンを『転移地点』に設定している者がそうそういるとは思えない。時間はとんでもなくかかるだろう。
上位魔法の中には、『時空間移送』という移動魔法がある。それを使えばダンジョン間を転移結晶無しで移動できるが、そんなものを覚えているVTuberが果たして見つかるかどうか――。
――時空間移送
真後ろから声がした。
まさか、という期待と共に振り返ると、
「わー、できたよみんなー!」
「なななななにやってるんですかヴェノさん!」
「うわっ、本当に転移した!」
「どこだ? ここ」
見知らぬVTuber四人組が、転移してきた。
いや、知ってる。彼らは――。
――チーム『杏仁豆腐』……! オーリオン所属のVTuberグループか……!
場違いに暢気な声で、魔道士然とした青年が笑う。
「すごいでしょー? これが『時空魔法』だよー」
銀髪の賢者が怒って、
「すごいですけど! どこかわかって飛んだんですか!?」
「いや全然。だって私、転移先を指定できるほど上達してないし」
「だったらやるなー!!!」
巨大な斧を背に担いだ女戦士が、まぁまぁ、と仲裁に入る。
「物は試しって言うし、ね? ヴェノも悪気があったわけじゃないと思うし」
「ほらー、テトさんは許してくれますよねー?」
「いや許さないけどさ」
「許してよー!」
武闘家っぽい男性が、
「お前ら、はしゃぎすぎだぞ」
三人が、
「ヤンさん」
「ごめんなさい、オーノノ」
「ちぇー。リーダーも厳しいんだー」
リーダーの武闘家ヤンが、
「特にヴェノ。お前この間もやらかしたばかりじゃないか。反省しなさいよ」
「だってー、せっかく上位職に転職できたから、いろいろ試したくてー」
「「だってじゃない」」
時空魔道士の青年が、武闘家と賢者と戦士に叱られている。
そうだ。『杏仁豆腐』はこういうパーティだった。
それはそれとして。
「あのー、みんな? 一つだけ聞いて欲しいんだけど」
「なんですか? 謝罪の言葉でしたら一つだけでは済みませんよ?」
「ほらー。キャリー怒っちゃったじゃーん」
「まぁ聞くだけ聞いてやろう」
時空魔道士の青年――ヴェノが、レスキュー隊と、その上にあるパイロレクスの顔を指さした。
「ヤバくない?」
「「「ヤバい!!!」」」
パイロレクスが火を吹く。
四人は一目散に逃げだした。
「何しに来たんだアイツらー!」
レスキュー隊も逃げる。
並走して走る時空士ヴェノが暢気に、
「あれ? Vレスの皆さんじゃないですか。こんなところで訓練ですか?」
「そんなわけないだろ! 要救助者に転移結晶を渡したらパイロレクスが出てきたんだ! あんたたちそれを聞いて来てくれたんじゃないのかっ!?」
女賢者と戦士が、
「ごめんなさい、たまたま来ちゃったみたいです」
「あの、私たちがアレやっちゃえばいいんですよね?」
「頼めるか!? レベル25のパイロレクスなんだが!」
四人が顔を見合わせて、
「「「「あ、無理だわ」」」」
どっかーん、と後ろの方で轟音がする。パイロレクスが暴れながら走ってくる。
「なーるほど、二次災害になっちゃったんですね」
「アンタたちのおかげで三次災害だよ!」
「でも……」
と女賢者が呟く。とても知的な声で、淡々と、
「殺してしまえば、倒せますよね?」
当たり前のことを言った。
女戦士と武闘家が応える。
「出たー! 脳筋賢者! まぁ、やるっきゃないか!」
「よし。一か八かだ。武闘家と戦士で敵の照準を稼ぐ」
時空士が、
「また隕石、呼んでいい?」
「「「ダメ!!!!」」」
呼んだ隕石はまず術者の頭に降ることになっている。
「あはは、冗談だよ冗談! じゃあ行くよー? 時空間速縮!」
三人の動きが明らかに速くなった。
「守護空間! いきなりやるなんてヴェノさんらしいですねまったく全体防御盾!」
女賢者が早口で呪文を唱えた。
「「でやああああああっ!!」」
強化を貰った前衛二人が反転してパイロレクスに向かっていく。
数分後。
「やっぱダメだー死ぬー!」
「ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい!」
「来てるこっち来てる来てる!」
「走れ走れ走れ走れ走れ走れ走れ走れ!」
レスキュー隊は何とか上の階層へ逃がしたものの、チーム『杏仁豆腐』は追われていた。
中途半端に傷をつけたパイロレクスがマジで怒っている。
「ねぇ転移結晶は!?」
「無いよ! こないだ使っちゃったきり!」
「くそ! 仕方ねぇ、お前たちだけでも逃げろ!」
「このやりとりって前にもなかった?」
パイロレクスが息を吸う。
「ファイアブレスが来る!」
「ヴェノさん時空間移送使って!」
「え、もう魔力無いよ? あれすっごく疲れるんだー」
「くそっ! 俺の入金分は妹の治療費に!」
「チューバーイーツですー」
逃げる四人の前に、配達用のリュックを背負ったおじさんが、ニコニコして立っていた。
「「「「おじさんっ!!!!!」」」」
車は急に止まれない。VTuberもそれは同じ。四人はおじさんを通り越してしまう。
おじさんが、パイロレクスの眼前に立つ格好となった。そして肩越しに尋ねる。
「ヴェノさん、焼きたてドリアをご注文でしたね」
「そう!!」
「なに頼んでんだお前ぇ!」
「いやでもナイスだよヴェノ!」
おじさんは微笑んで、おもむろに取り出したドリアを片手に、
――七星剣武・斬魔。
パイロレクスの火炎息吹を、片手で斬った。
手刀である。
「火を斬ったぁ!?」
その余波で、ドリアも焼く。
「ちょっと焦げちゃいました」
申し訳なさそうなおじさんと、マイペースな時空士。
「大丈夫、美味しいよ」
「なんでもう食べてんだよ」
「いやパイロレクスは?」
「ファイアブレスと一緒に斬れてる……」
真っ二つにされた火トカゲは、さらさらさら……と塵に還っていく。
時空士がドリアをぱくぱく食べながら、
「あれがチューバーイーツ最強おじさんかー。今回は見られて良かったー!」
「ヴェノさん……」
「アンタね……」
「やれやれ、また助けられちまったなぁ」
やはりいつの間にかいなくなってるおじさんに、チーム『杏仁豆腐』の四人は、感謝するのであった。
☆
「政府を代表して、感謝します。小治さん」
翌日。
ショッピングモールのフードコート。
クレープ片手に、ブラウスの胸部分がぱつぱつな、身も心も疲れ切った顔をした女が、まるで感謝して無さそうにヘラヘラと笑いながら、そう言った。
「……どちら様ですか?」
ぱつぱつのマイバッグを片手に、買い物帰りのおじさんは困惑して尋ねる。
「政府ダンジョン庁――ダンジョンを日本に呼んだ者の、関係者です」
ぬいぐるみになっておじさんのバッグにくっ付いているスクーター飛竜のアドが、
――また乳がデカいやつが出てきた……! 旦那、モテすぎですぜ……!!
と戦慄していた。
お読み頂き、ありがとうございます。
宜しければ、ブックマークや評価を頂けると助かります。




