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第11話 おじさんと後継者とブラウスぱつぱつ女


「今日はお一人なんですね」


 フードコートの一番奥の隅っこの席に、公安のブラウスぱつぱつ女・内海と、おじさんは座った。


 するとおじさんは周囲を見て、そんなことを言ったのだ。


 内海はクレープのバナナを咀嚼したのち、尋ねる。


「今日は、とは?」

「いつもはお二人で来られているでしょう? 仕事熱心な方々だ」


 じわり、と背中に汗をかく。


「……まさか気付かれているとは思いませんでした。これでもうちの部署じゃ優秀な方なんですけどね、私たち」


「そう思います」


 おじさんは素直に首肯する。笑顔で。


――なんだこのおじさんは……。


 毒気が削がれる。それが恐ろしい。


 しかし、向き合って感じられる『圧』はある。


――隠そうとしているのか。


 一般社会に溶け込むために。


「まだ下手なんですよ。あなたみたいな手練れだと、どうしても勘付かれちゃいますね」


 ははは、とおじさんは笑う。


「こういうのは……そうですね。『暗殺者』みたいな職業ジョブの方なら得意なんでしょうが……」


「お詳しいんですね? 素性を隠すつもりはないと?」


「VTuberの皆様の活躍は見ています。『暗殺者』のひともいたでしょう? ほら、オーリオンの、銀狼さん」


「あなたが『暗殺者』じゃないとしたら、あなたは何の職業ジョブなんですか?」


「チューバーイーツ配達員サポーターです」

「そうじゃなくて」


 静かに息を吐くおじさん。


「僕は職業ジョブを得ていません。ですが……あえて言うなら」


 おじさんは、遠い目をした。


「――剣士・・


 内海は尋ねる。


「『勇者』が聞いた単語……『七星剣武』。それが職業ジョブではないんですね」

「流派です。剣術のね。何代か前の『トウカ』という師範が、剣術以外の武術も組み込んで、今の形になりました。古流武術に興味がおありですか? 尤も――」


 おじさんは笑った。


「この国では銃刀法違反になるので、刀剣類は所持できませんけどね」

「今さら法律を気にするんですか?」


「道交法は守っていますよ」

「あなたが『チューバーイーツ最強おじさん』でよろしいんですね?」


 おじさんは、


 ゆっくりと、


 微笑んだ。


「どうやって……調べたのです?」


 ぶわ、と全身から勝手に汗が出る。内臓が震えているのがわかる。おじさんは『圧を掛けてやろう』だなんて思っていない。ただ、自然と出てしまっているだけだ。


「わ――」


 返事をしようとしたが、声が上手く出せない。


 ぽとり、とクレープからアイスが垂れて、内海の胸元に落ちた。


 ブラウスが、じわり、と透けていく。


「大丈夫ですか?」


 おじさんは心配そうに、紙ナプキンを差し出してくる。手を伸ばして受け取る。その手が震えていることに今さら気が付く。


「失礼。はぁ……胸がどうにも邪魔でしてね……」

「……………………」


 おじさんの圧が薄まった。


 む。ひょっとしてセクハラが苦手か?


 試しに、ブラウスのボタンを一つ外して、染み込んだアイスを拭ってみる。ブラに締め付けられた乳房の谷間に指を突っ込み、滑り込んだ白い液体を取って、ぺろりと舐める。


 おじさんが露骨に目を逸らした。


 圧がぶっ飛んで行った。


 これはいい。


 己の熟れた肉体を使って優位に立つのは普段からよくやるが、ふつう反応が逆だ。


 自分はもともと童顔の低身長で、かつ変奏体(Vのすがた)になる時間が多い(Vになると何故か肉体が少し若返る)せいか、20代前半でも通る。


 いつもは注意や興味を向けさせるためにやる手だが、今回ばかりは『逸らす』ために使おう。


 見てもらえないのはちょっと癪だが。


 まあいい、会話を続けよう。


「どうやって調べたか、ですが――私も、VTuberの皆さんのことは、いつも見ているんですよ」


 おじさんがちらりとこちらを見た後、露骨に視線を上に逸らした。面白い。どこ見てるんだろう。頭かな。


「見てる、というのは?」

「いまどこ見てます?」

「頭です」


 やっぱり。


「目を見て聞いて欲しいのですが?」

「……。わかりました」


 おじさんがじっとこちらの目を見た。ぜったいに胸は見ないぞ、という強い意志を感じる。おもろい。『セクハラですよ』という部下の幻聴が聞こえた。はいはい。


 にしても――顔が良いな。実物も好みだ。


 ボケボケの写真は何枚も撮ったが、こう至近距離で見つめられるとなかなか照れる。身も心も枯れたはずの33歳限界独身女にこんな感情が沸くとは。


 自分の心情の変化に驚きつつも、言葉をつづけた。


「ええ、職業ジョブを得たVTuberさんは、ひとりひとりが兵器と同等の力がありますからね。最強と謳われる『勇者』パーティは、もはや戦術核に等しい。歩く核弾頭です」


 おじさんの表情は凪だ。Vを核弾頭扱いして少しは怒るかと思ったが、どうやらあちらも同じことを思っているらしい。


「だから監視していると?」

「ええ、はい。それが仕事ですので。先日、桶川の方で、『勇者』パーティの伊法いのりさんとお会いしましたね?」


 付近に人の気配はない。

 この時間、この場所はエアポケットのように静かだ。


「なるほど。彼女の偽装魔術のスキを突いたわけですか」

「とても困難な仕事でしたが、部下が一晩でやってくれました」


「優秀な方ですね」

「あなたの偽装までは抜けませんでしたが。ああ、あと『こがに』ってどういう意味です?」


「秘密です」


 おじさんは、ふっと笑った。


 ちょっとどきっとした。


「伊法さんだけではありませんね、原因は」


「もちろん、あなたのことがわかった理由は、彼女だけではありません。だからあの子だけを責めないであげてくださいね」


「ええ、もちろんです。僕は配達をしているだけですから」


 思わず「ふっ」と笑ってしまった。よく言う。


「それで――」


 おじさんは質問を返してきた。


「ダンジョンを日本こちらに呼んだ方の関係者、とは?」


 そうだな、その話をしに来たのだ。


「ダンジョンが日本こちらに来たのは十数年前と言われていますが、実はもっと昔からあったのです」


 おじさんの表情がわずかに動いた。


「『神隠し』みたいなもので、出現しては消えていました。異界との繋がりは100年以上前から研究されていて、まぁ戦争やら災害やらがあって中断していた時期もあったのですが……」


 おじさんはぴくりとも動かない。


「神のつつ……チューブ、ダンジョン。まぁ呼び方は時代によって様々ですが、とにかく研究は進み、制御して生み出そうとする実験まで行われていました」


 うお、おじさんの圧が復活。

 こちらの息苦しさも復活。

 これでは続きが喋れない。


 内海はたまらずブラウスのボタンをもう一つ外して対抗する。隅っこの席を選んでよかった。ブラが丸見えだ。


 おじさんの圧が退散したので、内海は説明を続けられる。


「それが10年前に失敗・・。暴走してダンジョンが日本各地に出来ちゃった。ダンジョン発生後に、変奏体がすぐ出来たのも、政府の機関が魔素マナをずっと研究していたから、です」


 あー、ヤバい、ヤバい。ゴゴゴゴゴゴゴ……みたいな効果音が聞こえる。ブラだけじゃダメか? おっぱい出すか? 減るもんじゃないし。このままじゃこっちの寿命が減るし。


「しまってください」

「あ、はい」


 デカブラに片手を突っ込んで丸出しにしようとしたところで制止された。おじさんの圧も消えた。結果オーライ。


「……若い女性が簡単に肌を見せるものではない、というのは、今の日本では通じないのですか」


 若い女性ではないが、ちょっと嬉しくもあり、そして気になるのはそこではなく、


「今の日本?」

「……長く、海外にいたので」


 ふむ。

 やっぱり妄想かせつは当たっているかも?


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()職業ジョブ()()()()()()使()()()のでは? という仮説。


 なぜならば――。


「あなたは、異界――いや、異世界・・・に行っていたんですね? ダンジョンの向こうに、20年間」

「……………………」


「我々政府の人間は、ずっとわからないことがありました。変奏体が強力すぎることです」

「……………………」


「先ほど私は、『VTuberは核弾頭』と言いましたが、それはダンジョンで職業ジョブを得たからです」

「……………………」


「そしてその職業ジョブは、()()()()()()()()()()()()()。ダンジョンに入ったVが、ダンジョンから手渡された奇跡ものです」

「……………………」


「ダンジョンは異世界から来たもの。何かがバグって大量に発生してしまいましたが。つまり、職業ジョブシステムを作ったのは異世界の誰か、ということになります」

「……………………」


()()()()()()?」

「違います」


 ずっと沈黙していたおじさんは、そこだけは即答し、そして、


「僕は最後の手伝いをしただけにすぎない。あれは――先人の、先達たちの、技術と想いの結晶です」


 そう、告白した。


「こちらに流れてきたのは事故だったのでしょう。しかし僕は――」


 まっすぐに、おじさんが言う。


「想いを引き継いでくれる――後継者である皆さんを、とても大切に思っています」


 それはまるで、我が子に向けるような、慈しみに満ちた眼差まなざしだった。


 とくん、と何かが子宮に落ちた。


 このひとにしろ、と我が魂が命じた。


「…………。あの」

「はい」


「結婚しませんか?」

「は?」


「私こう見えて33なんですけど」

「……ええっ!?」


 ちょっと腰を浮かすおじさん。今日イチびっくりして面白い。


「これが最後のチャンスだからって意味じゃないんです。もともとそういうつもりはなかったし。こんな仕事だし」

「何の話ですか? あの? いまめちゃくちゃシリアスな雰囲気でしたよね?」


「でも多分、あなた以上に私の理解者はいないと思うんです」

「まだあなたの名前すら聞いてませんけど!?」


「指輪もあるんですけど」

「指輪もあるんですか!?」


「書類はこちらでどうにかするので、ええ、今日中には。関係各所をすっ飛ばしますから」

「僕の気持ちをすっ飛ばしてますよね!?」


「初めまして、内海 蘭那らなと申します」

「偽名ですよね……?」


「本名です。公安ですから名前はあなたしか知りません」

「言っちゃ駄目でしょ!」


「あなたのお名前を伺っても? いえもちろん知っていますが、貴方の口から聞きたいのです」

「……小治おじ、です」


 おじさんが名前鉄板ネタを使えないくらい狼狽していることに、内海は気が付かない。


「下のお名前は?」

秋人あきとです……」


「素敵なお名前……」

「いやもともと知ってるんですよね!?」


 なんなんだ、とおじさんは思う。

 まさか異世界から媚薬の類を持ってきてしまったのか、と超不安になる。

 ぬいぐるみに扮している飛竜アドが「まーたモテてる……」と呆れている。


「どうでしょう? 優良物件だと思うのですが」

「いや、あの、すみません。ご厚意は嬉しいのですが、妻がおりまして……」


「存じております。二番目でも結構です」


 重婚は日本じゃ認められていないはずだが、まぁ事情は知っているのだろう。伊法との会話も聞いていたようだし。


「……妻以外のひとを、愛する気はありません」


「そうですか……そうですよね……」


 露骨にがっくりとする内海。


 おじさんの胸が痛む。


 ぬいぐるみに扮している飛竜アドは「気にしなくていいですよー」と思っている。


「では、私の茶番はなしは終わりにして、これだけは伝えさせてください」

「は、はい……」


 内海は姿勢を正し、深々とお辞儀した。


「我が国の宝、VTuberの皆さんを救っていただき、誠にありがとうございます」


 おじさんはたやすく胸を打たれた。深くお辞儀を返す。


「い、いえ……! こちらこそ、僕たちの想いを繋げて頂き、ありがとうございます」


 内海は立ち上がると、


「また会いに来ますね、秋人さん」


 と、まるで恋人にそうするように、微笑んだ。


 おじさんは、はぁ、と返すだけで精いっぱいだった。


 残ったクレープをすべて食べると、ふう、と息を吐く。


「公安って言ってたし……。きっと疲れてるんだろうな……」


 ぬいの飛竜アドが、おじさんだけに聞こえるように話す。


『それもあるかもしれやせんが……旦那、異世界あっちにいたころからあんな感じでしたよね……?』


「ああ、そうか」


 おじさん、わかった。


「ハニートラップってやつだね! あっちでよくあったアレだ!」

『いや、まぁ、違うともいいきれねぇんですが……違うんじゃねぇですかねぇ……』


「間違いないよ。こんなおじさんにいきなり求婚する美人さんなんているわけないじゃないか」


 あの人間メスもう少しじっくりやってりゃ説得力あったのに何でいきなり求婚したんだ……それで旦那が勘違いしてるわ……と苦々しく思うアド。


 まぁスクーター兼飛竜にとってはどうでもよい話ではある。


「すっきりした。じゃあ帰ろうか」


 と、おじさんが席を立ち、クレープの袋をゴミ箱に入れて、『未使用』の布巾でテーブルを拭いたその時、


 ぽろりん♪


 スマホが鳴った。


 チューバーイーツアプリの、()()()()()()だった。



「はぁっ……はぁっ……!」


 凛音が息を荒くする。


『ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい!』


 突如出現した()()に、数少ないチャット欄が騒いでいる。


『またボス部屋トラップかよ!』

『こいつ、いきなり出てきやがった!』

『なんでこんな奴がここにいるんだよ!』


「上等じゃん……!」


 個人勢の駆け出し底辺VTuber凛音(りんね)が、第5層のボス部屋で、決死の戦いに挑んでいた。



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