第12話 個人勢ソロ魔道士、鉄拳で第五層ボス攻略します!
フードコート。
おじさんが、公安ブラウスぱつぱつ女と別れた後。
「カナタさんのパーティから緊急クーポンだね」
「へぇ、またヤバい状況になっているようで。第五層のボスん時といい、アイツらは何かと運が悪いですね」
おじさんはマイバッグの中から、長方形に折りたたまれた布を取り出した。
ぺらぺらとめくっていく。
布はいくらめくっても止まる気配が無い。あっという間にマイバッグより大きくなって、
「よし」
チューバーイーツ用の配達バッグになった。まるで手品だが、本番はここからだ。
「ん、あるね」
おじさんは配達バッグに手を突っ込むと、中から『食品が入った』ビニール袋を取り出した。カナタがダンジョン内で注文した商品である。
自分の買い物がたくさん入ったマイバッグを配達バッグに入れる。重さは変わらない。入れた時点で、マイバッグは消えているのだから。
「急ごう。きっとお腹を空かせている」
『どっちかっていうと、命の危機なんじゃねぇっすか』
☆
『個人勢ソロ魔道士、鉄拳で第五層ボス攻略します!』
新宿ダンジョン第五層。
駆け出しVTuber紅威凛音は、ボス部屋の前で最後の確認を行っていた。
登録者数は少し増えて107人。配信者としてはまだまだ底辺もいいとこだ。
レベルも少し上がって、魔道士レベル9。こちらは一人前まであと少し。その『あと少し』が果てしなく遠いのだが。
スタイルは相変わらず、魔法で殴りに行くもの。火球を飛ばす魔法も、ぜんぜん飛距離が伸びない。
ソロの魔道士でダンジョン第五層まで来られるのは相当な実力があるのだが、個人勢で、かつ露出(二重の意味で)が少ないこともあってか、実力に比べると登録者数は多くない。
職業レベル1や2の配信者が、登録者数一万人をあっという間に超えることなんて、ざらにある。
実力がそのまま登録者数に反映されない。
まぁ、Vの世界はそんなもんである。
何がきっかけでバズるかわからないし、炎上するかもわからない。
凛音のように、配信よりもダンジョン攻略をメインにしているライバーは、登録者数をあまり気にせず自身のスタイルを貫いた方が精神的にも良い、と思っている。
収益化されてお金が入れば、少しは生活が楽になるのだが、そちらもまだまだ遠そうだ。
それでも今回はけっこう人が集まっている。
タイトルが功を奏したようだ。
『ソロで……しかも魔道士で5層ボス攻略!?』
『正気……?』
『え、死ぬぞ?』
『初見さんかい? いらっしゃい。まずはこのバーボンでも飲んで落ち着いて欲しい。俺も震えてる』
『常連さんも震えてるじゃねぇかよ』
いつものように、ある程度のチャット欄での交流は禁止していない。
常連さんが説明してくれている。震えているが。
いちおう凛音の方でも、概要欄に説明は書いてある。
『え、ずっとソロでやってるんだ。凄いな』
『あー、方向性の違いでパーティ抜けたのね。あるある。攻略ガチの個人勢は少ないからなぁ』
『「魔法が届かないから拳で殴ります」。書いてあること全部意味わからんくておもろい』
凛音は淡々と装備を確認している。
籠手良し、回復薬良し、いざという時の魔力回復薬良し、発煙筒良し、転移結晶は無し(高くて買えない)。
ていうか、魔力回復薬が必要になったら撤退する。
転移結晶を使う事態になったらたぶん死んでる。
ボス部屋は一定時間は出られないけど、さすがにそこまで瞬殺はされないはず。
敵の情報は頭に叩き込んできたし、イメージトレーニングもさんざんやったし、雑魚モンスターをボスに見立てた模擬戦も完璧だ。
お腹が少し減ってるけど、これくらいが動きやすくてちょうどいい。
動きやすいといえば、ここに来るまで――1層から5層をこっそり進んできた――ちょっと被弾して、胴体のベルトが切れてしまった。
おかげでいつもはぎゅっと締めている胸元が緩んでおり、動くたびにばいんばいん揺れて邪魔。チャット欄は賑わっているが。
『ていうか……おっぱいデカくね?』
『この身長でこのサイズ……低身長爆乳……!』
『あっ! この子あれか! 前に「オークのお腹くらいデカい乳」でバズってた!』
「いま書いた三人、24時間ブロックしますね」
『えっ』
『ちょっ』
『まっ』
ぽちぽちぽちっとな。
概要欄に『胸について言及した人はブロック』って書いてあるでしょうが。
『お嬢は通常運転のようだな』
『安心した』
『頑張れ! 凛音嬢なら勝てる!』
『でもさすがにソロで5層ボスはヤバくね?』
ダンジョンは日本各地にあるが、中はだいたい一緒で、ボスはたいてい共通だ。まるで複製があちこちにできたようだと思う。
ダンジョンにおいて最初のボスが出る――ボス部屋が初めて出現するのが、第5層。
最初の難関であり、ここを突破できずに引退する・あるいは上層のみで活動するVも多い。
ダンジョン探索者ことVTuberは、第5層を突破し、レベル10になってようやく、一人前なのだ。
『5層を超えないとレベル9から上がらないからな』
『ダンジョンの階層=職業レベルだっけ。レベル9なら余裕じゃね?』
『違う。四人組の時のレベル』
『ソロなら単純計算で、4倍いる』
『5層をソロでクリアするなら、レベル20は必要ってこと……?』
『でも5層クリアしないとレベル9からアップしないんでしょ?』
『詰んでるじゃん』
『そうだよ。だから震えてるんだよ俺たちは』
『バーボン飲めよ……』
チャットの言う通り。
せめてもう一人、同じレベルの人と組みたかったが……。
『レベル9二人でもキツいからな……』
『さすがに集まらなかったか』
『ていうか四人でも厳しいんだって、ここは』
『あー、カナタくんのパーティもやられてたもんな』
『チューバーイーツおじさんが来なかったら全滅してたなアレ』
『逆にソロだから逃げようと思えば逃げられるでしょ』
『3分だか5分だっけ、閉鎖時間』
『だいたいそんなもん。毎回変わるけど』
『いくら魔道士でも、レベル9なら一発じゃ死なないし』
『ヤバくなったら即逃げて、また挑戦すればいいよ』
「――うん。そのつもり。リスナーのみんなごめんね、渋い配信になるかも」
『いいよー!』
『ガン逃げ上等!』
『ここさえ突破すれば、レベル上げられるもんな!』
そう。このボスさえ倒してしまえば、キャップが解放されてレベルが上げられる。そうすれば、3層あたりで地道に経験を積めば良い。
『でもさ、攻略情報あるじゃん? なら楽勝じゃね?』
ダンジョンが共通で、ボスも共通なら、もちろん先人の情報もある。
ゲームでいう攻略情報だ。
敵の特徴なんかが共有されているが――。
『お前、『アーマード・ヘル』の最初のボス、一発で倒せた?』
『無理に決まってんだろ。攻略見たけど三回死んだわ』
『あれと同じ。攻略情報があってもレベルと腕がないと勝てない』
『ゲームのCPUと違って行動パターンも毎回違うしな』
『格ゲーの対人戦だよ、どっちかっていうと』
『もっと言うと、魔法ありの殺し合いだな』
『相手の傾向はわかっても、『完璧な攻略情報』なんてないよ』
その通り。
これからするのは殺し合い。
変奏体は怪我をしても回復魔法とか回復薬で治癒できるが、あまりにも負傷が大きいと本体に影響する。初期のVTuberであり初代勇者の天海美希は、重大な後遺症を負って引退した。
そして、Vの状態で死ねばふつうに本体も死ぬ。
その事実をもう一度飲み込んで、それでも立ち上がる。
「じゃあ行ってきます。チャットは見れないと思うけど、応援よろしくね!」
精一杯の笑顔をドローンカメラに向けた。
『頑張れ!』
『逃げるは恥じゃないからね! 死ぬよりマシだからね!』
『ぜったい勝てる!』
それぞれ違う言葉だけど、真意は一緒。
こんな自分を応援してくれている。
拳に力がみなぎってきた。
「よしっ!!」
サブウインドウを全て閉じて、VTuber紅威凛音は、第5層のボス部屋の扉を、その手で開いた。
☆
中にいたのは二体の魔物。
虎と狼を足して更に巨大化させたような魔獣『グルティーガー』。
漆黒のローブに髑髏の杖を持った人型の魔物『悪魔道士』だ。
魔獣は素早く、爪と牙の一撃が重い。魔道士は魔法で後ろから攻撃するうえに、回復までしてくる。
獣が近接攻撃を、魔道士が回復と遠距離攻撃を行う、バランスの取れた構成。
隙がない相手。だが、
――情報通り!
先人に感謝しつつ、凛音は事前に立てた作戦通りに動く。悪魔道士のいる方向、向かって右へ走りながらポーチから取り出したのは、魔道具事務所から安くない金額で購入した球状の物体。
ピンを外して、魔獣と魔道士の間に向かって投げると、ボス二体はくるくると宙を舞うそれに思わず目を向けた。
閃光手榴弾。
ボス部屋が轟音と閃光に満たされる。
「Gyaou!?」
獣が鳴く。魔道士は沈黙したまま蹲る。
そこへ、目を閉じて耳をふさいだまま走っていた凛音が突撃する。
魔道士とはいえ、職業レベル9は伊達ではない。身体能力は職業を得ていない一般の成人男性を優に追い越し、コンクリートの壁だって拳で粉砕できる上に、走れば100メートルを7秒で駆け抜ける。
敵の魔道士が立ち上がる。が、視界はおろか、聴力すら戻っていないだろう。魔物にも通用する魔道具はこのためにある。
――まずはコイツ!
何も見えず、何も聞こえてはいない敵魔道士へ、鉄拳魔道士が肉薄した。よろける相手へ踏み込みながら、詠唱を行う。火球魔法を得意とする相手は、逆に氷雪系の属性攻撃に弱い。つまり選択すべき魔法は、
――凍てつく火。容赦なき冷徹な熱。停止せよ、凍結せよ、我が拳!
「水氷棘――貫手!」
氷の矢を放つ魔法を、自身の貫手に纏わせて、槍のように繰り出した。
「Gobalaltu!?」
敵魔道士の胴体を、凛音の拳が貫いた。ぐったりとして動かなくなる。
――次!
喜ぶ暇は無い。腕を振るって敵魔道士の身体を放り投げると、閃光手榴弾から復帰して視力聴力が回復した魔獣グルティーガーがこちらを見た。
目が合う。人食いの巨大な四足獣が、涎を垂らして怒りに満ちた瞳で、18歳の少女を睨む。足が、
――がんばれ、お嬢!
足が竦まなかったのは、ボス部屋に入る前のリスナーの言葉を思い出したからだと思う。
――ありがと、みんな!
心の中で感謝して、自分の三倍はデカく見える魔獣へ正面から突っ込んでいく。
魔獣が踏み込もうとした瞬間、左手でそれを放った。
「っ!?」
獣の反射神経がそれを追う。追ってしまう。
ボンッ!
二度目の閃光手榴弾。再び閃光と轟音が室内を満たす。だが魔獣は初回ほど怯んだりはしなかった。学習能力があるのだ。ならば、
「こっちだよ!」
それを逆手に取る。三度、アイテムを投げる凛音。学習した獣はそれを目で追わず、凛音だけを狙って飛び込んでくる。一足飛びでも十分に届く距離。いかにレベル9とはいえ所詮は魔道士の魔素防御力。魔獣の爪では一撃で致命傷になる。獣が前足を振るえ――なかった。
見ていれば、避けられたはずなのに。二度の閃光手榴弾で『投げられたアイテムは無視する』と学んだ獣は、三度目のアイテムに絡めとられた。
拘束鋼糸弾。
弾けたアイテムが、中から粘着式のワイヤーを放射し、グルティーガーを地面に縫い付けた。さながら蜘蛛の糸に絡まっているようだった。
「Gyaultu! Gyaoultu!」
抜けようともがく魔獣。その膂力を以てしても、そうたやすくは切れない。
拘束弾の欠点である自爆――効果範囲が広いために使用者も巻き込んでしまう――をぎりぎりで避けた凛音は、逃れようと暴れるグルティーガーの頭部へ走る。たやすくは切れないが、もたもたしていては復帰されてしまう。急げ、急げ――!
「――燃えよ、我が魔力。集い、高まり、炎となれ」
氷に包まれていた自身の拳に炎が宿る。己の魔力で生み出された炎と氷は、己の身体を害しにくく、また制御も容易である。
「小火灯ォォォ――下段突ッ!」
真似るのは、いつか動画サイトで見た、空手家のVTuberがやってた瓦割り。
コンクリートブロックすら割る拳にレベル9魔道士の炎を纏わせて、魔獣の頭部へ打ち込んだ。硬い表皮を貫いて凛音の拳がグルティーガーの巨大な顔面に刺さる。まだ終わってない。まだ生きている。その眼が、憎しみを込めて凛音を睨んでいる。
――燃えよ、我が魔力。
繰り返すが、己の魔力で生み出された炎と氷は、己の身体を害しにくい。凛音は口の中で詠唱を行う。獣の目の色が憎しみから恐怖へと変わっていく。察したのだ。何をされるのかを。
「――小火灯ッ!」
獣の頭の中で、魔道士の手の中の炎が、爆ぜた。
ひとたまりもなかった。
断末魔の叫びも無く、グルティーガーは絶命した。びくびくっ、と全身が痙攣し、尻尾の先から塵となって還っていく。凛音がそれを、じっと見つめる。
やはり、緊張していたのだと思う。
やっとそのことに気が付いた。
魔物は、死ぬと、塵になるのだ。
――悪魔道士の塵化を私は見ていないっ!
振り返る。目の前に火の玉が迫っている。ぎりぎりで右へ躱すが、完全には避けられなかった。
「うぐぁっ!」
魔道士は、魔法に対する耐性が高い。だから凛音は火球を受けても死んでいないし、
「Renoooolo……!」
悪魔道士も、腹を貫かれて生きていた。
「上等……!」
氷雪魔法で自身に付いた火を消した凛音は、燃えた帽子と、ローブの左半身を破り捨てて立ち上がる。下着と肌が晒されて、負傷の程度が良く見える。多少の火傷は負ったが、敵に比べれば大したダメージじゃない。
巨大な胸が邪魔だが仕方ない。もはや配信されていることなど思考の外だ。どうでもいい。敵さえ倒せれば何だっていい。血が沸き立つ。魔素の変奏体にアドレナリンが出る。鉄拳魔道士の魂が、敵を倒せと真っ赤に叫ぶ。
「VTuber、紅威凛音――」
拳に炎を纏わせて、
「お前を倒す」
不敵に笑う。
まだ、クーポンコードは、出ていなかった。




